第9話 八尋

少女は男たちを睨みつけるが、男たちも相手を格下と思っているのか、強気に接していた。


「俺たちはこれから大事な用事があるんだ。お嬢ちゃんも痛い目見たくなかったら、家にとっとと帰んな」

「大事な用事、ねぇ……。それって、そこのアパートに住んでいる女の子と関係あったりする?」

「お前、何者だ?! 仕方ねえ、やっちまえ!」


悪役のテンプレとばかりのセリフを吐きながら、男たちが少女に襲い掛かった。


しかし、男たちの拳は少女を通り抜けてしまっていた。

バランスを崩した男たちが、たたらを踏みながら止まり、驚いたように声を上げる。


「なんだこれは?! 幻……?」


男が慌てて振り返るのと同時に、その幻の少女も振り返る。

そして、少女が手のひらに魔力を集めて、男に向ける。


風撃ウインドブラスト!」


圧縮された風の弾丸が男の体をたやすく吹き飛ばす。


「なんだと?! 幻じゃないのか……? チッ、俺は逃げるぜ」


ヒロキの付き添いでやってきた男たち3人は、踵を返して逃げようとする。


「逃さないわよ。重力縛グラヴィティバインド!」


ヒロキを含めた4人の男たちに重力の鎖が絡みつくと、一瞬にして地面に押さえつける。


「やれやれ、こんな雑魚どもに見下されるとはね。私も知名度が落ちたかな?」

「なん、だと? ……お、お前は、まさか。八尋瑠衣やひろるいか?!」

「ご名答、私もまだまだ捨てたものじゃないわね」

「だが、お前は実力不足を理由に開拓者フロンティアーズを追放されたんじゃないのか?! どこか実力不足だよ……」


ヒロキの愚痴に、瑠衣はため息をつきながら答える。


「あの化け物たちと比較しての話よ。あなた程度の人間が敵うわけないじゃない。まあ、とりあえず警察は呼んでおいたから、そこで這いつくばっていることね。今日のは未遂だから、見なかったことにしてあげる」


そう言って、男たちから離れていくと、背後から瑠衣に声をかけてくる人影があった。


「あらら、甘いですわね」

「来てたの? お役目は果たさなくていいのかしら? 梨乃りの

「ふふふ、お姉様には言われたくありませんわ。誰のせいで、私がこんな面倒なお役目をする羽目になっていると思っていますの?」

「そうね、悪かったとは思っているわ。でも、あなたも私の地位を奪おうとしていたじゃない? だから、そこまで欲しいなら、と譲ってあげたのよ」


瑠衣の皮肉のこもった言葉に梨乃は作ったような笑みを浮かべていた。


「そうですわね。まあ、結果としてはお互い理想的なところに落ち着いたってことですかね。しかし、そこまで強力な力を持っていながら、よくもまあ実力不足だと認めさせられたものですね。あの狸爺どもに」

「まあね。私は八尋の名を継ぐものとしては感知系能力は得意ではなかったしね。もともと、八尋に相応しくないって思われていたのよ。それに、私は幻術系能力の方が得意だからね。あいつらを騙すことなど容易いことさ」

「あらあら、怖い怖い。もしかして、私の地位も幻なんじゃないかしらね? ふふふ」

「何を寝惚けたこと言ってるのかしら。確かに私は幻術が得意だけど、それと同じくらい、あんたは感知能力が高くて見破ってくるじゃない。さっきみたいにね」


瑠衣の言葉に梨乃はにやりと笑った。


「まあ、せいぜい頑張ってくださいな。彼女を引き込みたいのでしょう? あなたの剣として……」


その声と共に梨乃の気配が消えていった。


「ふん、言われなくてもわかってるわ。まあ、一般人としての友人になれればと思ったんだけどね。結局、あいつらの望み通りになったってことか……」


瑠衣は彩香の部屋のドアを見ながらつぶやいた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


一方、逃走したヒロキたち4人は、先ほどのことを思い出しながら悪態をついていた。


「くそっ、『虚構』の八尋瑠衣がいるなんて聞いてねーぞ!」

「しかも、『開拓者』を追放されるくらい弱いって聞いたのに、全然弱くなかったし……」

「どうしましょう、ヒロキさん。もう、あいつは諦めるしかないんじゃ……」


弱気になる3人をヒロキが叱咤する。


「バカヤロウ! このまま引き下がれるわけねーだろ。あいつに仕返しするまで、こっちも引けねーんだ!」

「しかし……。相手はあの八尋家ですぜ。出し抜くのは厳しいんじゃ……」

「確かに外じゃ厳しいだろうけどな。だが、ダンジョンの中なら可能性はある。あいつは配信もしているから、あいつのチャンネルに紛れ込んで狙い撃つ」

「な、なるほど、さすがはヒロキさんですぜ」

「悪いこと考えさせたらヒロキさんには敵いませんわ」

「へへへ、視聴者の前で大恥をかかせてやるぜ!」


そう言って、ヒロキは彩香を狙うために彼女のチャンネルに登録するのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


そんなことなど全く知らない私はのんきに装備の全裸対策を考えていた。


「あっ、例えば上に何か羽織るのはどうかな? 玲子さんのローブみたいなのを羽織っておけば、服が消えても大丈夫だよね!」


先日、イレギュラーから助けた彼女のローブのことを思い出して、名案とばかりに手を打った。


「よし、早速明日買いに行こう! あれ以来ポーション代もかからなくなったし、奥に行けるようになったから魔石の収入も増えたし、討伐報酬もあるから装備新調してもいいよね……いいよね?」


実際には経済的に安定してきているのだが、これまでの極貧生活の時の癖が抜けきらず、装備にお金をかけるのに躊躇してしまうのであった。

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