第3話 クレーマー

「すみません、ダンジョン退出の手続きをお願いします!」

「え? あ、ご無事だったんですね?! 良かったです……ですが、その服装は?!」


 不審な目で見る担当者に、私が無事だったことを知ったトレインパーティーの男が担当者に詰め寄った。


「な、無事だったんだから、見逃してくれよ!」

「ダメです。とりあえず、話はまた後で聞きますので、お待ちください」


 そんな彼らに対して平然と対応すると、再び私に向き直った。


「無事でよかったです。今、第一階層はイレギュラーが出現しておりますので、しばらく入場はできないと思いますが……」


 担当者が申し訳なさそうに言った。


「安心してください。もうイレギュラーはいませんから」

「え?! どういうことですか?」

「襲われたので、倒しました」

「「「……」」」

「……」


 私の言葉にトレインパーティーの面々と担当者が押し黙る。

 トレインパーティーの面々は、私にイレギュラーを取られたと思っているらしく、少し睨んでいたが、担当者の方は信じられない、という目で見ていた。


「わかりました。とりあえず探索者カードをお預かりしますね」


 担当者の言葉に従い探索者カードを渡すと、彼は専用の機械にカードを入れる。


「確かに討伐記録に入っていますね。それで、その服はイレギュラーのドロップアイテムですか?」

「はい、服が全部溶かされちゃって、運よくドロップアイテムで服が出て良かったです」

「しかし、このステータスで倒したとは……信じがたいですね。もしかしたら、後日探索者協会から連絡がいくかもしれませんが、その時はご協力いただければ」

「はい、わかりました」


 担当者の言葉に頷くと、探索者カードを受け取った。


「そういえば、荷物の方はどうされますか?」

「うーん、全部溶かされちゃったんですよね」

「まあ、スマホのデータと財布は預かっていますから、新しいスマホをご用意いただければ、データの方は問題ありませんね。イレギュラー討伐には報酬が出ますので、そちらも今度いらした際に一緒にお渡しいたします」

「はーい、ありがとうございます。それじゃあ明日にでも買ってきますね」


 預けていた財布を受け取って外に向かおうとすると、今度はトレインパーティーが私に突っかかってきた。


「おい、待てよ! あのイレギュラーは俺たちの獲物だぞ! 何で勝手に倒して、ドロップと討伐報酬を受け取ろうとしてるんだよ! ふざけんなよ!」


 酷い言いがかりであった。

 むしろこちらは被害者なのだが……、と言おうとしたところで、担当者が間に入った。


「確かにイレギュラーに最初に手を出したのはあなた達でしょう。けれども、逃げた時点で権利は失効するんですよ。そんな探索者の基本すらお忘れですか?」

「あれは逃げたんじゃない! 戦略的撤退ってやつだ!」

「そうよ! 偶然、撤退した先にあの子がいただけじゃない」

「そうそう、イレギュラーを見つけるのが、どれだけ大変だと思っているのよ!」


 担当者に向かって口々に勝手なことを言うトレインパーティーの面々だったが、担当者が一喝する。


「いい加減にしてください。戦略的だか何だかわかりませんが、あなたたちが逃げたことは事実として残っているんです。むしろ、あなたたちは罰金を払わないといけないのですよ」

「くそ、いいか、この借りはいつか返してもらうからな! 覚えておけよ!」


 そう吐き捨てるように言い残して、トレインパーティーの男は逃げるように立ち去って行った。


「すみませんね。こちらも注意しておきますので、お気になさらないでください。身の危険を感じましたら、協会まですぐに報告をお願いしますね」


 そう言って、担当者の人は私を送り出してくれた。

 もっとも、今の私には彼らを脅威とは全くと言っていいほど感じていなかったのであるが。


 私はダンジョンから自分のアパートに戻った。

 高校生ではあるが、探索者として独立したいと両親に伝えたところ、こうしてアパートを用意しもらっていた。

 家賃と学費だけは両親が工面してくれているが、それ以外はバイトやダンジョン攻略で稼いだお金で賄うことになっていた。


 とはいうものの、私のような底辺探索者にとってダンジョンでの探索は常に赤字である。

 スライム1匹あたりの平均収入が500円、ホーンラビット1匹あたりの平均収入が1000円、常用している下級のポーションが1本2500円なので、ポーション1本あたりの収支はだいたいマイナス1500円となる。


 そのため、バイトで食費や光熱費、ポーション代や装備代を稼いで探索をするような状態であったが、それでも続けられたのは、一色アヤメの配信のおかげであった。


 アパートに着いた私は夕食の準備をする。

 メニューはいつものご飯ともやしの炒め物、そしてもやしの味噌汁である。


 もやしはいい。

 私のような少しでも切り詰めたい人間にとって、救いとなる食材である。

 もっとも世間では、そうやって切り詰めたお金をゲームの課金に回すのが流行っているらしいが、それが私にとってはダンジョン探索になっているというだけである。

 ただ、私のダンジョン探索には10連回しても★5どころか★4すら1枚も出ないような状態という違いはあるが……。


 そんな自虐的なことを考えている間に食事の準備が終わったので、手早く食事を済ませると、シャワーを浴びて布団にもぐる。

 そして、眠りにつくまでの間、今日の出来事を思い返していた。


 イレギュラーとの遭遇と戦闘、死を覚悟した瞬間に蘇った前世の記憶、そして、イレギュラーの討伐。

 どれも昨日までの自分には考えられないことであったが、何よりも――。


「魔法……」


 私が思い描いていたものとは違うが、私が前世において使っていた魔法を使うことができた。


「もしかしたら……。前世の記憶を思い出したことでステータスが上がったりしたのかな……。なんてね」


 体感的には、記憶を取り戻してからは体中に力が漲るような感覚があるし、動きも軽やかになり、感じる魔力も大きくなった感覚がある。

 今度、余裕ができたらステータスを調べなおすのもいいかな、と思いながら私は眠りについた。

 もっとも、その機会がすぐに訪れることになろうとは、この時の私には予想も付かなかった。

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