第2話 レアドロップ

 間一髪で思い出した前世の魔法を使ってムーンビーストを退けたものの、今の私は下着すら付けていない――いわゆる全裸であった。

 それだけならまだしも、体中がムーンビーストから吐き出された粘液にまみれていてベトベトであった。

 

 私は、この時初めて配信用ドローンが配信中であったことを思い出したので、慌てて配信を止めた。

 誰も見ている人はいないだろうし、大事な場所にはモザイクがかかる仕様になっているので、最悪の状況にはならないと思われる。

 だからと言って、粘液まみれの自分の裸体という淫猥な姿を配信する気はなかった。


 配信は止めたものの、この格好のまま外に出るわけにはいかない。

 ダンジョンの入口には更衣室やシャワー室などの設備が用意されていて、普段着とダンジョン用の装備を着替えることができるようになっているのだが、バイト代をポーション代につぎ込んでいる私は、装備を購入する余裕も無いため普段着のままダンジョンに潜っていた。

 そのため、このままダンジョンを出ても着替えるものがないのである。

 粘液はシャワー室で洗い流せるとはいえ、着るもの――せめて羽織るものを調達する必要があった。


 「どうしようかな……。ダンジョンで調達すると言っても、第一階層ってスライムとホーンラビットだけなんだよね。第二階層で戦えればゴブリンから奪い取るという手もあるんだけど……」


 私がどうしようか迷っていると、目の前に宝箱が出現した。


「そういえば、イレギュラーを倒すとレアアイテムが手に入るんだっけ?」


 イレギュラーを倒すと、本人専用の本人に適した装備が手に入る。

 この装備は入手した本人しか使うことができず、売ることも受け渡すこともできないものであった。

 もちろん性能も相応に高いのだが、深い階層を攻略するような上位の探索者にとっては階層のボスを狙った方が良いアイテムが出る。

 そのため彼らにとってはさほど価値がないのだが、底辺探索者である私にとってはチートアイテムと言っても過言ではない性能のはずである。

 しかも、運よく体に身に着ける装備であれば、服を調達する必要がなくなるため、一石二鳥であった。


「お願い! 服を、服をください!」


 私はまるで敬虔な信者のように必死に祈ってから宝箱を開ける。


 はたして、そこには願い通り服が入っていた。


 「やった! 服だ――けど、露出が高すぎない?!」


 宝箱には服が入っていた。

 たしかに入っていたのだが、それは無数の宝石の飾りの付いた革製のビキニのようなもの。

 アラビアンナイトとか、インドや東南アジア、南米あたりで踊り子が着ているような露出の多い、というか下着に近いものだった。


 「服と言えば服なんだけど……。まあ、全裸よりはマシかぁ……。というか、本当にこれって私に適した装備なの?!」


 なんとなく、服に自分が露出狂なんだと言われているようで、いい気分はしなかった。

 しかし、これでも一応は服なので、とりあえず着てみることにした。


 その服を身に着けると、先ほどまで粘液まみれだった私の体から、瞬く間に消え去ってしまった。


「これは……。『清浄クリーン』付きの装備……?」


 イレギュラーの落とす装備はレア、しかもかなり高度なレア装備である。

 そのため、何個かの特殊効果が付いている。

 効果は様々ではあるが、たいていは支援系の魔法やスキルと呼ばれる特殊能力の効果を模倣したものとなる。


 『清浄クリーン』もその一つで、いわゆる生活魔法と呼ばれる、ほぼ誰でも使える魔法である。

 効果は衣服や装備品、身体をきれいにするものである。

 これをかけると入浴や洗濯をしなくてもキレイな状態にできるため、比較的よく使われる魔法である。


 「ほぼ誰でも」という言葉の通り、魔法の才能のない人間は使うことができない、というより期待した効果が出ない。

 『清浄クリーン』ならば、あちこちに汚れが残って、結局は入浴なり洗濯なりをしなければならないし、『発火イグナイト』ならば、火をつけるのに火打石よりマシ程度の手間がかかるので、ライターを持ち歩いた方が早い。

 そして、私は使うことができない側の人間である。

 そのため普通ならハズレの特殊効果だが、私にとってはありがたい効果だと言えた。


 何とか着るものを手に入れることができたので、私はダンジョンの入口へと戻り退出のために受付へと向かうと、そこには先ほどのトレインパーティーと担当者が口論していた。


「あれは仕方ないことだったんだよ! 俺たちの他には1人しか入っていなかったし、逃げるように言ったんだから問題ないだろ?!」

「しかし、イレギュラーに手を出した挙句、逃げたということは他の探索者を危険に晒す行為です。あなたたちの記録を確認したところ、その方を置いて逃げましたよね。まだ、彼女の安否は確認できておりませんが、とりあえず罰金として50万円はお支払いいただきます」


 少し揉めているようではあったが、待っていると時間がかかりそうなので、さえぎるように担当者に話しかけることにした。

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