第一章 前世の最強賢者、現世で全裸忍者となる
第1話 モンスタートレイン
新宿に新しくできたダンジョン、その中を私は一人で歩いていた。
背後にはカメラとマイクの付いたドローンが浮かんでいて、私のダンジョン探索をリアルタイムで配信しており、ポケットに入っているスマホは配信画面が表示されていた。
私は頻繁にそれを取り出しては視聴者数をチェックする。
ほぼずっと『0』のままだが、稀に迷いこんできた視聴者によって『1』になる。
慌てて「こんにちは! 今日は配信を見てくれてありがとう!」と言うのだが、それを言い終わるのを待たずして無情にも『0』に戻る。
「はぁ……。探索者になってみたはいいけど、配信見てくれる人がいないなぁ。まあ、剣術も微妙、魔法もからっきしのFランク探索者じゃあ、無理もないんだろうけど……」
せっかく探索者になって、憧れのアヤメ様と同じように剣と魔法で華麗に戦えると期待していた。
しかし、私の前に現れた現実は、1年以上も第一階層でちまちまと雑魚モンスターを狩るだけの日々であった。
せめて配信でもと思い、親友の
「厳しいなぁ……。レベルもステータスも少しずつ上がっているんだけど、一般人以下のペースだし……」
何よりもつらいのは、1年以上続けていながら全く先に進める見込みがないことであった。
レベルも多少は上がり、ステータスも人並み(レベル1だが)になってきたのだが、徐々にレベルの上りも悪くなっていて第二階層すら、あとどのくらいで行けるのか見当もつかなかった。
周囲の心配や反対を押し切って探索者になったこともあり、簡単にあきらめたくはなかったが、早い人なら1日、遅い人でも1週間もあれば次の階層に進めると言われている第一階層にすでに1年。
それでも先に進める見込みが立っていないとなれば、さすがの私でも心が折れてしまいそうであった。
そんなことをボヤキながら第一階層を歩いていると、少し先のところにホーンラビットが見えたので、剣を構えながらホーンラビットに近づく。
私に気づいたホーンラビットが角をこちらに向けて突進してきたため、回避を試みるも角が体をかすってしまう。
「痛っ!」
脇腹から血がにじむ痛みに耐えながら剣を振り抜いたが、致命傷には届かなかったようで振り返って角を向けながら再び突進してきた。
私は、それに合わせて手のひらに魔力を集中させる。
「
ゴルフボールくらいの火の玉が現れ、ホーンラビットに向かって飛んで行き黒焦げにした。
魔力がレベル1の頃の3から全く上がっていないため魔法の威力もずっと同じだが、的確な場所に当てることで効率的にダメージを与えられるようになっていた。
「ふぅ。危なかった……」
ポーションを飲みながら、ため息が漏れる。
「やっぱりあきらめた方がいいのかなぁ……」
先が見えないということもあるが、私の場合は始めた頃からずっと赤字だった。
モンスターを倒して手に入れた素材を売っても、ポーション代にすらならないため、探索者を続けるためにアルバイトでお金を稼いでいる状態であった。
そのことが、余計に私の自信を失わせていた、
少し落ち込んでしまったので、私は通路の端の方で座り込んで休憩していた。
すると、私の目の前を4人の探索者が走って通り過ぎて行った。
「逃げろ!」
そう言い残して、彼らは走り去ってしまった。
「え?」
驚いて立ち上がった私の背後から、べちゃべちゃ、というネバついた水音が聞こえてきた。
振り返ると、そこには、粘液で覆われた巨大なカエルのような生き物がいて、口のあたりから生えている無数の触手を周囲に這わせていた。
「ムーンビースト?! まさか、さっきのはモンスタートレイン?」
モンスタートレインとは、相手が強くて逃げた探索者がモンスターを引き連れてしまうことを指している。
たいていは力量以上の数のモンスターと戦うことで発生するが、この『イレギュラー』のような1匹でも強いモンスター相手でも発生する。
特に『イレギュラー』は尋常じゃない強さだが、ドロップアイテムが貴重なため強い探索者によく狙われている。
そのせいか、見かけることはほとんどないのだが、一方でこのようにモンスタートレインの被害に遭うことも多い。、
「……!」
私は振り返ると全速力で走りだしたが、彼我の力の差は明確で、私はあっさりと触手に絡めとられてしまった。
ムーンビーストは絡めとった私の体に何本かの触手の先端を向けて気色悪い液体を浴びせてきた。
これはエサにならない部分、すなわち服などの無機物を溶かす消化液らしく、私の服は瞬く間に溶かされて全裸になってしまった。
食べるのに邪魔な服が無くなったので、今度は別の触手の先端を向けて、ムーンビーストの好む味が付いていると思われるネバついた液体を吹き付けられ、粘液まみれにされてしまった。
こうして私は、ムーンビーストにとって『おいしい』状態に加工され、いつ食べられてもおかしくない状況になってしまった。
それを理解すると、すぐにムーンビーストの触手の根本が大きく開く。
それはまるで私を呑み込むための口のようで、その中からさらに太い触手が5本出てきた。
それらが私の露わになった肌の上を一通り這いまわると、その5本の触手で私の体を持ち上げて、大きく開いた口へ運ぶ。
「こんなところで……。悔しい」
今まさに呑み込まれようとした時、走馬灯というのだろうか、私の頭の中に過去の記憶が蘇ってきた。
その中には前世の記憶だろうか、見たことない光景も含まれていて、それが蘇るたびに私は前世の記憶を取り戻していった。
すべての記憶が蘇った時、私は前世において賢者としての記憶、魔法の知識を取り戻していた。
永遠のような長い時間、前世の記憶を見ていたように感じていたが、実際の時間はさほど経過していなかったようで、私の体はまだ呑み込まれる直前のままであった。
「
私が魔力を足に集中して体をねじる。
その反動で脚を回転させながら触手を蹴りつけると、触手がスパスパっと切れてしまった。
そうやって、全ての触手を切り落として拘束を振りほどくと華麗な動きで地面に着地する。
「
私は右手の人差し指と中指を立てて魔力を指先に集中する。
その2本の指でムーンビーストの体を突くと、素早く離脱する。
「アンタはもう死んでいるわ!」
私がそう言うと、ムーンビーストの体は爆発四散した。
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