第1話

 私の名前はルシル・ベンティンク。

 ベンティンク辺境伯家、末娘。

 13歳の女の子と言えば恋に焦がれ、好きな人とうふふあははしたり、学生時代を謳歌する頃。

 なんたって16歳で成人し、18歳にもなれば結婚する子もいる。


 魔法学園の女子寮の中で呑気にお茶を飲みながら試験勉強の真っ只中。

 魔法工学に関する分厚い教科書を読みながら、ノートに書き進める。

 普段からそれなりに勉強はしているものの、今年は大事な一年。

 12歳になり学園へ入学して、1年が経つ。

 本年度、2年生の終わりの学力によって騎士科、魔法科に分けられる。

 私は騎士科、魔法科ともに履修する都合で2つの科を兼任することが決まっている。

 基本は科の組み分けは希望制だが、まれに両方の科を跨ぐものもいる。教師陣からの指示やお家の都合。2つの科を跨ぐのは苦労する部分も多いためほとんど選ぶものは少ない。いわゆるとも言える。

 はい、お家の指示ではなく私は物好きです。

 それだけが理由でもないんだけど。


 6年制のため、まだまだこの学園で勉強を嗜んでいるところだ。

 6年勉強したあとは各々道は人それぞれ。

 卒業後どうするか、まだ決めかねてる私にとって、どんな方法も取れるようにするため今もこうして膨大な量の勉強と向き合っている。


「ふぁ〜〜」

 目の前で欠伸をしたぬいぐるみ。

 いや、ぬいぐるみは欠伸しないです。

 ぬいぐるみではないけど、ぬいぐるみのような風貌をしているこの子。


『そんなに一気に食べるからお腹いっぱいで眠くなるんだよ』

 私は思わずノートに綴っていたペンを止め声をかけた。

「仕方ないだろ〜お腹いっぱいだからな。ルシルは遊んでくれねーし。俺暇だもん。準備にも時間かかるしなー」


 ぬいぐるみが話してると思うと、時々違和感があるのかもしれないけど私にはもう日常になってしまった。


『仕方ないじゃない、オーちゃんと違って忙しいの!こっちはみんなよりも選択教科は多くて大変だし、私はそれだけじゃないじゃん!』

 ジトっとした目で思わず目の前のぬいぐるみを見つめる。ぬいぐるみと言っても、なんとなく猫というか熊というか、犬というか全部の中間みたいな感じだ。


「お嬢様、そろそろお時間ですのでご準備を。」

 オーちゃんとの話の間に声をかけてきたリーサの声に、ハッと気づく。


『ヤダもうこんな時間。着替えて準備しなきゃ』


 希望制といいつつも、王国で指名されている一部の人間だけが騎士科、魔法科の両方に所属するのだ。


 正確に言えば跨ぐことを選ばざるおえない者に命じられるお仕事。


 私は用意してあった衣装の中から1着を手に取りリーサに手伝ってもらいつつ袖を通し、身を整えた。寮といっても、最上階フロア全ては私専用。勉強していた部屋から建物の中央にある部屋へ移動する。

 この中央の部屋には何もないが、大きなステンドガラスが目立ち、月の光が部屋の真ん中に差し込むように小窓が入り込む設計だ。

 この時間になると光が差し込みキラキラと目の中に入ってくる。この瞬間が私は大好きだ。


 部屋に入り中央へ。

 両手を胸の前で握り、跪き、いわゆる祈りの姿勢をとった。

『…乙女に力をお貸しください』

 深く深呼吸を2回する、そして右中指についている指輪に軽く口付けをした。


 立ち上がるとスタンドガラスから差し込む光が目に入る。目の前に手を掲げる。

『解除 ー セオー』

 唱えるとシルバーのドアが出現する。

 月の光が反射して、シルバーがキラキラと光を放っていた。

 右の手で指をパチンと弾くと、数枚のカードが浮かぶ。くるくると回転し、その中の1枚を勢いよく手に取り、カードを目の前に軽く放つ。

 カードをみて、軽く息を吐き出す。

 くるりとリーサに振り返り、リーサに一言つげる。

『行ってくるね』

「お嬢様、おかえりお待ちしております。美味しいご夕食用意しておりますね」

 リーサは不安そうな顔を少し見せるものの、笑顔で言ってくれる。


『うん、ありがとう。遅くならないように頑張ってくる。オーちゃん行くよ!』

 軽く返事をしたオーちゃんは、私の肩に飛び乗る。


 シルバーのドアは私を招くようにひとりでに開いた。扉の向こうには、何も見えない。

 白くもあり黒くもある扉の向こう側。

 扉のその時々の意思で色が変化する。

 今日は白っぽい光が見える。僅かに暖かい風が吹き込んで私の左頬を掠めた。

 臆することなく扉に足を踏み入れた。

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