ブラッドの受難

相有 枝緖

秘密の恋ほど燃え上がる。

ブラッドは、普通の平民の家に生まれ、普通の平民学校を出て、縁があって大きな商店に就職し、悠々自適な一人暮らしをしている、至って普通の平凡な独身男性だ。


しかし、実はブラッドには特大の秘密があった。

やんごとない身分……この領地を収める貴族の令嬢と秘密の恋人同士なのだ。


出会いは、商店が領主の館に勤めている商店が呼ばれたとき。

それなりに大きな商店ではあったが、どちらかというと平民でも手に入れやすい日用品を扱っているので、領主に呼ばれるのは初めてのことだった。


実は、商店で商品開発した花と香り付きの石鹸が大ヒットし、領主の奥方と令嬢の耳に入ったことで呼ばれたのだ。

ご所望の石鹸のほか、貴族でも使えそうな上品な雑貨、オーダーできる商品などを持ち込むと、彼女たちは殊の外喜んだ。

そしてブラッドは、たまたま手が空いていたので店主を手伝っていた。


石鹸を気に入ったらしいシェリーは、たびたび商店を呼んだ。簡単な注文だけだし、問題はなかろうとその窓口担当がブラッドになった。

そして何度も通ううち、お互いにお互いを意識して、自然と恋人になったのだ。


逢瀬は商品を持ち込むときだけ。

それでも、ブラッドは幸せの絶頂にいた。


「……こん、やく?」

「はい……」

半年ほどその関係が続いた頃、シェリーに婚約の打診があったと告白された。


もちろん、覚悟はしていた。

ブラッドは平民だ。

シェリーはあくまで貴族であり、貴族は貴族同士で結婚するものだ。


それでも、ブラッドはシェリーが心から好きだった。

こんなにも好きになれる人は、一生に一度しか出会えないだろうと思っていた。


ブラッドは、思わずソファから立ち上がり、シェリーの側まで歩いてそのままそっと抱き寄せた。

「ブラッド……お願い、今だけでいいから離さないで」

「もちろん。これからも離したくない」


ブラッドは抱きしめる腕に力を入れた。

こんなにも愛おしい存在を、諦められそうにない。覚悟を決めて、最後の手段を使うことを考えるべきだろう。



ブラッドには、普通なら貴族にしかないはずの魔力があった。

使い方は、魔力に気づいたときにはわかっていた。

しかし、魔力がある平民の子どもは国や貴族に取り上げられ、家族の縁を切らされてしまう。

息子であるブラッドを愛していた両親は、ブラッドをきちんと手元で育てるために、魔力のことを秘密にしようと決めた。そして、ブラッドも両親と離れたくなかったので了承し、これまで秘密にしてきた。


ブラッドの魔力は、おそらく国でも1、2を争う大きさである。

この魔力について公開すればおそらく、ブラッドは叙爵して国に仕えることになる。


自由はなくなるが、シェリーを手に入れた後も堂々と生きるためならば。







「晴太、また口に出てるわ。ブラッド、一途なのはいいとしてもなんか恋愛パートが弱いわよ。もっとこう、心情の変化をしっかりしないと取って付けたみたいになるじゃない。ブラッドもだけどシェリーもチョロインっぽくなってるわ」

「ふぉぉっ?!」


里帰りしていた晴太は、ソファから文字通り飛び上がった。


「っていうか、ヒーローがどんどん現実の晴太に寄ってきてるわね。いい傾向だわ」

「う、っぐぅ」

「高嶺の花っぽいのがタイプなの?隠し設定ってすごくいいけど、ちょっと安易じゃない?まぁ、妄想でくらい俺TUEEEEしてもいいとは思うわ。あ、現実を見るなら去年無事に恋愛結婚したお姉ちゃんに関係の深め方を聞けば?さすがに両親私たちの話はちょっと聞きたくないでしょう?お姉ちゃんに言っておいてあげようか?」

「もうヤメテ俺の黒歴史を誰かに話さないで」


社会人として働く日頃の疲れを癒やしに帰省したはずなのに、理解のある母は晴太の黒歴史を今日もえぐるのであった。

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ブラッドの受難 相有 枝緖 @aiu_ewo

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