2話 鹿島麗奈

「はよー」

「うぃー」

「おはよー」


 鹿島麗奈かしまれなが教室に入ると、連れの三人は既に登校していた。


「麗奈相変わらずギリギリじゃん」

「のくせに余裕ありで教室入って来るからマジウケる」

「重役出勤様になりすぎwww」


 毎日登校するのが始業ギリギリの麗奈をからかってきた。

 別に朝が苦手な訳ではない。だた、やることが沢山あるだけだ。髪を作ってお化粧をして『鹿島麗奈』を作り上げるのには時間がかかる。


「うむ。皆の者ご苦労」

 

 それにこの時間に登校した方が目立てるし。

「いや、誰だし」

「社長給料上げてください」


「「「「あははは」」」」


 ガラッ


 いつもと変わらない朝の一幕を破る音がした。


 教室の後方の扉を見る。そこにはアイツがいた。

 犬上奈緒——いつも俯き加減で、暗い顔。そのくせ誰かと目が合うとニヘラと下手くそな笑顔を向けてくる変なヤツ。

 

 麗奈は自分がクラスカーストの最上位であることを知っていた。

 その為の努力――一早く流行を取り入れ、自分を磨き、周りの人間関係も常に把握している。

 だから、一早くその異物に気が付くことが出来た。

 クラスカーストの外側にいる犬上奈緒に。


 犬上は特に親しいクラスメイトはいないようだ。それどころか、学校で誰かと話しているところさえ見たことがない。人見知りのボッチ。普通なら真っ先にイジメられるタイプの人間だが、妙な存在感があり誰も彼女に関わろうとしなかった。


 人の機微に聡い麗奈にとって、その存在は只ただ気持ちが悪かった。


 自分とは違う価値観で、自分とは違う世界を見ている、独りではいられない自分と独りでしかいられない彼女。

 彼女が――犬上奈緒の事が分からなかった。

 

 分からないものは怖い。

 だから麗奈は犬上奈緒を自分の分かるフィールドに下ろすことにした。

 分かりやすく言えば、イジメの対象にした。


 初めはモノを隠したり、ワザとぶつかったり。嫌味を言ったり。

 しかし、犬上奈緒は特に堪えた様子はなかった。


 どうすれば、彼女を自分の分かる次元に下ろせるのか。麗奈は観察した。




「麗奈ってずっと同じ人形鞄に付けてるよね」

 ある日の放課後。いつもの四人でゲーセンのユーフォ―キャッチャーをしていた時だった。

「ん? これ? 可愛いっしょ」

 それはデフォルトされた牛の人形だった。短い前足で牛乳瓶を抱え、円らな瞳で見つめ返してくる。受験の際に弟が買って来てくれたどこかの神社のお守り。

 入学した後も何となく気に入って鞄に付けたままにしていた。

「いや、何つーか、微妙?」

「ええ! こんなに可愛いのに⁉――って、ああああ!」

 思いもよらぬ連れの反応に、ユーフォ―キャッチャーのボタン操作を誤りアームが空を切る。

「いやいや、可愛くはない」

「良くてぶさかわ」

「そんなぁぁぁ」

 自分が好きなモノが認めてもらえないのは何とも悲しい。麗奈は膝から崩れ落ちた。

「まあまあ。犬上の付けてる人形よりマシだから」

「はぁ? 私のぬいぐるみをあんなゴミと一緒にしないでよ」

 心底嫌そうな声を上げる。

「あははは、ゴメンゴメン」

「もぉ〜」

 笑いながら謝る友人に対して、納得いかず頬を膨らませる。

「何かイライラする……そうだ! 良いこと思いついた」

 突然ひらめいた。この気持ちを綺麗に解消する方法を。

「うわー。何か悪そうな顔してる。何々どうするの?」

「へっへっー。それは見てのお楽しみぃ〜」



 次の日麗奈は上機嫌だった。

 これで犬上奈緒を焦らせることが出来るに違いない。


 教室の中には麗奈以外誰も居ない。

 そして、麗奈の手の中には古びた犬の人形が握られていた。


「へへっ〜。よく考えたらアイツいつもこの人形を気にしてたし、失くなったって分かった時あのニヤケ面どうなるか……」


 ふふふっと黒い笑い声が漏れた。


「――――」

「やばっ」

 廊下の方から話し声が聞こえてきた。咄嗟に人形をポケットに突っ込む。


「あれ、麗奈まだいたんだ? 急にいなくなるから先に帰ったのかと思ったのに」

「ごめんごめん。ちょっと忘れ物。でもゴメン今日は先に帰るわ」

「そう? じゃあね」

「うん。バイバイ〜」


 教室に入ってきたのはいつも一緒にいる連れだった。一瞬安堵するが、すぐさま気を取り直してササッと教室を後にした。


「流石に盗ったのがバレると不味いからな……」

 周りに同じ高校の生徒がいない事を確認してから、ポケットから人形を取り出す。

 改めて見ても汚い人形だ。コレを持ち主が女子高生とは誰も思わないだろう。


「けとコレどうしようかなぁ……あ!」


 人形を

の上部についた紐に指を引っ掛けてクルクル回しながら考えていると、スポンっと飛んでいってしまった。そして、落ちた先はちょうどいいゴミ捨て場。


「……ま、いっか」


 一瞬後ろめたい気がしたが、それでもゴミ捨て場から拾い上げようという気にはならなかった。













 

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