【源頼光】頼光、今後の方針を議論する

「さて、頼光様。さきほど陸奥守なるのが夢や言うてましたけど、どれくらい本気なんです?」


 すっかり短くなった髪を満足気に触る酒呑のそばで土間に落ちた髪を掃きながら茨木ちゃんに問われる。どれくらいってそんなのは決まってるけど、新しく仲間になってくれた茨木ちゃんと酒呑の前で改めて宣言しておかないとダメね。


「半年以内に絶対になる。そのつもりで付いてきてくれると嬉しい。あ、かたっ苦しいのは苦手だから敬語とかいらないわよ? 敬語のほうが楽なら無理強いしないけど」


 私の生まれが陸奥であること、待たせてる友人との約束のこと、国司の任期と任命の時期のこと。私の陸奥守になりたいという想いと、ほとんどないけど今私が持ってる情報のすべてを2人に共有する。私が語り終えると茨木ちゃんは眉間にシワを寄せる。


「つまりアレか。頼光は占いの姉ちゃんに言われたから妖怪追っとったんか? 仕えとる誰かに言われたとかちゃうんやな」


「そうね。誰かに仕えてるとかじゃなくて、手柄を立てれば陸奥守になれると思ったんだ……け……ど」


 えーと、どこかいたらないところがあったのかな。頭を抱える茨木ちゃんの様子に自信が……。

緊張感に包まれた空気の中、さっき綱から走る速さに文句言われた時とは違い自発的に正座する。


「お前なぁ……そんなんで襲われるこっちの身にもなれや。言わんとすることは分かるけどよ――――」


「いや、分からんやろ。仮に妖怪を退治できたとしてどうやって証明するつもりやったん? 『どこどこの何々倒したんはうちやでー』言うたところで、もっとお偉いさんが『いや、それやったのうちんとこの奴やで』言い出したら手柄はそっちのもんや。当たり前や、そっちのほうが社会的信用高いんやもん。逆に証明いらんなら、確認しょうもない遠国の妖怪数え切れんくらい倒してるてハッタリかませばええやん、それが手柄になるんやったらやけど」


 まくしたてるような茨木ちゃんの勢いに圧され、視線で綱に助けを求めるも口笛を吹きながら目をそらされる。


「占いで妖怪退治せえ言われたんはまあええわ。でも半年以内ちゅう時間制限あるなら、なおさら計画立てて動かなあかんやん。行き当たりばったり動いとる場合ちゃうで?」


「あははー、急がば回れか。……具体的にはどう動く?」


 正座する私の隣でどっかりと胡座をかく綱。茨木ちゃんの意見をじっくり聞こうと姿勢はかなり前のめりになってる。


「とりあえず、手柄を横取りされん体制をとらなあかん。手っ取り早いんは誰か後ろ盾作ることや思うけど」


「誰かに仕えたほうがいいってこと?」


「もちろん仕えるんは頼光だけやし、忠誠誓う必要もないけどな。どうせ陸奥を受領した後は、任期満了してみやこ戻れ言われても豪族として居座るんやろ? 利用するだけしてポイの関係やろし」


「!?」


 茨木ちゃん……いや、茨木さん。見た目と違ってかなり腹黒? すでにやりての商人の風格見せてない? ……いやまあ商人なんてほとんど知らないんだけど、なんか凄みを感じる。

でも陸奥守になった後か……確かに4年経ったら戻ってこいって言われるのよね。うーん、そこまで考えてなかったわ。


「あははー、そうなると道長の寵愛云々言ってた貴族倒したのはまずかったかー。1番人事権持ってそうなのあいつなんだけどなー」


「ツーテモ、主人ノ名前出シテ好キ勝手ヤルアホダゼ? 派閥カラ切リ捨テル口実デキテ喜バレルンジャネ?」


「それ以前に藤原道長さま言うたら今をときめく右大臣さまやろ? 最初はなから選択肢にないわ。どっちか言うたら……名前なんやったっけ? 対抗馬言われとる左大臣さまのほうがええ」


「何でだよ? 権力なんて持ってれば持ってるほうがいいんじゃねえの?」


 私が思ったことを質問する酒呑にこくこくと頷くと、茨木ちゃんはふんすと気合を入れ直し、理由を続ける。


「まず大前提なんやけど、これから頼光は周りが認めるほどの大手柄を上げる。これが出来なきゃ手柄が認められるも認められんもないからな」


「そりゃそうだな。でなきゃ何のために下についたんだって話だわな」


「自分とこにそんな使えそうな奴いて、わざわざ日ノ本の端っこ送りたい思う? 受領さすにも近場やろし、仮に陸奥もらえたしても遙任ちゅうことで京は離れられん。逆に政敵の下にそんな奴いたら……?」


「あー、なるほど。遠くに飛ばしたいって思うだろうし、しかもそいつが陸奥守にこだわってるなら恩も売れて一石二鳥ってわけかー。割といい線いってる気がするねー」


「ほんまやったら優秀な敵対派閥の人間に大国与えるよりは暗殺してもうたほうが楽なんやろけど、仮に成功しても綱みたいなん逃がしたら枕高うして寝られへんやろしな」


 あれよあれよといううちに、左大臣さまに仕えるのがいいという流れになってきてる。仕える相手から任命してもらうんじゃなくて、敵対する相手から任命してもらうってことが正直ピンとこないとこがあるんだけどなー。一生懸命仕えてくれた家臣の望みを叶えたくなるのが人情じゃないのかな。


「それで頼光……やなくて綱に聞いたほうがええな。左大臣さまに何か伝手はないんか? ないとしたら頼光が動かせる銭がなんぼくらいあるか知りたいんやけど」


「あー、やっぱ必要かー。正直左大臣が顔つなぎたいと思う額は用意できないねー。頼光の弟の頼親よりちかが大和守だから借りてくる?」


 弟くん河内守でしかも未着任じゃないっけ? そういえば東市にいた時話に出た気もするけど、顔も覚えてない弟くんが貸してくれるかなー。


「それじゃまず私はどう動けばいい? 弟くんにお金借りてくればいい?」


「あははー、無駄足になるからいいよー。ボク1人で行ったほうが取ってきやすいし」


「……まあ、とりあえずはどーんと構えといてくれればええよ。神輿はきれいな方がええし」


「汚レ仕事デモ何デモヤルヤツノホウガ需要アリソウダケドナ」


「かもしれへんけど、絶対謀反起こさん雰囲気出しといたほうがええって」


 長々と喋り疲れたのか、茨木ちゃんが水を飲もうと水甕みずかめに向かった時に訪れた一瞬の静寂。激しい雨音に混ざってヒュンと何かが風を切る音が聞こえる。それに加わる明確な闘志も!!


「綱ッ!! 酒呑は茨木ちゃんと中にいて!」


 パーン! と木戸を開け放ち外に出ると、50mほど先に金属の塊を紐で結わったものを振り回す私と同じくらいの人影とそれに寄り添う大柄な人影が見えた。

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平安ファンタジー さいたま人 @saitama-jin

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