【源頼光】頼光、似非坊主と和解する
「ヘイヘイヘイヘーイ! ドウスル相棒。正体ヲ暴カレチマッタゼー?」
「どうするって、この姿を見られちまった以上やるしかねえだろうが……!」
悲痛な表情で錫杖を構える生臭坊主――いや、髪は普通の人間よりも長いくらいだし、あの姿を隠すために坊主の真似っ子してただけかな――からはさっきまでと違う感じがする。
実際、興味を引いたのなんて背中に回ったのに殴られたのは何でってことだけ。それが分かればできるだけ怪我をさせないよう制圧しようと思ってた。
だけど今は違う。積極的にこっちを倒そうっていう意思を感じる! それならば武人としてふさわしい応え方をしなければ源氏の名折れ!
「お前らが悪いんだぜ? 面倒事に巻き込まれねえよう、役人に訴える前に――――うおッ!?」
前に出ようとする彼より先に詰め寄り顎めがけて膝を繰り出すものけぞって避けられる。
「綱! これは私と彼の尋常なる1騎打ち! 手助けは無用よ!」
「あははー、左腕動いてないのに何言ってんの。まあ危ないと思ったら手出すけど、それまではご自由にー」
「あははははははは!! 何よそれ、あんたには武士の矜持ってものがないの!?」
「嵯峨源氏は勝つためなら何でもやるもんでー」
「クソがッ、分かってはいたが戦闘狂かよ!」
綱と駄弁りながらとは言え速さでは完全に上回ってるし、捌ききれなくなるのは時間の問題……その予想を裏切り善戦する半身鬼男。それどころか捌きが正確にすらなってきてる。
慣れと言うよりもあの目よね。慌てたり悪態をついたりしてる割には視線だけは冷静そのもの。しかも動作じゃなくてじっと表情見てくるのなんなんだろ? よくあれで戦えるわね。
うーん、手の内を見せないように最高速からは落としてるけど、長期戦になるほど不利になりそうだし悪手だったかな。ま、長く楽しめる分にはいっかー!
「ウオラアァァァァッ!!!」
鬼の差し込みに今いた場所が轟音とともに抉られる。大振りで万に1つも当たりゃしないけど、
「……だからこそ惜しいわね」
「はぁ……はぁ……ああ? 何がだよ」
「いや、これで茨木ちゃんに顔を舐めてもらいたいとか思ってる童女性愛者じゃなければ、普通に仲良くなれそうなのになーってさ」
鬼の攻撃で仕切り直され繰り出される錫杖の連続突きを躱しつつ思わず口に出してしまった言葉――その言葉に男の動きが止まる。さっきまで何の感情も見えない目をしてたけど、今の表情は理解できる。昔の綱が良くしてた目、すなわち「何言ってんだこいつ?」ね!
「別に人様の趣味にケチを付けるつもりはないけど、幼い女の子に変なことしようってのは手柄がどうの関係なく人として止めないとね! 人に迷惑をかける趣味はダメよ!」
「……ちょっと待て。なんでオレが童女性愛者になってるのかさっぱり分からん」
「今更取り繕っても言質は取れてるのよねー、ここには茨木ちゃんに【仕事】をしてもらいに来たってね!」
「床屋に髪を切ってもらいに来ただけだろうが!? 妖怪がやってるならオレでも切ってもらえると思ったからな!!」
「………………あれ?」
そういえば私たちもはじめは普通の床屋と思って来たような?
「そうなると茨木ちゃんを守るためという大義名分が……あ! 今までで正体を暴いた人たちのことも始末してきたりしてるんじゃない!?」
「ねえよ!! ずっと人目を忍んできたからこそ、いい加減髪が鬱陶しくなってきたわけだからな! こいつのせいで自分で切るのも大変だしよ!」
「あははー。そんなことしてたら
……あれ? そうなると戦う理由そのものが。
「もう戦う理由が、私が戦いたいから以外なくなるわね……」
「てめえの趣味で
目を見開いて大声を上げた男は、錫杖を持ち帰ると大きく振りかぶる。
はったりで私が後ろを向くのを狙ってる? ううん、今の声の大きさ、私に対して言ったんじゃない!
「茨木ちゃん!」
私の頭上を越すように
全力で地面を蹴り茨木ちゃんを抱え上げて牛男の脇を抜けると、そのまま後方に飛び牛男の後頭部めがけて飛び蹴りをかましてやる。その蹴りが支えとなり衝撃の行き場がなくなったところに、飛んできた錫杖を額に受け牛男は前のめりに崩れ落ちた。
「大丈夫? 怪我してない?」
「え? え?」
混乱する茨木ちゃんの体を確認。よかった、どこにも怪我はなさそう。
「…………なんで本気でぶん投げた杖を追い越してるんかね」
「相棒ノ肩弱スギジャネエノ?」
「頭蓋骨ぶち抜いてるんだよなあ?」
穢物の額から錫杖を引っこ抜くと、杖の先にかかる酒壺の蓋を開け酒を飲む男。彼が纏う雰囲気は「すでに戦いは終わったよな?」と語りかけてくる。
「……そうね。勝手な勘違いでごめんなさい。あと、茨木ちゃんのこと助けてくれてありがとね」
男はいつもの冷たい目つきで私の顔をじっくり見た後「ふん」と鼻を鳴らして顔を背ける。
「……じゃあな。くれぐれも役人にチクってくれるなよ?」
「待ってください! 髪を切りに来たんやろ、それならウチに任せてえな」
小刻みに震える小さな手で男と鬼の両方の手を握り、去ろうとする男を必死に止める茨木ちゃん。
「あんさんは命の恩人や。このまま帰すなんてお天道様に顔向けできひん。それにその服、そのままやったらこれから困るやろ?」
綱がひん剥いた時にできたものか、法衣は派手に破れて体を隠すのは難しそうだ。
「ウチはこう見えても裁縫も得意なんやで! おかんに叩き込まれたからな! お
「いいの? それなら少し休ませてもらおっかな」
男は私にしたように茨木ちゃんの顔をじっと見た後、深い溜め息をついて「よろしく頼む」とつぶやき、それを聞いた茨木ちゃんは準備のため家に駆け込んでいった。
「何ニヤついてやがる、気持ち悪い」
「いやー、斜に構えてる感じのくせに素直だなーって」
「……お前らのせいだよ」
「そういえば自己紹介しておかないとね。私は源頼光。で、そっちのが渡辺綱」
「あははー、よろしくねー」
綱に差し出された手を握る男の顔はどこかホッとした表情に見える。もしかしたら女性が苦手なのかな?
男はどこかバツが悪そうにきょろきょろ視線を動かした後、酒壺に目をやりようやく名乗る。
「オレのことはそうだな、酒呑童子とでも呼んでくれ」
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