【芦屋道満】摂津守、自国の問題解決に動く
――摂津国国府
「ッせーの! もーーーれーー!! やっさ!! もーーーれーー!! やっさ!!」
「これはこれは道満さま。ようこそお越しくださいました」
恭しく頭を下げる
「っしゃあ、次でラストォォォ! ッせーの! もーーーれーー!! やっさ!! もーーーれーー!! やっさ!!」
最後の荷が降ろされ辺りが拍手で包まれると、船の上でふざけた掛け声で音頭を取っていた女が船べりから目の前に飛び降りてくる。
「
「こんなんでどうにかなるかい! ……芦屋道満さま。お見苦しいところをお見せしましたが、雄谷氷沙瑪以下120名、無事帰国したっす」
港を発った半年前と比べ、だいぶ日焼けをした側近を労ってやると、にかッと白い歯を見せて笑った。
「おう親父、あたいは主様のお相手するから下ろした荷物のことはよろしく頼むぜ。商売以外でなんか主様にお願いする案件あるなら聞いとくぞ」
「報告用にまとめておいた資料ならすぐに届けさせよう。それでは道満さま、後は娘が対応いたしますので私めはこれで失礼いたします」
小成と別れ、私たちは氷沙瑪の私室へと向かった。
*
「おーおー、たった半年空けただけでよくもまあ問題が起こるもので」
少し遅い昼食を取りながら届けられた資料に目を通し、呆れた声を上げる氷沙瑪。帰国したばかりだというのに、すぐ別の仕事にあたる彼女の体調が心配になる。
少し休むよう促すが、あっさりと笑い飛ばされた。
「主様も今日か明日には京に戻られるんでしょう? 武力案件であたい1人じゃどうしようもないのがあったらまずいじゃないっすか」
頼りにしてるっすよと笑顔を向けられると強くは言えない。実際、商売人気質の者が多く武力の面では氷沙瑪だよりな国だ。航路さえ確保できれば文句はないのだが、報告書に目を通せば隣接国、とりわけ播磨国からなかなかの被害を受けており、港に被害が及ぶ可能性もある。
「物取り程度なら自分でなんとかしろって感じっすが、強盗に人斬りに……新興宗教? 野ざらしの屍体を燃やして回るってなんなんすかねぇ……
不安になるのも分かるが、宗教を力付くで押さえつけるとなかなか面倒なことになりそうだ。しかも本山は播磨国となると余計に面倒と言える。
どうしたものかと思考しながら、他の書類に目を通していると興味深いものが目に入る。
「なんか面白いもんでも見つけたんすか? ……へぇ
先程の新興宗教――燃屍教とやらの報告資料を人差し指で叩く。屍をさらして肉を食われるのは仕方ないにしても、骨がそのまま野ざらしに放置されたままではそこに穢が溜まる。それを祓うべく燃やして回ると考えれば、神仏の思し召しと題目にするより理にかなっている。
「なるほど。むしろ教祖を
信仰を強制する必要はなく、この事実を積極的に広めて宗教に対する理解を深めればいい。燃やしているやつがいても気にしないようになれば、それで十分だ。
「となるとこれはオッケーすね。あと気になるとすれば……妖怪、茨木童子っすかね」
初めてその名前が出るのは今から1ヶ月ほど前。気になるのは道長派の貴族が、その妖怪の出る店とやらに頻繁に出入りしていることか。
藤原道長の政敵が何人も『偶然』穢物に襲われて死んでいるというのはもはや周知の事実であるが、穢物の減少という情報を掴み、不幸な事故の原因を作り出しているとしたらなかなかに打つ手が早い。
「かーッ、相変わらず陰険なことで。穢物の次は妖怪のせいで政敵が死んでいくわけっすね。京周辺の国で自分の息がかかってない摂津には駒を置いときたいってことでしょうけど、主様は大丈夫っすか? あたいが護衛についていきましょうか?」
京で動向を見張っていたというのに私に気づかれず動いていたのであれば、道長は想像以上に有能のようだ。せっかく顕光を利用して得た港を持つ国を奪われるのは面白くないので、もはや氷沙瑪を動かすという選択肢はない。
氷沙瑪の提案を謝辞したものの、こちらの手札不足はいかんともしがたい。亀に誰か送ってもらうか?
「他のも1通り目を通したっすけど、緊急性が高いのはやはり茨木童子っすね。茨木の集落から京に続
く街道沿いに店があるらしいんで、明日にでも主様の見送りがてら2人で潰しに行きません? 今日のところはここに泊まってって欲しいっす」
窓から空を眺める。実にいい天気なので動くなら今日中のほうがいい。今から出れば夕方前には着くだろう。
「……そっすね。んじゃさっそく準備するっす」
残っていた握り飯を平らげ、壁に立てかけてあった鎖を含めれば150kg近くあろうかという錨を肩にかける氷沙瑪。茨木までは距離があるが歩くつもりなのだろうか。
「ちッちッちッ甘いっすね。大半は向こうに置いてきたっすが2頭だけ連れてきてるのがいるんすよ」
*
すっかり土砂降りとなった雨の中、想定よりだいぶ短い時間で目的の店の前に到着した。氷沙瑪がローマン神聖国から連れ帰ってきたペルシュロンなる馬は、まるで牛のように錨を詰めた袋を難なく牽引したのが素晴らしい。
「主様。あの店の脇、見えるっすか?」
視界がひどく悪いが目に入るのは派手な牛車。その屋根の上にどんと置かれた普通の3倍はあろう牛の頭、間違いなく穢物だが既に死んでいる。
「珍しく主様の予想外れっすね。道長が陰謀のために流した噂なんかじゃなく、マジで強え妖怪いるっぽいっすよ。危ねえ危ねえ、主様に一緒に来てもらって正解だったっす」
馬を離れた木につなぎ、氷沙瑪が錨のついた鎖を振り始めると大きな音をたて木戸が開け放たれた。
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