【源頼光】頼光、怪僧と出会う
そこに立ってたのは異様な出で立ちの坊様だった――
白い頭巾に法衣に隠されてるけど、上半身の左側が歪に膨れ上がっててなんとも不格好。
左腕の太さはパッと見でも右腕の3倍はありそうなのに、錫杖を右手に持ってることから利き腕は右ってこと? となると、鍛えてるんじゃなくて病気とかそういう理由なのかも知れない。
錫杖の遊環からは金属でできた紐が延びていて、その先には酒でも入れそうな壺みたいな形の物体がついてる。あれは……振り回されたら危ないわね。殺意増し増しって感じ。
結論―――普通の坊様には見えない。何と言ってもさっきの逃げ出した2人が坊様の足元に転がってるのが余計に不穏。
とはいえ、私自身坊様を何度も見たことがあるわけでもなし。
剣呑な空気に当てられたのか、牛車に繋がれた牛は身をよじって車を外そうとしてるし、茨木ちゃんは私の袴をきゅっと掴んでくる。
「危ないかも知れないから、ちょっとだけ家の中に隠れててね」
「せやけど、あんなんでもうちのおとんやし」
え、謎の坊様を怖いもの見たさで見てたのかと思ったのに、父親の心配してたの? 嫌な仕事やらされてたのに優しい娘ね。私も
不安気に見上げる茨木ちゃんを安心させたくて頭を撫でる。
よし、とりあえずは会話しないと何も始まらないか。
こっちが坊様を警戒してるのと同じで、向こうもこっちの様子伺ってるみたいだし、こっちから動こう。
「どうもーお坊様ー! 捕まえていただきましてありがとうございまーす! 貴族っぽくない方がこの娘の親父さんなんですけどー! 生きてますよねー!」
距離があるから声を張り上げつつ、それでいて口調がきつくならないように注意する。同時に両手を目一杯広げ、ぶんぶんと大きく振ることで敵意はないと意思表示。
ゆっくりと距離を詰める私と綱に対して膨れ上がった左半身を向け、右手の錫杖でつんつんと倒れた2人をつついた坊様は「生きてる」と返事をする。とりあえずは一安心ね。
「お前ら……とあそこに転がってる6人もか。敵対勢力同士なのか知れねえけど、わけわからん抗争で庶民に迷惑かけんなよ」
事情を知らない坊様に説教されるけど、濡れ衣ってことでいいよね?
「こっちもそんなつもりはなかったんだけどね。女の子かばってたり、刀つきつけられたりで仕方なかったのよ」
「あぁ……」と呟く坊様の視線を追うと、玄関からこっちの様子を窺う茨木ちゃんの姿。
「オレもこの白粉野郎が退けとか叫びながら刀振り回されたからな。お前らに対してもこいつらに非があったんだろうよ」
そういうと坊様は、錫杖から伸びる鉄塊の蓋を外し、ぐびりぐびりと喉を鳴らす。……って酒臭ッ! 本当に酒壺かこれ!
「お坊様はこれから京に向かわれるんですか?」
なかなか質問に答えないで、なぜか私の顔を見つめる坊様。観察されてる気分でもやもやしてると、ようやく「いや」と口を開く。
「ここに床屋があると聞いたのでな。ちょいと立ち寄っただけだ」
「……それは茨――あの娘に【仕事】させるつもりってこと?」
「あ? ああ。ここにのびてるのが床屋の主人で、他にできるのがあの娘しかいないなら」
さっきの「もう仕事をしたくない」と泣いて訴える茨木ちゃんの姿が頭をよぎる。酒といい女色といいとんだ生臭坊主じゃない……!
「!!」
慌てて距離を取ろうと後ろに飛んだ生臭坊主に合わせて、詰めたところに錫杖が振り下ろされる。
右手の甲で払いつつ、そこを軸に体を反転させそのまま右の踵で膝裏を蹴り飛ばす!
がくんと体制を崩した生臭坊主の顎をめがけて拳を――――……!?
ものすごく嫌な予感が背中を走り、振り下ろそうとしてた左手でとっさに頭を守った瞬間、激しい衝撃とともに体が空へと打ち上げられた!
だらりと落ちた左手を確認するけど、たぶん折れてはない? 痺れてるだけだとは思う。だけど直感を信じてなかったら今の一撃で終わってたかもと思うと……うん、血が騒ぐってものよね!!
だけど体制が崩れてたにせよ追撃がないってどういうこと? もしかしたら戦い慣れてないのかもしれないけど、流石に今が好機なのは分かって―――ああ、綱が邪魔してるのね。
地上では綱が刀を抜き生臭坊主と切り結んでる。柄の頭から伸びた紐に腕を通し、逆手持ちに薬指と小指で握る。そして残る3指で着物をつかもうとする綱の戦い方に戸惑ってるのか、圧してるのは綱の方。私としては戦い慣れた相手だけど、とても珍しく戦いにくいというのは満頼の談。
だけどなんだろ? 生臭坊主の構えも違和感があるわね。
右手の錫杖を正面に突き出し半身に構えるのはいいだんけど、やたらと左側、生臭坊主にとって正面に回られるのを嫌がってる立ち回りにしか見えないのよね。普通背後に回られる方が嫌だと思うんだけど。
「……そういえば、さっきも背中側から顎を狙ったはずよね?」
数秒間の空の旅を終えて地上に戻ると、目についた石を拾って生臭坊主の背中めがけて投げつける。執拗に綱からちょっかいを掛けられてるから、絶対に避けられないと思ったそれは差し出された左手のひらの中にガッチリ収まった。
「おー! 死角をついたのに器用ね。たしかにこれなら背中に回られてもたいしたこと……」
石を受け止めた左手は黒に近い灰色にくすみ、黒曜石のように光沢する長い爪が伸びてる。そしてそれ以上に気になるのが、肘を曲げて背中への攻撃を止めたのにまるで正面で受け止めたように親指が下に来てるとこ。
「これ、両方右手?」
舌打ちをした生臭坊主の意識が私の方に集中した一瞬をつき、正面に回り込んだ綱が頭巾と法衣をはだけさせる!
「ヒューッ! ヤッベエゾ相棒! ヤラナキャヤラレチマウゼー?」
「うるせえ。ったく、どいつもこいつもどうして放っておいてくれねえのかね」
法衣の下から現れたのは
そしてその男の顔の左側からは、左腕? と同じ色をした無表情な顔が覗いてる。2本の角が生え、お面のように窪んだ目と口は深い黒で染まる。1つの体の中に若い男と鬼が同居する、初めて見る性質の存在だった。
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