【源頼光】頼光、覇成死合の末に自由を得る
――しばし時間は遡る
「もう予定時刻から20分過ぎたわ、いい加減始めましょ!」
「で、でも頼光、
「来てない
「我はぁぁぁ、一向にぃぃぃ構わぬぅぅぅ」
「はあ、そ、それで、い、いいなら」
実のところ綱から30分遅刻することは事前に聞かされてる。正直、覇成死合は源氏にとってもっとも崇高なものってことで、ハラキリ物のやらかしなんだけど今回は
「こほん、それではこれより源満仲と源頼光両名による覇成死合を始める!」
咳払いから始まり、つらつらと口上を述べる満頼。普段の
「本来、立会人を双方から1名ずつ選出して行うものですが、源頼光方の立会人である渡辺綱が未だ到着しないため、不肖この源満頼のみで務めますこと、ご了承いただけますでしょうか?」
「あ、もし綱が来たら私の立会人をしてもらうってことでいいのよね?」
「構わぬとぉぉぉ言っているぅぅぅ」
「ではそれぞれの了承を得られましたので覇成死合を始めます。まず立会人として私達自身が両者の戦いの妨げにならぬことを宣誓し、この場にいらっしゃる皆様にもお願いいたします」
真摯な気持ちはいいんだけど、私たち3人しかいないのにこの部分っているのかな?
「なお本来であれば、どちらかが死ぬか負けを認めるまで勝負はつかないものでありますが、相手を殺したくないと望む源満仲は源頼光を戦闘不能にすること。源頼光は両者の立会人が確実に死ぬと判断する攻撃を叩き込むこと。これをそれぞれの勝利条件とする変則手合であることをご留意ください。では、始めッッ!」
「いざッッッッ!!」
開始の合図と共に
綱が何かやらかすつもりなのは分かるけど、私はただ親父に今までの恨みぶつけてやるだけッ!!
――そして時間は現在へ
*
「パパ、だーい好き」
いきなり何!? 戦いの中、わけ分からんこと言うな! ――って
「勝ッ機ッッ!!!」
血吸を水平に構え喉をめがけて全体重を載せた刺突を叩き込む。
この流れ、絶対に無駄にはしない! そのまま壁に押し込み、後先考えない猛攻の果て、気がつくと親父は床にめり込んでいた。
「これはさすがにー?」
「うーん、そ、そうだね」
「勝負あり! 頼光の勝ちー!」
「~~~~~~~ッッ! やったぁーーーーーーーーー!!」
これで私も自由! 待っててね富ちゃん! すぐに陸奥守になって――――
「うあああああああああああああああああああッ! ああああああああああああああああッ!!!」
喜びに浸ってたとこい冷水をかけられたような感覚。え、誰あの子? ものすごい号泣してるし怖いんだけど……。
んー? よく見たらどっかで見たことあるかも……?
「あぁ! 確か弟の――頼信、だっけ? 何で泣いてんの?」
「さー? 頼光の事応援してたし嬉し涙じゃないのー?」
「え、嘘でしょ? 私の弟くん良い子すぎない?」
ほとんど会ったこともない姉のために、ここまで嬉し泣きしてくれるとかよくできた子ねえ。これはもう全力で甘やかしてあげればいいのかな?
そう思って近づいたら、抜き身の血吸もお構い無しでしがみついてくる弟くん。いや、嬉しいけど案の定腕切れてるしちょっと考え足らずな子なのかな……?
「ちょっと、あんた大丈夫?」
「姉上!! 此度の罪の一端は自分の責任です! 親殺しは重罪ですが、もし姉上が死罪になることがあれば自分も腹を――――!!!」
「は……? 何言ってるのあんた。いいから落ち着いて、鼻ちーんてする?」
ごめん。さっきは嬉しいと思ったけど、そんな涙と鼻水でぐしょぐしょのまま迫られるのはちょっと嫌かも。
「自分は、自分はああああ!! 綱に騙されて実の姉上に、父上を殺させてしまった!!! うああああああああああああああああああああ!!!」
「えー? なんか人聞き悪いこと言われてるー?」
何この子。情緒不安定すぎない? 綱は面白がってる感じだけど、ほぼ面識がない私としては笑える要素ない。
「いいから人の話を聞きなさいって。大体―――」
「うがあああああああああああああああぁぁぁ!!!」
「「「あの程度で死ぬわけがない」」」
私と立会人2人の声が重なるのと、傷1つついてない親父が立ち上がったのはほぼ同時。
まぁこれくらいで死ぬなら変則的な条件で戦う必要ないじゃん。……ああ、手合開始時にいなかったから条件つきの変則手合って知らなかったのか。
確かに覇成死合で勝ち名乗り受けたら相手が死んだと考えちゃうよね。それでもお互い合意の上だし? 死罪とか意味わからないけど?
*
「今の勝負はぁぁぁ無効だあああああぁぁぁ!!!」
「はあッ!? なにそれ意味わかんない!」
起き上がった途端、わけの分からないことを言い出すクソ親父。なに? 打ちどころでも悪かったことにしてボケたフリ!?
「覇成死合の最中にぃぃぃ不要な声をかけるなどぉぉぉ言語道断であるぅぅぅッ!!」
「いやいやいや、私にだって影響あったし! なに自分だけが被害者ぶってんのよクソ親父! あんな隙だらけの棒立ちするほうが悪くない!?」
「それに関しましてはボクの不手際です。まさか急にあんな血迷ったことを言うなんて……。頼信も源氏の一員である以上、覇成死合の作法くらい知ってるものと油断しておりました。これではここにつれてきてしまったボクにも責任の一端が無いとは言いきれません」
深々と頭を下げる綱を絶望に満ちた
うん……綱のやつ殊勝なこと言ってるようで、ほぼ全部弟くんが悪いって言ってるもんね……。
「よ、頼信、は、つ、綱に騙されたって、い、言ってるけど?」
「はい、ここに来る途中に合図を出したら読むようにと紙……を……」
「ははは、そんな紙がどこにあるのさ? 可哀想に御父君のボコボコにされる姿を見て動転してしまったんだね」
一生懸命着物をはたいて紙を探してるけど、綱が決着のドサクサにそれらしいもの抜き取って飲み込んだの見てるんだよね……。そのせいで無効だ何だ騒がれたら嫌だから黙ってるけど、後で埋め合わせするからここはほんとにごめん。
「そもそもですが、何故立会人であるボクが来る前に始めたのですか? いくら身内での覇成死合とはいえおかしいですよね。待っていてくれれば、戦いの邪魔しない云々という始めの宣誓を頼信も聞けたじゃないですか」
「ぐぬぬぬぬぅぅぅ!!!」
ああ、そういう……。
「親父、納得行ってないのは分かった。でも私には陸奥守になって故郷とそこに住む人達を豊かにするという、友達との約束があるからここで引くつもりはないわ」
「兄上……綱の、さ、嵯峨源氏らしい、や、やり方ですが、証拠、も、無い以上は、私も、た、立会人として無効とは言えません」
なかなか負けを認めず立ち込める重い空気。そんな空気を変えるかのように綱がパンと両手を叩く。
「それじゃこうしません? 頼光の要求は外に屋敷を構える形の完全独立ですけどー、この屋敷に住み続けるうえで外出自由みたいなー? それなら御爺殿としてもぎりぎり許容範囲じゃないですかー?」
「ぐうううぅぅぅ!!」
なんか怪我1つしてないはずの親父の目から血がダラダラ流れてるんだけど……?
そこまで私のこと外に出したくないのかこいつ。
しばらくの時間の後、「必ず誰か1人護衛につけること」を条件に綱から示された妥協案をついに親父が飲んだ。
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