【源頼信】頼信、『はなしあい』でやらかす
「何だここは――……」
通路と同じ素材で囲まれた大きな部屋、その中央で父上が大刀を抜いている。
剣舞を演じているのかと思ったが、動きはあまりにも忙しなく、刀も振るのではなく体を守るかのような動作で見栄えがしない。
しかし響き渡る金属音の中、大刀と父上を中心とした壁や天井が抉れた時に出る火花が生み出す幻想的な光景にしばし息をするのを忘れてしまっていた。
「やっほー
「お、遅い、
中央の父上に目が行っていて気づかなかったが、壁沿いには叔父の源満頼が立っていた。
「あ、え、な、何で、よ、頼信?」
「いやー屋敷でたまたま会ってさー?
息を吐くように嘘を吐く綱。叔父上の反応から見るにここに連れてきたのは父上の指示ではなく、綱の独断だったということか?
「……申し訳ありません叔父上。綱に無理を言って押しかけてしまいました」
とはいえここで
「あ、う、うん。べ、別に、か、構わない、けど」
……綱の嘘に合わせたことにより、口下手な叔父上を困らせてしまい心が痛む。
「ところで姉上の姿が見えないのですが、一体どちらに――」
大地が削れるかのような激しい摩擦音が響く。父上の方に目を向けると、そこには足裏と床の間から激しい火花を散らす姉上の姿が現れていた。
……まさか、今まで響いてた音や壁や床が削れていたのは姉上が動き回ってたからということなのか?
「ね。ドン引きでしょ? 巷ではボクのこと人類最速とかもてはやしてるけど、頼光見ても同じこと言えるのかってねー」
「で、でも、ら、頼光は、う、動きが、ちょ、直線的だから、綱よりも、た、対処しやすい」
「あははー、相性ってあるよねー」
「綱……自分は話し合いをしてると聞いてきたのだが」
当然の疑問をぶつけたのに綱はやれやれと首を振る。
「だから覇を成す死合と書いて【
「うん、うん」
知っていた。絶対にまともな意味ではないとは知っていた。しかし、綱の冗談みたいな軽口を叔父上が即肯定している姿に、源氏の闇の深さを感じる。
「覇成死合――それぞれの陣営から立会人を出し合い行われる公式手合。源氏にあって最も崇高な手合であるからこそ、敗れた陣営は勝利した陣営のいかなる要求も飲まなければならない」
いかなるとは、腹を切れと言われれば腹を切るのか?
一瞬そんな問いかけをしたくもなったが言葉を飲み込む。
どうせ当たり前のように切るって言うのだろ? ここは常識を捨て、頭を源氏に切り替えなければなるまい。
「頼光はこの手合で、自身が屋敷を出て自由に行動する許可を勝ち取ろうとしてるんだー」
「………………そもそもなんで姉上は家に閉じ込められているんだ?」
その家の方針によっては教養を身に着けさせるために、娘を家から出さないというのはあるし、父上が姉上を家から出さないということは有名だ。事実姉上がこの家から出たことは片手で数えられるほどしか無いと聞く。
しかし女性の武官など珍しくもなく、検非違使の同僚も2割は女性が占めている。
何より武に重きを置く源氏の考え方とかけ離れているのではないだろうか?
「あははー、それは単純に危険だからだよー」
「…………ああ、なるほど。
「そうそう! 何と言っても頼光は箱入りで常識ないからねーって、頼光の身が危険って意味だよ!」
「??????」
おかしい。正直な感想に乗っかられたうえで強めにボケられた。こういう場合どう反応することが正解なのだろう?
「綱や叔父上と比べてどうなんです? 姉上の強さは」
「あははー、そりゃ御爺殿に次いで強いでしょ。満頼も壁を背にすれば勝てるってだけだし」
「う、うん。ちょ、直線的、とはいえ、こ、攻撃方向、し、絞らないと、無理」
「へえ……?」
いよいよもってわけがわからない。
「ま、そういうわけでさー。ボクも源氏の一員としてさ、頼光を屋敷に閉じ込めおくのはもったいないと思うんだよねー。満頼だってそう思うだろー?」
「わ、私、は、兄上の、い、言う通りに、す、するだけ」
綱にぐいぐい迫られ困惑する叔父上。
叔父上の視界から自分の姿が外れたのを見計らい、綱から合図が飛んだ。
*
「頼信ってさ、声が女性的と言うか頼光に似てるじゃん? ボクが合図を出したらここに書かれてることを大声で読んでほしいんだよねー。あ、何も考えなくていいから。ほんと、考えたら負けだから」
「いや、絶対ろくでもないこと書いてあるだろう?」
「あははーないない! そんなこと絶対ないから安心してよー。できるだけ頼光の声に寄せる感じでー」
「そもそも姉上と数回しか会ったことがないんだが?」
とはいえ協力すると言ってしまった以上やるしかない。
綱を信じよう。たいして親しくもない相手に無茶な要求なんてしないはずだ。
*
「パパ、だーい好き」
誰だ綱を信じるって言ったやつ? やっぱりろくでもないことではないか。
パパとは以前
あまりにも場違いな発言に、戦闘中の父上もピタリと動きを止め――
「勝ッ機ッッ!!!」
轟音とともに弾き出された姉上に押されたのだろう。父上の体が壁に叩きつけられる。その喉元には姉上の手に握られた真剣が突き立っていた。
「はああああああああああああああああッ!!」
それに飽き足らず無尽蔵に刀を振るう。あまりの速さにさながら千手観音菩薩と見紛う姉上の姿。絶え間なく続く金属音が、眼前に繰り広げられる光景の凄惨さを増幅させる。
「ッれでえええええー、トドメよ!!」
姉上の猛攻が一区切りして前のめりになった父上の後頭部に、天井を蹴って加速した姉上が両足を叩き込む。
顔面から床にめり込んだ父上の姿に、その場にいた誰もが言葉を失う。
「これはさすがにー?」
「うーん、そ、そうだね」
綱にしても姉上を勝たせたいがために仕組んだ軽い悪戯のようなもので、まさかここまでの事態になると思っていなかったのだろう。困惑する綱と叔父上の姿に、自分がしてしまったことの重大さを感じ取り涙が溢れた。
「うああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
自分はッ! 自分はなんということに加担してしまったのかッ!!
安請け合いの結果もたらした、姉上に父上を殺させてしまうというあまりにもな結末!!
背負ってしまった業の深さに慟哭を上げ続ける。
……遠くから「頼光の勝ちー」とか「やったー」とか空気を読まない脳天気な声が聞こえる気がするが、罪の意識から逃げたいという意識が生み出した幻聴に違いない。
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