【源頼信】綱、頼信に源氏の心構えを語る

「やあやあ! よく来たね。待ってたよ頼信ー」


 このたび河内国を受領することになり、挨拶をと訪ねた父上の邸宅の門で出迎えたのは、渡辺綱わたなべのつなだった。

年は自分より3つ上。武人として名が通っており、父・源満仲みなもとのみつなか、叔父・源満頼みなもとのみつより碓井貞光うすいさだみつなる人物と並び平安4強と知られる。

朝廷での役職がなく父上の邸宅に控えているため会う機会は殆ど無いのに、ヘラヘラ笑う姿勢に警戒を覚えてしまう。


「あははー、とりあえず始めにおめでとうだねー。御爺おやじ殿も河内守に任命されたことお喜びなんじゃないー?」


「父上はもうご存知だったか」


 このことを道長様より伝えられたのがつい先日のこと。しかもあくまで次期への内定であって現任が任期を終えるまでは当面の間は検非違使けびいしを続けることになっている。


「あははー。何はともあれそのはなむけと言っては何だけど、本日は頼信に御爺殿の下への案内と、源氏の心構えを説くことを言付かっているよー」


「源氏の心構え、か。自分も若輩とは言え源氏なんだけど?」


「あっはっはっは! 背伸びしちゃって可愛いねー」


 先程からの物言いに思わず刀に手が伸びかけるが、口にだけヘラヘラした笑いを残しながらも光の消えた感情のない目で見据えられ、金縛りにあったように体が動かなくなる。


「まぁまぁそう腹を立てなさんな。百聞は一見に如かずってね!」


 ついてこいと言わんばかりに歩き出す綱の背中を追いながら、平安4強に数えられるこの男の異名を思い出す。

【源氏の狂犬】。少しでも気分を害したら噛み殺されてしまうような恐ろしさを確かに感じた。



「綱、本当に父上はこの先にいらっしゃるのかい?」


「そだよー? この先で今、御爺殿と頼光がしてるはずー」


 邸宅の外れにある小屋の床を外して梯子を降りると、高さ2mほどで幅はぎりぎり2人並べる程度の通路が延びていた。

篝火かがりびの1つも焚かれていないのに光を放つ通路。恐らく壁・床・天井に敷き詰められた鉱石そのものが光っているのだろうけど、こんな鉱石見たことも聞いたこともない。

神秘的とも言うべき雰囲気に圧倒されながらも、たかが話し合いをこんな場所で行う理由がわからない。おそらくは話し合いはただのついでで、自分に源氏の心構えとやらを説くためにこの場所を指定したのかも知れない。


「源氏ってさー臣籍降下した家系じゃん? もともとは皇族だったわけだし、陛下に対する忠誠はまぁ高いんだけどさ、心ない外野には天皇になれなかった敗北者とか言われたりしたらしいんだよねー」


 あ、昔の話ね? と笑う綱。いつの時代も他家を落とそうと中傷する輩はいるものだな。


「平安京の城壁外には穢物けがれものが跋扈するこのご時世、陛下は人の頂点として人々の心を安んじていただくご使命を全うしていただいてるわけさ。ならば臣籍降下した源氏のするべきことはわかるよね?」


「当然、臣下として陛下のご使命の一端をお支え――」


「陛下が人の頂点というなら、もう人を超えるしか無くね? でなきゃまじで敗北者じゃん?」


「外野の声刺さりすぎだろ」


 母方である藤原氏の邸宅で育ったから知らなかっただけで、源氏は皆こんな感じなのだろうか。仕事で関係のある他の源氏からはあまりそんな印象は受けないのだが。


「そこで源氏は時間をかけて1つの結論に至ったのさー。『源氏たるもの芯の通った人間になるべし』、これを心構えに生きることこそ源氏の本懐であるとね」


「しっかりした自分を持てということか。敗北者と言われただけであたふたしているようじゃ話にならないからな」


 散々勿体つけられた心構えとやらに肩透かしを喰らった気分になる。こんなことならさっさと伝えればいい。


「正解。でも源氏ボクらの言う『芯を通す』ってのはその先の話」


 綱はこちらに振り返るとトーンと後方に飛んだ。

たいして力を入れたように見えないのに10mは飛んだであろう綱に驚いた瞬間、強い衝撃とともに首筋に刀を突きつけられた。左頬から伝わる冷たさが、自分が今床に組み伏せられているという事実を如実に語る。あのひらいた距離を一瞬にして詰めたっていうのか!?


「『通力芯』――源氏の長きに渡る研究により存在が明らかになった、あらゆる生物が持ちながらも眠らせたまま生涯を終えるもの。体に血液を巡らすがごとく、気力を体に巡らせるもの。これを目覚めさせ超常の力を得ること、それすなわち『芯を通す』ってことさ」


 あまりの出来事に自分を押さえつけていた綱の圧力が消えたというのに体が動せかない。


「……平安4強というのは皆このような超人的な力を持ってるということか?」


「あははー、そりゃ当然でしょ。というより御爺殿の館にいる人間は全員芯が通ってるよ」


 自分も主君である道長様から武芸に秀でた者と評価を受けているし、実際腕に覚えがある。

その自分がわずかな対応すらできないほどの武力を持った人間が、何十人もいるという事実に戦慄する。


「で、どう? 頼信の持つ芯ってものを聞かせてくれない?」


 どうと言われても自分は超常的な力など持ちえない。

そもそも多少の覚えがあるとはいえ、個人の武に固執するつもりはなく、苦労を共にしてきた者たちと協力すれば良いと思っている。

しかしそれだと源氏として認められないということなのか? 12で元服してから今まで検非違使として務めてきたのも、源氏のために、父上のために力を振るいたいと思ってきたからだ。

それなのに源氏として認めてもらえないというのはあんまりではないか!


「ていッ!」


 思考が堂々巡りしていたのを見かねた綱におでこを叩かれ、はっと我に返る。


「おいおい、そこはスパーンと答えてもらえないと困っちゃうんだよねー。超常の力ってのは何も武芸だけじゃないよー? 政治、料理、管弦、詩歌あらゆる分野に通ずるんだよ。しっかりした自分を持つことが正解だってさっき言っただろー? 色々な思いはあるだろうけど、どんな事があってもこれだけは絶対譲れない軸ってものを持ち続けることが、芯を通す結果につながるのさー」


「今からでも芯を通すことなんてことはできるのか?」


「あははー、当たり前じゃん。とはいえ源氏は武芸に1番力を入れてるからね。見込みのあるやつは国司として地方に派遣させず手元に置かれてる。国司に任命された時点で武の期待はされてないことなんだけどー、最強とか呼ばれてる例外いるでしょー?」


「父上か。確かに諸国の国司を歴任して回っていたな」


「そうそう。御爺殿の芯が通ったの40超えてからだし、頼信はまだ15だろ? 余裕余裕。あ、ちなみに数多ある力の中で武力こそ至高って考えは他家にも知られててね。お前の頭源氏かよって言わたら、それはお前の脳みそ筋肉で出来てんのかって意味。一緒にされたくなかったらブチギレていいからねー」


 あははと笑う綱に礼を述べ、一緒になって笑った。

源氏の心構えか――今までの常識をすべて覆すほどの衝撃を受けたが、それはとても心地の良い衝撃だ。これから自分が何を1番大切にしていくべきか、確たる理想を持つことから始めよう。


 そして自分の蒙を啓いてくれた綱、彼には感謝しかない――ないのだが、出会ったときから続くヘラヘラ笑いが邪悪な雰囲気を持つものに変わっていく気がして、頭が全力で逃げろと告げている。


「と・こ・ろ・で~? こ~んな有益な講義。まさか無償で受けようだなんて思ってないよね~?」


 語尾の伸ばし方にいやらしさが加わっているのに冷や汗が止まらない。


「金かい? それとも新しい刀の切れ味試したいから標的になれとか?」


「あはは! そんな力ずくでどうにでもなること、いちいちお伺い立てないっての!」


 おいおいおい、本気で言ってるのかこの狂犬。お前の頭は源氏か。


「さっきも言ったけど、今この先で御爺殿と頼光がしてるはずなんだよねー。そこでさー、ちょっぴりでいいから頼光のために口添えしてくれない?」


 どうやら想像と逆で、父上と姉上の話し合いこそが主題であり、心構えを説くことがついでだったらしい。

散々常識外れのことを口にしていた綱の口から出た話し合いという実に平和的な言葉に、自分は一抹の不安を抱えながらも姉上のために一肌脱ぐことを約束した。

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