【源頼光】頼光、東市を廻る

 屋敷を出た私たちは脇を流れる堀川に沿って東市と呼ばれる場所に来ていた。


 片手で数えるしかなかったみやこでの外出はいつも牛車に乗せられてたし、

歩きでの外出は初めてのことで気分が高揚する。


「おー……ここが東市。人でいっぱいね」


「あははー、なんか感動薄くない? もう少し大騒ぎするもんだと思ってたよー」


 いや、もちろん気分的には走り回りたいくらいなんだけどさあ……。


「……お腹が減りすぎて、はしゃぐ気になれないのよ」


 ぐぅぅぅぅ――……と盛大に腹が鳴り、綱が呆れたように苦笑する。


「あははー、何? 覇成死合はなしあいでお腹痛くならないように食事抜いてたのー? だめだよ食事はしっかり摂らないと」


「いや、むしろたくさん食べたんだけどねー。履物替えて本気で動けるようになったから?」


「あー、ボクが着いた時もすごい動いてたねー」


 綱から長椅子で待ってるように言われてしばらく、戻ってきた綱から差し出された団子を口に運ぶ。

食べては差し出されを繰り返すこと27回、さすがに腹の虫も満足したのか、ぐーぐー文句言うのをやめた。まあ念の為、後5本くらいは買っておいてもらおうかな。


「あはは、ほんとよく食べるね。それでこれからどうするー?」


「当然、陸奥守むつのかみになるため全速前進! 何をすればいいのかは分からないけど、とにかく動きましょ!」


 ぺろりと指先を舐めて席を立って、気合を入れ直すため頬を張る。


「あはは、ほんとこだわるよねー。富ちゃんだっけ? 友達が大事なら陸奥守にこだわらず会いに行けばいいのに」


「何度も言ってるけどそれはダメ! 1度口にした以上、陸奥守にならず会いに行くなんてカッコ悪いじゃない! 富ちゃんにはかっこいいとこ見せたいのよ。分かるでしょ?」


 そりゃ今すぐでも会いたいけど? 夢が叶わなかった奴って失望されるのは嫌。もちろん富ちゃんなら優しく慰めてくれると思うけど、そんなの誇りが許さない。

行き交う人々の間をすり抜けながら方針について語り合う。


「ま、頼信も次の河内守に決まったわけだし、可能性はあるだろうけどねー。やっぱり今一番権力のある藤原道長に付くのが早いかなー?」


「藤原道長ねー…………って待って。あの弟くん河内守になったの?」


「うん。頼親よりちかが大和守になった時も挨拶にきたし、向こうの家は受領した時おっさんに挨拶にこさせるんだよね。頼信利用するのは今回の勝ち筋だったわけだから、頼光ガチ勢の工作員を通じて頼信にどこでもいいから受領させようってことで――」


「陸奥は!? 次の陸奥守も今決めてるとこなの!?」


「さー? でも頼光がおっさんが陸奥赴任直後に生まれたのなら、年齢的にぼちぼちじゃないのー? ……って、もしかして次の陸奥守を狙ってるの? 流石に今からじゃどうしようもなくない?」


「いやいや、さらに次となったら最低4年でしょ!? 外出許された意味ないじゃん!」


「えー……、その4年で手柄たてて出世するための外出許可でしょーよ」


「それをどうにかする策とかないの!? そうだ、その弟くんを河内守にしたっていう工作員とやらに相談できないかな!?」


「無理無理。頼光ガチ勢だって言ったでしょうよ。頼光の外出許可を勝ち取るためならいくらでも協力してくれるけど、陸奥に限らず遠方に赴任することはむしろ全力で邪魔してくるよ」


 誰よそれ。私の味方なんて綱を除けば貞光と季武しかいないはずなのに。知らないうちになんか敵なのか味方なのか分からない人いるの何で?


「………………ごめん、迷惑。他所でやって」


 下の方から声をかけられ目を向けると、地べたに座って店が広がってる。

なんかぶかっとした烏帽子? にはなんか金属のマルが付いてるし、服も肩から紐の下がった硬そうな生地で上着と袴がつながってる――とにかく見たこともない服装の男性が座ってる。脇にはこれまた見たことのない箱やら円柱が並べてあった。


「あ、ごめんなさい。商売の邪魔……だったよね」


「………………ん」


 商売をしてるって割には物凄く口下手な感じ。吃りながらも会話しようとする満頼と違って、そもそも会話をしたくない雰囲気が伝わってくる。こんなんで商売とかできるのかな?


「おー、なんだ今日は東市こっちなんだ」


 気さくに話しかける綱に気づくと、男は私の履物を見てなんか頷いてる。え、何? 知り合い?


「………………西市あっちは湿地、雨降りそうな日は東市こっち


 話に入れないでいると綱は男の隣に座り肩に腕を回す。あははと笑う綱と、面倒くさそうに離れようとする差がひどい。


「あははー、紹介するよ。頼光が今履いてる履物を手掛けた職人。多分平安京であの金属を加工できるの彼だけだと思うよー」


「まさかの大恩人だった!? 今までの履物はすぐ燃えるし、履かなきゃ履かないで足の裏焼けるしで困ってたの! ほんとにありがとね!」


「………………見せて」


 全力で感謝を伝えるも全く意に介さず、履物を指差す職人さん。

脱いで渡すと、しげしげと底を見つめて状態を確認する。腕の良い職人さんって自分の仕事以外は興味がないって、どこかで見たか聞いたかした気がするな。


「………………大分削れてる。また、同じ場所で使う?」


「あははー、取り敢えずは外を歩くだけになりそうだよー。それでも修理必要?」


「………………外なら問題ない」


 返された履物を履き直すために座ると、職人さんのそばに置いてある箱が目がいく。何だろこれ? 箱の片面が開くようになってて、妙なでっぱりがあるし、脇には細い穴も空いてたりする。


「これは何?」


「………………発熱器っていう呪道具じゅどうぐ。団子入れて」


 言われたとおりに開いた面から団子をいれて箱を閉じる。

職人さんが穴になんか紙を入れて出っ張りを押すとブーンと音を立てること数10秒、再び箱を開けると中から湯気を立てる団子が出てきた。


「凄ッ!? え、なんで!? できたてみたいに熱々!」


「おー! 他のはどんな感じー?」


「………………氷作ったり、風を出したり、火を起こしたり」


「なにそれ、こんな暑い時期に氷!? 風のやつは涼しそう! 綱、これ欲しい! 生活変わる!」


「でもお高いんでしょ―?」


 私と綱のはしゃぎっぷりに興味を覚えたのか、一気に人だかりができる。みんな私の持つ団子を見て興味津々といった感じ。さっき邪魔をしちゃったし5本の団子を集まった人で回してもらって宣伝に協力しとこ。


「………………値段はこれくらい。あと動かすのに呪符必要」


 それを聞いて集まった人の波はすぐに引いていった。綱も「あー……」と微妙な顔。


「あははー、穴に入れてたの呪符かー。そうなると宝の持ち腐れになりそうだねー」


「………………呪符で動く道具、だから呪道具」


「いやいや、そもそも呪符って何よ? そこから説明して」


「呪符ってのは修行を積んだ陰陽師とか坊主に書いてもらうものなんだよー。結構な金額要求されるー」


「例えば【芯】から筆に力を通して書くとかじゃダメなの?」


「あははー、ボクらみたいのには無理無理。頼光はただ速く動くだけに特化だし、ボクのも相手の懐に飛び込むだけだし。呪符を書くってなると修行で芯を通したやつの領分かなー」


「………………呪道具は万人向け。自力で力流せる人には、専用の改造もできる。その靴に爆発させる機能つけるとか」


「なにそれかっこいい! 今すぐにでも改造して欲しい!」


「あははー、しれっと頼光の足を吹っ飛ばそうとするの止めてくれない?」


「………………緋緋色金ひひいろかねなら、安全。それより頼んでたもの」


「んー、貴重なものだからねー。そんなには渡せないんだよねー」


 そう言って懐から小袋を取り出した綱。入ってるのは覇成死合の時削れた壁とか天井? 別に大恩人相手なんだし、ケチケチせず全部渡しちゃっていいのに。


 少し長くなりそうね……。なにか面白いものでも見えないか――――な?

何だろ? 路地から輪郭だけで全身真っ黒、それこそ日の当たらない路地の影よりも黒い人がこっち見てる。

当然表情なんか見えないのに、何故かそれと目が合ってるような……。

するとその影人の肩から一本の腕が延びてこっちを手招き。両腕はだらりと下げられてるから腕が3本ある? それとも後ろに誰かいるのかな? うん、めちゃくちゃ気になる!


「綱、ちょっとそこを見てきていい?」


「んー? 別にいいんじゃない? あんまり遠くへは行かないでねー」


 よし、ちょっとついて行ってみようっと。

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