その手を離さないで
つばきとよたろう
第1話
「翼、手を離さないで。お母さん以外誰とも手を繋いでは駄目よ」
母親は疲労を汗の粒のように顔に浮かべていた。左手に知らぬ男と、右手に小さな男の子と手を繋いでいた。男は母親と決して手を離さないし、母親は男の子の手を必死に掴んでいた。
この町ではいつも誰かと手を繋いでなければならない。それは神から被った恐ろしい呪いだ。もし誰とも手を繋いでいなければ、たちまち絶命してしまう。町は荒廃し、黒焦げになった車が打ち捨てられていた。見るべき物はない。行くべき所は失われた。人々は辺り構わず徘徊した。男女六人の中で、赤いジャンパーを着た男がリーダーと呼ばれていた。ジャンパーは怪我をした人のように片腕だけしか通していなかった。
「止まれ! 人が見えた」
リーダーがみんなを制止させた。目を細め、通りの向こうの様子を窺っている。
「食べ物を持っているかもしれない」
「持っていても譲ってはくれないだろう」
「子供がいるんですよ」
母親が言った側から後悔した。大人だって腹を空かせているのは同じだ。彼らは周りに注意を払う前に手を繋いだ六人に警戒してなければならなかった。それで突然現れた数人の手を繋いだ男女にいち早く気づくことができなかった。男の子はさらわれ、母親の手が物凄い力で引きはがされた。悲鳴が上がった。
「翼! 行ったら駄目」
男の子を連れ去った奴らは、みるみる遠ざかっていった。
「あんた、余計なこと考えてるんじゃないだろうね」
リーダーが母親に警告した。
「翼がいないと生きていけません」
「奴らだって野蛮人じゃない、男の子は大丈夫だよ」
若い男が優しく言った。
「私取り返しに行きます」
「あんた、まだこの状況を分かってないようだな。俺らは運命共同体なんだ。身勝手は許されない」
「一緒にいられないなら、死んだ方がましです」
母親は言って手を放した。数歩歩かないうちに倒れた。
「どうして手を離したんだろう。あの人と男の子は、赤の他人だったのに」
その手を離さないで つばきとよたろう @tubaki10
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