Chapter20 ヤンデレ

 俺に『彼女が出来た』と噂が社内を駆け巡った日の午後、出張先から直帰することになったので俺は電車に乗った。

 車内でプライベート用のスマホを確認すると、そこには青山さんからの通知が目を疑う程並んでいた。


 怖いんですけど……


 万が一、業務連絡が有ったらまずいので一通り目を通していく。


『初めて会った時、彼女いないって言いましたよね?』

『先輩も私の事好きだと思ってたのに……』

『無視しないでください』

『大好きなのに』

『先輩と私が結ばれるのは運命なんですよ?』

『好きです!だからその女と別れてください』

『絶対に許さない』


 全部業務に関係ない! 怒ってる……どうしよう。


 青山さんの地雷を踏み抜いてしまった俺は、帰宅後に茶の間で頭を抱えながら『地雷系彼女 別れ方』をネット検索してしまった。付き合ってないのに……

 動画サイトでも丁寧に解説されているので何本か視聴してみた。どの動画も共通したアドバイスが『距離をとれ』だった。向こうからやって来るんだよ……


 凄い表情をしながら悩んでいたのだろう。休憩の為一階に降りてきた零が俺を見て驚いていた。


「すごく悩んでるけど……どうしたの?」

「いや……その……地雷系の後輩が更に大変なことになってて……」


 俺はついに全てを吐露してしまった。

 ショッピングモールで助けたことから始まり、ストーキング、告白、今日の噂とメッセージに至るまで全部。


 彼女は黙って全てを聞いてくれた。


「大変だったね……。気を遣わせちゃってごめんね」

「いや、俺もこんな事になるは思ってなかったよ……」


 零は少し考え込んでポツリと呟いた。


「もしかして噂流したのって彼女自身なんじゃ……」

「ええ?何でそんなこと!?」

「外堀を固めたかったのかな?それが失敗して怒っているとか……」


 確かにあのショッピングモールだって会社から離れている。あんな人混みの中でいつもの姿とはかけ離れた俺達を見分けるのは至難の業だ。

 だとすると……新歓の後、三ノ輪に預けてなかったら彼女の策は完成していたのではないかと思うと恐ろしい。


「そうだな……今日はメッセージも返信するのやめとくよ」


 俺は彼女からのメッセージには返信せずアプリを閉じた。

 明日からどうなっちまうんだろう?


 ◇ ◇ ◇


 翌日、青山さんが病欠で休みと会社に連絡が入った。それを聞いて俺は安堵してしまった。


 昼食から帰ってきてデスクで仕事の準備をしていると青山さんからメッセージが入った。返信はしないが確認するだけ確認してみよう。俺は内容を見て戦慄した。


 今回はメッセージでは無く数枚の写真が送られてきた。

 帰宅中と思われる俺の姿が写真に収められていた。家電量販店でマウスを買っている所や、ラーメンを食べている所。更には家の外観まで映っていた……


 そして最後に一言メッセージが届く。


『先輩の事ずっと見てました……こんなにも想ってるのに』


 嘘だろ? まさか、会社休んで俺の家突き止めたの? それとも既にバレてた? ドン引きなんだが?

 はっ!!……零に何かあったらどうしよう? 逆上して何か事件を……


 まずは零に連絡しよう。相変わらず彼女のスマホは不通なので彼女のPC宛てに送る


『零ごめん! 後輩に家がバレた! 直ぐ帰るから家から出ないで!!』


 家の外観は昼間の写真だ。もしかしたら今家の近くに居るのかもしれない。

 今日は帰ろう。会社には何て言って帰る?素直に伝えるか?それとも何か理由を作るか??

 上司に帰る事を伝えようとした時だった。零からメールが入る


『了解、戸締りして警戒するから早く帰ってこようとしなくて大丈夫だよ。彼女に何回かチャイム鳴らされたけどその後諦めて帰ってった。今日は外出する予定無いから平気』


 何だよ!もう家に突撃して来たのかよ!!

 俺は頭を抱えた。彼女はそう言っているがどうしよう……


「月島、顔が青いぞ? 大丈夫か?」

「佐倉先輩……」


 ◇ ◇ ◇


 俺は結局定時に会社を出た。


 家に帰っていいのだろうか? 漫画喫茶に泊まろうかな……俺が零と住んでいるのがバレたら彼女は零に危害を加えるのでは……それだけはまずい。

 でも零を一人きりにするのも危ない。何で警戒すべき人物が中谷の他にも増えちまうんだよ……


 背後に気を付けながら家に帰った。誰も付けてこない……

 俺は急いで鍵を開け戸の中に体を滑り込ませると庭から誰かが飛び出して来た。その人影は戸を開けようと掴むが寸前でぴしゃりと閉めて鍵を掛けた。すると呼び鈴がけたたましくなる。

 

 ホラーなんだが!!

 

「先輩! 話し合おう? お願い! 開けてください」

「青山さん!? 悪いが入れられない! 帰ってくれ!!」


 そんな問答をしていると後ろにひょっこりと零が現れるが、その顔はどこか怒っていた。


「この子が地雷系の後輩さん?」

「そう」

「ねぇ! 他にも誰かいるの? 女?」


 まずい! 零の存在がばれてしまう。俺は咄嗟に叫んだ。


「いないよ! もう帰ってくれ!!」


 零は腕を組んで考えてる


「私、絶対先輩の彼女よりいい女です! 絶対に満足させますから!そんなババアと別れて私と付き合いましょう!?」


 見たことも会った事も無いだろう? おい! 何を言い放つんだこの子は?? すると後ろでボソリと何かが聞こえた。


「頭来た。怖い思いしてもらおうか」


 え? 零さん?? 物騒ですよ??

 彼女がぐっと俺の耳元に寄ってきて囁く。


「今から聞こえる音、聞こえない振りして彼女に対応して」


 そう言って彼女は後ろに下がってタブレットで何かしている。しかし玄関からは「開けてよ!」と青山さんが喚き、戸を激しく叩く。


「もう帰ってくれ!」

「やだ~!! 入れて!!」


 そんな押し問答をしていると

 低い男の声が聞こえてきた。一定のリズムに合わせて何かつぶやいている……何これ? お経??


 振り向くと零がタブレットから動画を再生していた。目が合うと首を振って気にするなとジェスチャーする。


 なるほど。なんとなく彼女の意図が分かった。


 この音は外の青山さんにも聞こえている様だ。

 騒いでた彼女が静かになった。


「……え? 何これ? この音何?」

「何のことだよ? それより騒ぐな。近所迷惑だ」


「え? ヤダヤダ!! 怖い! ふざけないでよ」

「何をふざけるって? ホント帰ってくれ!!」


「ウソ!! 聞こえてるんでしょ!? 怖いよ! 中に入れてよ」

「聞こえるって何がだよ! そうやって嘘ついて入るつもりだろ?」


「違うって……本当に聞こえないの??」

「は? 何のことだよ! 君の騒ぎ声しか聞こえないよ!! いい加減にしろ!」


「え……ヤダ……気味悪いんだけど……私……帰るっ!!」


 そう言って彼女は玄関の扉から離れて行った。

 やった! 成功だ! 振り向くと零が居ない。タブレットだけ伏せて置いてある。


 え? どこ行った?


 すると表から


「きゃぁ!」


 えええ?

 青山さんの短い悲鳴が聞こえた。さすがに不安になり玄関の戸を少し開けて覗いてみると猛ダッシュする彼女の後姿が見えた。


 逃げてった?


 俺は戸を閉めて鍵を掛け振り向くと零が階段から降りてきた。

 彼女は置いてあったタブレットを拾い上げて動画を止めるがその顔には……


「零! その血どうした!?」

「ああ、これはケチャップだよ?」


 そう言って口の端から垂れていたケチャップを指で拭う。もしかして青山さんの悲鳴の原因って……


「暗い部屋の窓辺に居た私を幽霊だと思ったんだね。怖がってくれて良かった」


 そう言って彼女はにっこりと笑った。

 浴衣姿の彼女は黒く長い髪を降ろしている。そして口から血を垂らして恨めしそうに見つめれば幽霊だと驚く人は多いだろう。


「ありがとう……助かった」


 そう言って俺は玄関の式台に座り込んだ。

 嵐が去って良かった。


「あっ! おじいちゃん能面も持ってたな~。それ被れば良かった」


 零、脅かすの楽しんでいるな。

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