Chapter19 噂
「月島、青山さんと付き合ってるんだって?」
歓迎会翌週・月曜日の朝。
社内ですれちがった他部署の同期からこっそり聞かれた。
俺が……青山さんと付き合ってるって!?
寝ぼけていた頭が一気に覚めた。
「えっ!! なにそれ!? 付き合ってないよ!! ちょっ……! 詳しく!!」
彼は俺の様子を見ると、狐につままれた様な顔をして、ナゼそんな事を聞いたのか教えてくれた。
「先週の飲み会で、お前と青山さんがホテルに行ったって噂が……というか、かなり前から付き合ってるって話しが出てるぞ? ショッピングモールでもデートしてたんだろ?」
―――ホテルッ!!!
「ホテルなんて行ってないよ! 新歓の後は経理の三ノ輪と
ゼェハァゼェハァ……一気に説明して疲れた。
同期は「お前がそこまで言うなら噂はガセか〜」と残念そうに納得した。
俺らかは離れた部署に居るこいつが知っていると言う事は……かなり社内に
困った。
休憩スペースに置いてある自販機で飲物を買っていると、声を掛けられた。
「どうした? 朝からそんな顔して……領収書でも無くした??」
同期の
始業までは時間が有る。俺は思わず彼女にぼやいた。
「先週はありがと。社内で変な噂が流れてて困ってるんだ……」
「ああ! 青山ちゃんと付き合ってるっていうアレ?」
例に漏れず彼女もその噂を把握していた。
「そう、付き合っても無いのに……ただの後輩なのに……。そもそも何でみんな俺の噂を
「ゴシップ半分、月島の春が嬉しいの半分なんじゃないの? そもそも先月末からその噂流れてたんだよ? ホテルの話は今日聞いたけど」
「えっ! 最悪! 誰だよそんな噂流したの」
思わず三ノ輪を見てしまったが、彼女も驚いてすぐに否定してくる。
「まさか!私は言わないよ。会社の人が良く利用する飲み屋街だから誰かに見られたんじゃない?」
確かに三ノ輪の言う通りだ、どこから見ていたんだよ……怖えぇ。
困り果てながら缶コーヒーを飲む俺を見て三ノ輪は興味ありげに笑う。魔女が居たならきっとこんな感じだろう。な、なんだよ急に……
「月島……お前、女と住んでるだろ? あんな状況だったら7割の確率で
は!? 思わぬ言葉に目を白黒させてしまった。
いや、そのデータソースはお前の勘と偏見だろ? 確かに零が居なかったら
「いいリアクションするじゃん! いつから付き合ってんの? 7月くらい?」
「カマ掛けやがったな!? しかも何でピンポイントで月まで当てるんだよ……」
彼女は愉しそうに笑った。俺は狼に狙われた草食獣の気持ちを体験している。彼女は俺から目を離さず、じわりじわりと追い詰めてくる。
「柔軟剤の香りが変わったのがその頃だからさ。一緒に住んでるの?」
何!? それが判断材料なの??
洗濯洗剤は零が買ったものを一緒に使わせてもらっている。確かに自分では買わないフローラルな香りである。思わずワイシャツの香りを嗅いでしまった。
「それは、まだ言えないけど……その観察力怖ぇ……」
「そのくらい普通だよ。へぇ、否定しないと言う事は、その子の事すっごく好きなんだ?」
「エスパーかよ!! ……そうだよ!」
もうこいつには嘘を吐けないと悟って白状してしまった。彼女の顔からニタニタとした笑いが消えいつもの
「青山ちゃんとの噂は消しておこうか?」
「え?」
「だって月島も仕事しにくいでしょ? 誰が流したか知らないけど。『新歓の日、付き合いたての彼女に変な心配させたくないから、青山ちゃんを私に預けた』ってみんなに言っておくよ。それに月島から直接聞いたという確かなソースが有ればみんな信じるっしょ」
「なんで、それを回すんだよ!ただ『三ノ輪宅に青山が泊まった』だけでいいじゃん」
「否定よりも新しい餌を。肉を切らせて骨を断とう!」
俺、両方とも断たれてるのは気のせいですか? 三ノ輪さん!!
彼女は「かっかっか!」と豪快に笑いながら茶を煽り飲んだ。それ、ほんとに茶だよな?
しかし……実在の人物同士の根も葉もない噂が流れるよりは、存在がフワッとした本当に好きな彼女の噂の方が何倍もいい。
「分った、腹を決める。ただ、同棲しているのは言わないでくれ」
「OK!同期のよしみだからそれは守るよ。今後、青山ちゃんとは仕事以外で一緒にならないようにね」
「わっかった……けど……」
「ああ、お昼?しょうがないな。今日は私が彼女とランチするよ。本命を泣かせちゃいかんよ。じゃ、早速この情報をスピーカーの上野さんに言いに行くか。普段噂を流さない私の信頼をとくと見ろ! じゃあね!!」
彼女はそう言って颯爽と去って行った。噂の上流源となりえる人物に話に言ったのだろう。
青山さんとの噂を上書きするように、俺に彼女が出来た噂は社内を瞬く間に駆け巡った。
話を聞いた社内の仲の良い人からは「彼女出来たって?良かったね」などと祝福された。青山さんとの噂は誤情報だったらしいとの訂正も瞬く間に流れた。
三ノ輪様ァァァァ!! 今後、経費の精算は早くする。俺はそう心に誓った。
昼休みになり噂を聞いたのか何か物言いたげな青山さんが話しかけてきた。
「先輩、今日お昼一緒に行きませんか?」
「ごめん、昼休みやりたいことが有って。」
「そんなぁ……」
もう君とはランチに行けぬ。すまぬ……
「すいませーん。『スタカフェ』のランチ弁当一つ多く頼んじゃって。私の
三ノ輪が部署の入口で大声で叫んでた。たしか女子社員の中でも人気のカフェでお高くいつも混んでる店だ。いきなりの事で部署内に居た人間の注目が一気に彼女に集まる。青山さんも思わず振り向いてしまうと……
「あ! 目が合った青山さんに決定」
「え! その……私……」
元より、青山さんしか見てなかったじゃねぇか。すごい方法で彼女を迎えに来たな。三ノ輪はするりと青山さんの隣に来て腕を掴む。
「いいの♪ 遠慮しないで、先週末一緒に過ごした仲じゃん! めっちゃおいしいから。それに経理の若い子達が青山さんと話してみたいって言ってたし、いろいろ聞かせてよ。ほら行くよ」
三ノ輪は俺にアイサインをして部屋から出て行った。嵐のように去って行った彼女達を見送って暫くすると、スマホに通知が入る。三ノ輪からメッセージだ。
『出張行ったら土産頼んだぞ』
……承知しました。もう、いらんというまで買ってくるから!
◇ ◇ ◇
大輝先輩と昼に合流してカレー屋に入った。
「月島、彼女出来たらしいな!」
もう先輩の耳に入ったのか! まだ半日だぞ!?
噂の広がるスピードに戦慄した。中小企業の社内情報網こえぇぇぇ。
「はい実は……言い出せなくてすみませんでした……」
貴方の妹と……。いや、好きだと思っているのは俺だけかもしれんが、契約期間の間だけでも好きで居させてくれ。
「どんな子なんだ? 」
「優しくて、俺の副業を応援してくれるいい子です」
「へぇ~良かったじゃないか。あんまり彼女を連れて廃墟とか行くんじゃないぞ」
「ええ、それはもちろん。危ない目には合わせません」
怖い目に遭わせないし、中谷からも絶対に守って見せる。
そう誓いながら俺はカレーを食べるのであった。
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