Chapter17 歓迎会

 八月に入った第1金曜日、今日は部署を挙げた青山さんの歓迎会だ。


 後を付けられた日以降も特に彼女の様子は変わらない。再び追跡を受ける事も無かったので、あれは唯の偶然だったのかもしれない。無理矢理そう処理した。今日は酒を飲んであの日の事を忘れよう。


 今日の会場は、同期の呑兵衛のんべえ三ノ輪から教えてもらったお洒落な居酒屋で二時間飲み放題。料理もローストビーフやらサーモンのカルパッチョなど横文字メニューが次々に運ばれてくる。

 目にも鮮やかで女性陣に混ざり野郎共も料理の写真を撮っている。そんな反応を見て、幹事の俺は一安心した。きっと大輝先輩もいたら一緒に写真撮ってたんだろうな……彼は奥さんを気遣って今回は欠席している。奥さん思いの先輩らしくてほっこりする。

 みんなのドリンクをオーダーし、上司に乾杯の音頭を取ってもらって和やかに会はスタートした。

 簡単な自己紹介の後は安定の『ご歓談タイム』なので俺はみなの様子を視つつウーロンハイを呑みながらから揚げをつまんだ。うん! 最高。


「青山さん、楽しんでる?」

「はい♪ 先輩、素敵なお店選んでくれてありがとうございます!」


 彼女はカルアミルクを片手にニコニコと答えた。

 

 良かった! 青山さん以外にも、女性陣からも店の評価も上々だ。三ノ輪に礼を言わねば。

 みんな打ち解けて来たのか部内のメンバーもここぞとばかりに彼女に話しかけていた。いいぞ! もっとやれ。


「ねぇねぇ青山さん、夏季休暇に山梨の遊園地に行くんだけど一緒に行かない?」


 青山さんはアクティブな奴らにお誘いを受けている。いいぞ、嫌じゃなければその調子で交友関係を広げてくれ。


 山梨には絶叫系ジェットコースターとお化け屋敷で有名なテーマパークが有る。俺もつい先日、同じ誘いを受けたが現在進行形で幽霊と一緒に住んでいるので今回は断ってしまった。

 彼らの誘いを聞いて青山さんは困惑しながら答える。


「私、幽霊と絶叫マシーンダメなんです! 怖くてお風呂入れくなっちゃうので」

「えー! なにそれ! 可愛い!!」


 彼女の反応を受け男性陣は喜んでいる。ホラーゲーム実況がウケる所以ゆえんだな。

 しかし彼女、絶叫と心霊が苦手なのか。うっかり心霊話しないように覚えておこう。しれっとウーロン茶を飲みながら呑気に聞いていた俺に横から同僚がこっそり話しかけてきた。


「なぁ、月島って彼女居ないんだよな?」

「そうだけど……なんで?」


 俺がモテないのみんな知ってるじゃないか、何を今更。呆れているととんでもないことを言ってきた。


「いやさ、青山ちゃんと付き合っちゃえばいいじゃん! 彼女お前に懐いているし!」


「は?」


 キラーパスを受け俺は思わず出てしまった声に驚きながら、声を潜めて同僚に返した。


「可愛いしいい子だけど……俺、今忙しいからいいかな……」


 何というか……付き合う気になれなかった。

 今、彼女と付き合ったらせっかく始めた心霊動画がおろそかになってしまう気がするのだ。視聴者もわずかだが居て動画を楽しみにしてくれている。それに零の件も有ったので、少なくともそちらが落ち着いてからかな……


 そんな話をしてたら青山さんと目が合ってしまった。彼女は恥ずかしそうに俺を見つめ、すぐに目を逸らした。ちょっ……聞かれてた??


 一次会は和やかに終わり、飲み足りない猛者たちは二次会に行く事になった。まさかの青山さんも参加でみんな上機嫌。当の本人もほろ酔いでとても楽しそうにしている。彼女は酒が好きなのか飲むペースが速い。おいおい……酔い潰れないでくれよ?


 猛者たちの宴も終電も近づきパラパラと返るメンバーが出始めたので宴もたけなわ、お開きとなった。

 トイレを借りていた俺は皆から遅れて店から出てきた。すると店の前には青山さんしかいない。


「あれ? 皆は?」

「みなしゃん解散しちゃいましたぁ。私は先輩を待っていたのでぇ」


 ええ!? みんな酷いな。するとスマホに通知が入る。同僚からで『青山さんを頼んだ、がんばれよ!』と書いてあった。え! どういう事?


「青山さん体調は大丈夫? 気持ち悪くない??」

「ひゃい! だいじょうぶです」


 やや呂律は回ってないが、気持ち悪そうは素振りは見せていない。駅まで送って行こう。


「待たせちゃってごめんね? 駅に行こうか?……青山さん終電は?」

「もうにゃいです」


 終電が……にゃい?

 俺は驚いて彼女を二度見する。彼女は当たり前の様にけろっとして答えた。落ち着け、電車が無ければタクシーに乗ればいいじゃない?


「そ、そうなんだ……じゃぁタクシーに」

「えぇ~!! 先輩、しゅこし歩きませんか?」


 そう言って抗議した彼女は、ぐいぐいと俺の腕を引っ張って駅とは反対の方向へ向かっていく。こっちは飲み屋街だ。何! どこ行くの?? また呑むつもりじゃなかろうな??


「こっちはタクシーが少なくなるんじゃ……」

「タクシー乗るなら泊まった方が安いんですっ」


「は? 泊まるってどこに……」


 彼女は飲み屋街の更に奥の通りを指差す。そこはカラフルな看板やお洒落な照明で彩られたホテル街があった。


 嘘だろ?


 悪戯で有って欲しいと願いながら彼女を見ると、頬を赤らめて上目づかいで俺を見つめ返してきた。


 おいおいおい! これはまずいって!!


「……ちょっと! 青山さん、からかってる?」

「からかってません! 先輩……好きです。付き合ってください」


 はぁ!! この状況で告白??


「えっ……? 酔ってるでしょ!? ダメだよ酒に酔って流されちゃ」

「流されてましぇん! 先輩は私を助けてくれた運命の人なんですぅ」


 えええええ……???

 彼女は運命の人を引きずってずんずんとホテル街に近寄って行く。


 俺の脳内では緊急会議が開かれ、この状況をどうするか議論される。『彼女はいいと言っているぞ恥をかかせるな』や『コンプラが!』など意見が飛び交う。そんな中出た意見に俺は揺さぶられた。『青山さんと泊まったら、零が家で一人ぼっちで怯えているんじゃないか?』


「青山さんダメだって!」


 妖しいネオンが輝く通りに入ろうとする彼女を何とか引きずって飲み屋の通りに連れ戻す。するとハスキーボイスの誰かに呼び止められた。


「おーい。月島ぁー」


 何で俺の名前を!?……慌てて振り向くと……み、三ノ輪ぁ?

 酒を飲んでいたのか、酒ヤケしていつもより声が低い。それに制服から着替えた彼女は中性的なパンツスタイルで一見すると野生のイケメンだ。


 助かった! おお! 我、同期よ!


「助かった~!! 何でこんなところに?」

「金曜日はここら辺で飲み歩いているからねぇ。そうか、今日は歓迎会だったもんね?」

「え~!! このひとだれですかぁ? かっこいい~♡」


 三ノ輪だよ! 初日に会ったでしょ!? 青山さんは彼女が三ノ輪だと分かっていないようだ。三ノ輪も青山さんを見ると優しく笑いかける。俺よりモテるって悔しいが、青山さんも運命の人の前で目移りしないで欲しい。

 三ノ輪は飄々ひょうひょうとしているがこいつも酔っている。ニヤニヤと俺達とこの場所の様子を見て一言。


「何? 致すところ?」

「えっ……やだぁ……恥ずかしい」


「助けてくれ……俺一人じゃどうにもできん!」


 下手したら社会的に死ぬ!……それに俺は家に帰りたい。零が心配だ。


「三人……って事?」

「きゃ♡」


 三ノ輪は真面目な顔して聞き返した。

 ちーがーうー!! 致す参加人数を言ってるんじゃない! 変な想像させないでくれ。それに青山さんもその話に乗るな。あぁ……疲れる。


「俺に……拒否権をくれ!」

「嘘だよ。何? 姫の我儘わがままと電車も無くて困ってたんでしょ?」


 わざとからかったな? この酔っ払いめ!! 怒ったり慌てたり忙しい俺をよそに青山さんは三ノ輪に夢中だ。


「え~お兄さんも一緒にのもう! 帰りたくなぁい♡」

「こんなにかわいい子ほっといて酷いね? 青山ちゃん飲み足りないなら家に来る?」

「えっ! うん♡」


 三ノ輪は女子高時代に鍛え上げえられた王子様モードになっていた。当時はかなりモテたと聞く。青山さんも彼女を見つめてまんざらではない。ふと、三ノ輪の空気が素面に戻る。


「月島は? 帰りの足有るの? もう一人位泊まれるよ?」

「俺はタクシー拾って帰れるから大丈夫。本当に三人でとかなったらヤダ」


 社内で信頼の厚い三ノ輪に預ければ問題ないだろう……過去に幾度か同僚の女性が終電を逃した際に三ノ輪の部屋に泊まったと聞いたことが有る。


「ははは! それは仕方ない、では姫の為に宿屋あずさをオープンするか。OK、じゃあこの子いただ……預かるから! おつかれ~」


 お前、頂くとか言ったか? 間違っても喰うなよ!? そうして二人は夜の街に消えて行った。


 危なかった……今後は青山さんに飲ませすぎない様に気を付けよう。


 俺は駅前でタクシーを捕まえて何とか帰宅できた。静かに家に入ると居間で力尽き眠ってしまうのであった。

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