Chapter8 冥土ノ晩餐

 今日は出張先からの直帰ちょっきだったので夕方早くに帰宅した。


 移動中にオムライスの動画を見ていたら食べたくなったので、ルンルン気分で材料を買ってきた。先日、零には生姜焼きをご馳走になったので、せっかく作るなら彼女にも振舞いたい!


 しっかし、いつもより早い時間に帰れるなんて幸せだな~♪


 優越感を感じながらガラガラと玄関の戸を開け「ただいま」と言いながら家の中に入るが……零からの返答は無かった。


 どうしたんだろう? 出かけているのかな??

 

 俺は食材を置きに真っ先に台所に向かった。台所に足を踏み入れようとした時……ダイニングテーブルの下に何か居る!


 ひらひらとして……ピンクのレース?


 零だ……彼女は俺に背を向けて四つん這いになりながらダイニングテーブルと椅子に囚われていたロボット掃除機を救出していた。

 ちなみに、彼女は着物姿ではなく……黒と白を基調としたメイド服を着ていた。


 ……は?


 俺は彼女の姿を見てフリーズする。

 スカートの丈が短いので薄ピンクのパンツと白い脚が見える。絶対領域ってスカートとニーハイの間の事だよな?……破綻している。

 ちなみにカチューシャは付けていない……これは夢??


「君はこんな所で迷子になって……よいしょ!」


 どうやら彼女は掃除機を無事に救出できたようだ。俺は動揺のあまりに持っていた食材を「ガサッ」と落してしまった。その音に気付いた彼女が慌てて振り向くと同時に彼女の耳に嵌っていたワイヤレスイヤホンがポロリと落ちる。


「「えええええええっ!!」」


 ひとしきり二人で狼狽ろうばいしたあと、零から質問が飛んできた。


「な、なんでこんな時間に? まだ仕事のハズじゃ!?」


 彼女は床に掃除機を置き、耳まで真っ赤になりながら手で服を隠すように恥じらう。


「今日は出張からの直帰で、早く終わったんです!! 零こそ何でそんな恰好を!?」


 俺も見てはいけないと思い、手で顔を隠しながら彼女の問いに答えるが……指の隙間からチラチラ彼女を見てしまう。細いウエストで胸が強調されている。思わずごくりと生唾を飲んでしまった。煩悩よ鎮まれ……


 『彼女の姿を拝みたい』心と『恥ずかしがってるんだから見てはいけない』と相反する心が拮抗きっこうする。


「洗濯するの遅くなって! 服がまだ乾かなくて……颯太さんが帰ってくるまでは仕方なくこれを……」


 ああ、そうだね…… おばあさんの着物と体操着しかないって言ってたもんね? しかも洗濯機回すの遅くなったって……しっかり者かと思いきや抜けている所もあるなと思いながら、指の隙間から彼女を見る。かわいい。


「ごめんなさい! 着替えてきます!!」


 そう言って彼女は台所から逃亡した。

 ……ああ、もっと見たい気もしたけど……しょうがないか。


 落した袋を拾い上げ食材を冷蔵庫に入れていると、零が二階から降りてくる音が聞こえた。俺は冷静を取り戻そうと、冷蔵庫の麦茶を取り出しコップに注ぎ飲んだ。


 そうだ……あれは夢だ。振り向いたらいつもの和服姿の零がいる。きっと彼女も予想外の姿を俺に晒す事になって恥ずかしかっただろう。この後はメイド服には触れずに過ごそう……


 などと思っていると背後に気配がする。零が戻ってきた。


 そうだ! 今日はオムライス作るから一緒に食べようと誘おう!

 意気込んで振り向くと……


 メイド服姿の彼女が恥ずかしそうにもじもじと立っていた。


「その……まだ服が乾いてなくて……」

「……うん。それじゃ仕方ないね?」


 ◇ ◇ ◇


 俺も着替えてオムライスを作り始めた。


 テレビや動画を見て「食べたい!」と思ったものを作って食べたりする程度に料理の経験が有る。


「今日はどんなオムライス作るんですか? ふわとろ系?」


 零がサラダの準備をしながら質問する。メイド姿の女の子が料理のアシスタントしてくれるなんて……非日常なのだが!!

 

 幸せを噛みしめながら俺は零の質問に答えた。


「そう、それを試してみようと思って! うまくできないかもだけど」

「わー! 私ふわとろ系のオムライス好きなんで楽しみです!!」


 恥ずかしさが薄らいだのか、零もほがらかに答えてくれる。色々と良かった! 半熟のオムレツをチキンライスに乗せて切り開くと云うのをやってみたいのだ。


 チキンライスも完成して主役の半熟オムレツを焼いていく。バターの香ばしい香りが食欲をそそる!!


 一つ目のオムレツは失敗してしまい、しっかりとした堅さのオムレツが出来上がった。あのとろりと溢れ出す感動を味わう事が出来なかったが、二個目はなんとか半熟に仕上げる事が出来た!


「ああ! 動画取らせて!!」


 そう言って俺はスマホを握り締め、オムレツが切り開かれる所を動画に納めるべく構えた。「いきますよ?」の合図で、零がナイフでオムレツを斬ると、とろりと半熟卵があふれた。


「おお! 動画で見た奴だ!! うまそう!!」

「やりましたね♪」


 そして零がケチャップをかけて完成した。


 零に成功品を渡し、俺は失敗してしまった方を食べる。これもこれでうまい。

 彼女はとても幸せそうに食べるので作った甲斐があった。一人の時には中々味わえなかった楽しみを噛みしめた。

 再び零が俺の彼女だったらな……などと考えが過ったが、先輩の妹に手を出すわけには行かないと、すぐに淡い願望を振り払った。


「そう言えば……何でメイド服持ってるの?」

「うっっ! 学園祭やハロウィンの時に着たのが有ったんです……」


 へぇ~学園祭やハロウィンねぇ……意外と学生時代、アクティブにイベントを楽しんだんだな。ジャージといい学生時代の服が残っていますなぁ。


 下心では無く純粋に疑問に思ってしまったので聞いてしまった。


「他に何かコスプレしたの?」

「ゾンビナースとかしましたよ! 絶対に見せませんよ!?」


 そりゃ残念。彼女は両手をパタパタと振り可愛く拒否した。

 へぇ~ゾンビナースか……さぞ可愛いゾンビなんだろうな。

 

 雑談をしながら楽しく夕飯をとった後、二人とも満足してそれぞれの自室に戻る。


 本当に楽しかったな……また何か作ろう。


 そんなことを考えながら、先ほど撮ったオムライスの動画を見返したら零のメイド服姿も映っていた。


 ―――宝物が増えてしまった!


 俺はその動画を隠しフォルダにそっとしまうのであった。

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