Chapter9 影
新生活もあっという間に2週間。
俺はここ二日、仕事が立て込み残業が続いている為帰りが遅い。できるだけ早く帰ろうと誓ったのにこのざまである。
動画には猫たちの音が撮れるのだが、動画の編集も出来ずにフラストレーションが溜まる溜まる! 梅雨も明けず蒸し暑い日が続くのも、苛立ちに拍車をかけた。
あぁ、そうだ。来月の……新人歓迎会の会場予約もしなきゃだ……
新人の青山さんも熱心で仕事に慣れようよ頑張っているのだが、人見知りなのか昼食も俺達にくっついて来るか一人でデスクで食べる事が多い。一人が好きならいいのだが、もし違うならば歓迎会を開いて彼女の社内人脈を広げる機会を設けなくてはいけない。飲み会来てくれるといいなぁ……お勧めの店、
ぐったりとして駅に着くと雨が降ってきた。
折り畳み傘をカバンから取り出して開いてみるが、雨の勢いが勝りずぶ濡れになってしまう。
―――あああぁっ! もうっ! 最悪だっ!
家が見えてくる頃、違和感を感じ思わず首を傾げる。初めて家に来た時の様に家が真っ暗なのだ。いつもなら薄らと零の部屋から明かりが漏れているのだが……
零、こんな時間に出掛けているのかな?
玄関の鍵を開け、いつもの癖で「ただいま」と声を掛けてしまった。一人なのに何やっているんだろうと苦笑していたら「おかえりなさーい」と返事が有った。
ええっ!? 居たの?
俺は明かりをつけ階段を上り自室に向かう。零の部屋のガラス戸から
すると人影が寄ってきてガラス戸が5cm程開いた。
恥ずかしそうに俺を見つめる彼女はまた視られたくない姿なのだろうか。モザイクが掛かったようにガラスに透ける彼女は……噂のゾンビナースの衣装を着ていた。雨続きで服が乾かなかったのか……
「おかえりなさい。ずぶ濡れじゃないですか? どうしたんですか? 早く拭かないと」
彼女はゾンビメイクこそしていないが、部屋の暗さもあり顔色が悪く見える。暗闇からゾンビナースってお化け屋敷みたいだな……ゾンビナースよりも部屋の暗さが気になったので聞いてみた。
「ただいま……って、こっちのセリフだよ。明かり点いてなかったから居ないかと思った」
それを聞いて彼女は悪戯が成功した子供のように嬉しそうに笑った。
「ホントですか? 明かり漏れてなかった?? 良かった!!」
「良かったって、どうしたの?」
「いや……その、元彼対策というか。ここを見張られていたら嫌だなと思って、私の部屋の窓を目張りしたんです」
彼女は「ほら」と言って部屋の窓を指差すとこの部屋唯一の窓が布とダンボールで目張りされていた。荷物置き場となっていた部屋とはいえ目張りされた窓が異様だった……
「元彼を近くで見かけたの?」
「いいえ、念の為です。私が帰れる場所は多くないし
俺はワナワナとしながら話した。ここまで外を気にすると言う事は……
「今日の夕飯食べられた?」
「……まだ……です」
やっぱり! 出掛けてない!
「俺買ってくるよ。何食べたい?」
「そんな悪いです! カップラーメン有るからそれを……」
元彼から逃げたのに……それでも元彼の影に縛られて彼女らしい生活が脅かされてる。そう言えば……メイド服や高校ジャージで浮かれていたが、彼女はこの二週間祖母の残した着物や残されたわずかな服をローテーションで着ている。かのんから貰った写真に写っていた彼女は洋服を着ていた。俺は恐る恐る聞いた。
「零、今週外に出た?」
「出てないです……」
彼女は消え入りそうな声で答えた。俺は頭を抱えた。零は外出が不安で洋服も食糧も買いに行けていないのかもしれない! きっとこの調子だと通販も『置き配の名前見られたら……』って言って買えずにいる可能性だってある。
「引きこもるのは苦じゃないから大丈夫です!」
「……だめだ」
「え?」
「明後日の日曜日に一緒に出掛けよう。作戦は俺考えるから! 零は欲しいものやどこに行きたいかだけ考えて。俺、この後電気付けっぱなしのまま買い物に行くから。留守番宜しくね」
「えええっ!? 月島さん?」
俺は困惑する彼女を置いてスーパーへ出かけた。あの子は何で相談してくれないのだ……『買い物に行きたいから、ついてきてほしい』って、パソコンを取りに行った時みたいに頼って欲しかった。俺に気を使ってくれているのだろうが……もやもやするっ!
スーパーで惣菜と菓子買って急いで戻る。ええぃ! 金曜の夜ぐらい不摂生してやる!
帰り道にどうやって彼女を外出させるか考えていた。元彼に見つからずに家を出て行く方法……
作戦を考えていたら家に着いてしまった。鍵を開け中に入るとタオルを持った零が出迎えてくれた。
「お帰りなさい。買い物に行ってくれてありがとうございます。お風呂沸いてるから入ってください。風邪ひいちゃう」
そう言って俺の肩にそっとタオルをかけてくれた。この子はいつも人の事ばかり……
俺は目の前に居る彼女の肩に頭を預けた。驚いた彼女が小さく声を上げる。彼女の優しい香りが俺を冷静にさせたが……またふつふつと怒りが湧いてくる。
「日曜日、絶対一緒に出掛けるからね。約束だよ」
そう決意を持って呟き顔を上げると、零の目が潤み真っ赤な顔をしていた。
俺も冷静になって気づく。
まずいこれは……恋人の距離感だ。もう少し近づいたら……。
(でも、いっそこと……してしまおうか?)
心の中の悪魔が囁くが、天使がそれを制した。
(先輩の大切な妹ぞーーーーーー!!)
理性を取り戻しハッとすると、目を潤ませて赤い顔をしたまま動けずにいた零が、一歩後ろに下った。声を上ずらせながら
「は、はい!……わかりました!!」
そう言うと彼女は猫のようにするりと二階へと逃げてしまった。
あああっ! ごめん!
ずぶ濡れの俺は独り玄関で立ち尽くすのであった。
ふぇっくしょん!!
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