Chapter10 策 

 零と約束した日曜日の午前中、梅雨も明け空は爽やかに晴れ、お出かけ日和だ。そんな俺は『スナックかのん』の前に居る。


 かのんの情報によると零の元彼は商社勤めで土日祝日が休み。


 ―――おい、ハイスぺじゃねェかよ! ……ごほん。


 確か、興信所や探偵事務所はストーカーからの依頼は受けないから……零を監視するとしたら中谷本人が動ける土日祝日と平日夜。この条件の時に出掛ける際は特に注意が必要になる。


 と、言う事で!


 零の元彼にバレないよう外出する為に、かのんの協力を仰いだら快く協力してくれた! チャットの文面がやたら楽しそうなのが気掛かりだが……


 神様仏様かのん様だ!


「こんにちはー。かのん、迎えに来たぞ」


 扉を開けて声を掛けると、暗い店の奥からかのんが出てきた。今日は金髪ロングで、お忍びで出かけるセレブが掛けるような大きなサングラスをかけている。ショートパンツにオフショルダーのトップスと言ったギャルらしい格好だ。


「いらっしゃい、私も準備できたトコ。行こうか?」


 かのんも準備OKだったので、俺達は店を出て零の家に向かい歩き出す。角を曲がると彼女は無言で俺の腕に手を絡めてきた。


 かのん様? 近いんですが……


 零の香りとは違い、柑橘系の香水が香る。


「なんでくっつくんだよ……」

「えーんぎっ! 零らしくない方がいいでしょ? それに私を家に連れ込むていなんだからそれっぽくしなきゃ! ぶふふっっ……」


 彼女の言う通りなのだ。俺は女を家に連れ込むと言いう実績を解除するために彼女に協力を仰いだ。まさか、零のいる家に他の女は連れ込まないだろうと思わせる為だ。

 世の中には彼女がいても連れ込む奴が居るかもしれないが……一途な奴は騙されてくれる筈だ。

 

 しかし……かのんは必死に笑いを堪えてる。こんな時の彼女は大抵……


「何か企んでるだろ?」


 かのんは俺をからかう様に笑いをこらえながら話す。


「ふっ! そんなことないって! もっと恋人っぽくしないとダメでしょ? ふふっ!!」

「ちょ! 近いッ! 暑いッ!!」


 彼女は、腕にしがみつく様に近づく。そんなに密着する必要有るか? 抗議しても彼女は楽しそうに笑う。


「はい、家に着くまでの我慢だよ、がんばれっ! がんばれっ!」

「絶対からかってるだろ!?」


「私でこれじゃ零はどうなっちゃうんだろうね? それに零は近視裸眼で歩く事になるんだからエスコートしないとねェ。ふふっっ!!」

「――――! 狙いはそれか!! はかったな!?」


 時すでに遅し。俺達は周りから見たら真夏の暑さも視線も気にならないほどのカップルだ。つまり、かのんは零にも同じことをさせるつもりなのだ。先輩の大切な妹様に!


「はいはい、どこから見てるか分からないよ……ぶふっ……!」


 こいつ、絶対この状況と次に起る事を愉しんでいる。悪魔めっ!!

 

 零の元彼がこの光景を見ているかは分からないが……取り合えす作戦は順調だ。無事家に着き、クーラーの効いた零の部屋に入る。零はかのんの服装を見て目を丸くした。


「かのん!……ホントにやるの?」

「そうだよ。炎天下の中来たんだから。ほら着替えるよ! 颯ちゃんは出てった出てった!」


 俺は冷房の効いた零の部屋から追い出された。振り向くと擦りガラス越しに着替える始める彼女達のシルエットが見える。……思わず生唾を飲んでしまったが、我に帰り部屋に逃げ込んだ。


 今回の作戦は至ってシンプル! 零が、かのんの服を着て出かけるのだ。


 しくも彼女達は服のサイズが一緒だ。零が外出中、かのんはこの家で過ごしてもらう手はずになっている。


 俺は自室で待っているとノックが鳴った。


「完成したよー!」


 零の高校ジャージを着たかのんが嬉しそうに入ってきた。

 おや? そんなゆるい感じだったっけ? そのジャージ。


 かのんの後ろからウィッグを着用して金髪長髪になった零が入ってきた。


 サングラスで表情は良く分からないが、かのんに隠れるようにプルプルと恥ずかしさに震えている。普段和服で露出の少ない彼女からしたら布面積がいつもの半分くらいだろう。金髪でギャル姿の零はとても新鮮だった。どこと言わないが、特盛だ。思わず感想がこぼれる。


「可愛い……」

「ほんとそれ! じゃ演技指導ね」


「演技指導!?」


 そう聞いて零はサングラスを外した。かのんはニヤニヤしながら続ける。


「零には私に成りきってもらわないと。颯ちゃも立って。ハイまずは二人とも腕を組んで」

「……くぅ! 月島さん……ごめんなさい」


 零は不服そうに俺の腕に手を絡めた。顔が真っ赤だ。若干俺を睨んでいる様な……いない様な。大変申し訳ございません。


「違和感しかないよ? もっとくっ付いて。後、今日は『颯太』ね! 敬語も禁止!」


 零は彼女の指示に絶句しながらも、俺を上目づかいで見つめ、ぎこちなく「颯太……」とつぶやく。俺が頷くと彼女は頬を染めた。そんな顔をされると俺まで照れてしまう。


 かのんは『もっと寄れ』とジェスチャーで指示する。俺は重心を零に傾け、零も俺の腕にしがみつくようにくっついた。


 腕に柔らかな幸せを感じる。ああ……これは寄り過ぎかな? 零さん? 当たってるんだけど……俺の心を読んだように、かのん監督が指導する。


「ハイ! 颯ちゃん耐えて!! 心頭滅却すれば何とやら! はいOK!! じゃ気を付けて行ってらっしゃい。どっか泊まる時は早めに連絡頂戴ちょうだいね」


「「泊まらないよッ!!!」」


 俺達はかのん監督に見送られ家を出た。

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