Chapter11 軟 

 金髪の姉ギャルに変装した零を連れて出かける事にした。零は俺の腕にくっつきながら上目づかいで恥ずかしそうに話す。


「颯太……ありがとう。気分転換出来て助かる。駅に着いたら離れるから待ってね?」

「あ、ああ……」


 俺の右腕にしがみつく零の心音が早い。俺も釣られて早くなり、気温よりも零の温かみを感じてより意識してしまう。


 まずい……俺は気を紛らわせるために心の中で童謡を歌い出すが……あぁ……零からめっちゃいい匂いするんだけど。


 零からいつもとは違う柔らかい香りがした。シャボン系の香りだけどもっと柔らかい。ああ! ベビーパウダー系の香りだ!!

 腕を組んで歩くこの状況は嬉しいような……修行のような。何とももどかしい時間だった。


 ―――これはデートを偽装した買い出しだ……勘違いしてはいけない……彼女は先輩の妹様だ!!


 心の中でそう呟き、自分に言い聞かせながら歩くが、意外にも早く駅に到着してしまった。到着すると彼女はすっと腕を解く。温かみを失う腕が寂しさを感じた。


 今日は電車でターミナル駅直結のショッピングモールに行く。目的は彼女の生活必需品のコンタクトと服を買う為だ。俺達はICカードにチャージして改札を通る。

 しかし……零の様子がぎこちない。俺と間違えて知らない人に追いて行こうとするし、柱にぶつかりそうになる。これは……危なっかしい!


「零、手を繋ごう。見えずらくて危ないっしょ?」


 ズボンで手汗を拭いて、手を彼女に差し出した。彼女は目を丸くして驚いている。良かれと思ってやったけど……嫌だったかな? だが彼女はおずおずと俺の手を取った。


「……うん、ありがとう」


 許された……! 俺も少し気恥ずかしいが指を絡めて手を繋いだ。零の顔を見るが彼女と目が合うとすぐに逸らされてしまった。俺、嫌われてないよね?


 電車を乗り継ぎターミナル駅に到着する。休日だけあって駅もモール人でごった返していた。俺は人の多さに圧倒されていたが、零は子供のように興奮気味にキョロキョロとしている。少し嫌な予感がしたので尋ねてみた。


「買い物いつ振り?」

「約一か月半振りかな?」


 それはワクワクするよな……何なら秋物の服が売られている時期だ。一か月もひっそりと一人で過ごしていたのに、いきなりこんなに混雑した場所に来て疲れないだろうか?


「久々じゃ疲れない? 少し休憩する??」

「ううん大丈夫! このまま眼科に向かうよ」

「わかった、そこまで送る」


 笑顔で答える彼女をモールに入っている眼科まで送り、2時間後に通りに有った本屋で集合する約束をして別れた。


 時間が出来たので俺も服でも買おうかな?


 引っ越しに伴って着ない服を捨てたので新しいものを買い足してもいいだろう。

 そんなことを考えながらフラフラと歩いていると、ゲームセンターの端で誰か言い争いしている声が聞こえた。


「やだ、行かない!!」

「そんなこと言わずにさ!遊ぼうよ」


 このご時世にしつこいナンパか?

 声の方を見るとピンクと黒のひらひらとした服を着た20代半ばの女の子が男2名に言い寄られていた。女の子は明らかに嫌がっている。

 

 あの女の子の声どこかで……黒髪の前髪ぱっつん……あの涙袋は……もしかして、青山さん?


 これはまずい! 助け舟を出そう。大体こんな時は連れの振りして男たちを巻くのが定石じょうせきだろう。俺は彼女の元へ近づいた。


「葉月、お待たせ」

「……え!」


 俺の登場にその場の全員が驚く。しかし青山さんは俺の正体に気付いたようだった。彼女は咄嗟に俺の腕にしがみついたのでビックリしたがそのままセリフを続けた。


「さぁ行こう? 映画始まっちゃう。この人達友達?」

「ううん! 知らない人!」

「すいません。この子、俺の連れなんで」


 そう言って彼女とその場から立ち去った。

 よし! このまま彼らの目が届かないところに避難しよう。


「彼氏いたんかよ……つまんね」

「次行こうぜ」


 などと後ろから悪態をつく声が聞こえるが、新たなターゲットを探しに行くのか彼等も消えて行った。


 ふぅ! 緊張した。


 青山さんを見ると困ったような顔できょろきょろしている。早く彼女を解放せねば……現場から離れてしばらくすると物陰に入った。


「大丈夫?」

「月島先輩ですよね? 助けてくれてありがとうございますっ!! ……あの! お礼させてください!!」


 彼女はカラコンを付けているのであろう……ブルーがかった瞳で俺を見つめてくる。会社とは違ったメイクなので別人のように見えてドキッとした。


 そんな大層な事はしていないので、ここは丁重に断ろう。


「いや、大したことしてないし、青山さんが無事で良かった。大丈夫そうなら俺はここで……」


 そう言ってその場を離れようとするが、ぐっとTシャツの背中付近を掴まれ首が締り動きを止められた。ぐるじい……伸びる……


 振り返ると、彼女は涙目で近くのカフェを指差しながら俺のTシャツの袖を掴んだ。


「そんな訳に行きません! 行きましょう!!」


 うっ……彼女こんなに行動的だったか?

 む~……零との待ち合わせまで時間が有るからお茶位ならイイかな?


 俺達は近くのカフェに入る事にした。


 ◇ ◇ ◇


「助けてくださって、ありがとうございましたぁ」


 飲物を持って席に着くと彼女は改めて礼を述べた。ホント大層なことしてないからっ!……あんまりこの話題を続けても彼女が恐縮してしまうので俺は話しを変えた。


「最初見た時は会社とは印象が違ったから気付かなかったよ」


 会社では髪を一つにまとめているが、今は降ろしてサイドのハーフアップで結っている。さらにうさぎっぽさを加速させてる。


「先輩も髪降ろしてるし、キャップ被ってたから気付きませんでしたぁ」


 確かに……いつもワックスで前髪を上げているので印象は変わるかもしれない。気づいて貰えてよかった。


 彼女の話を聞くと、どうやらお目当てのものが有って買い物に来たらしい。無事にゲットできてウキウキと歩いていたら絡まれたそうで……それは災難だったね。


 彼女は夏限定のフラペチーノをつつきながら伺うように聞いてくる。


「先輩、今日は独りで買い物ですかぁ?」


 今日はボディーガード兼荷物持ちだなんて言えない。


「今日は友達と来てるんだ。今別行動中」

「そうだったんですね。この後もよかったら一緒にと思ったんですが……」


 社交辞令でもありがとうよ。青山さん。


「ははは……ごめんね。あ! 来月の初めに青山さんの歓迎会開きたいから何か食べたい物有ったら教えてよ。しくは苦手な食べ物とかあったら知りたいな?」


 などと雑談を交わしながらコーヒーを飲んだ。


 彼女がフラペチーノを食べ終わった所でお開きにした。

 お礼と云えど後輩におごらせるのは気が引けたので伝票をさらった。


「じゃぁ気を付けてね。また明後日会社で」

「はい!ごちそう様でしたぁ!先輩も良い休日を~!」


 彼女はぺこりと頭を下げ駅の方へと向かった。いい子だな!青山さんも良い休日を! さて、まだ時間は有る。仕事用のYシャツを買い足したいから見に行くか!


 ◇ ◇ ◇


 仕事用のYシャツを買いホクホクしながら待ち合わせの本屋へ向かう時だった。既視感のある光景に出合ってしまう。


 金髪のギャルにあのナンパ野郎たちが話しかけていた。

 アイツらまた探していたのか……がんばるなぁ……だがあのギャルは零だ!!


「ねえ彼女一人? 暇?」などと話しかけるが零は無視して歩みを止めない。彼らは彼女の進路を邪魔してやっと彼女を止めるが……


「彼氏と来てるから無理」


 きっぱりと言ってのけたのだった。かのんに成りきって強気に言っているようにも見えるが……零が何かに気付きサングラスをずらして前方を見ている。すると俺と目が合った。彼女は男たちの間を猫のようにすり抜けて俺の元に小走りでやって来て俺の腕に抱きつく。零さん、大胆です。

 

 男たちもその様子を見てまた諦めて去っていくのだった。


「おお! 良く見つけたな」

「おまたせ。ふふっ! 視界良好だよ!」


 コンタクトを付けてクリアな視界を取り戻した彼女は上機嫌だった。


「絡まれてたみたいだけど大丈夫だったか?」

「見えてたの? 彼氏が居るっていって逃げてきちゃった」


 彼女は悪戯っぽく笑う彼女の笑みにドキッとしてしまった。冒険をして来たかのように楽しそうでもある。今日くらい彼氏気分を味わっても罰は当たらないかな? そんな淡い願望に浸っていると零は笑顔で告げる。


「さぁ、この後も忙しいよ? まだまだ行きたい所有るから付き合ってね?」

「ああ、荷物持ちなら任せろ」


 俺達は昼食を食べて買い物を楽しむ。


 何かに怯えるような様子もなく、彼女は久々の外出を満喫していた。俺も女の子と久々のデートを楽しめたので役得である。かのんへの土産を調達して夕方には家に戻ってきた。


 家の周りも不審な影は無い。どうか杞憂で有って欲しい。というか元彼来るな。


「「ただいま」」

「おかえりー!」


 猫じゃらしと漫画本を持った体操服姿のかのんが居間から現れた。おい、飼い主を裏切ってかのんと遊んでたやつが居たのか。何かける。


「コンタクト買えて良かったじゃん。息抜きできた?」

「うん、二人のお陰で楽しい時間を過ごせたよ。ありがとう! お土産買ってきたから一緒に食べよう」


 そう言って零はお土産のシュークリームを準備すべくキッチンへと行ってしまった。

 かのんはニヤニヤしながら俺に近づきこっそり話す。


「いちゃいちゃできた?」

「俺と零に何を求めているんだ……してないよ! 腕組んで買い物しただけだよ!!」


「ふぅ~~ん! してるじゃん」


 かのんは意味ありげに猫じゃらしを振り回しながらニヤニヤとこちらを見る。そして『へぇ~』とか『ふんふん』などと一人で相槌を打っている。まさかこの子……霊に聞いてる?? お願いだ! 変な事は伝えないでくれ!!


 そして一言。


「夜道は背後に気を付けて……あと、私の胸が控えめで悪かったなっっっ!!!」


 そう言って猫じゃらしでぺしぺし叩いてきた。

 もう! いろいろと怖いこと言う! この子!!


 そんなこんなで外出作戦は事なきを得たので有った。

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