Chapter12 怪異 

 今日は海の日だ。いつもより遅く起きて一階に降りると良い香りが漂ってきた。どうやら零が鼻歌を歌いながらコーヒーを淹れているようだ。彼女は俺に気付いて声を掛ける。


「颯太……颯太さんおはよう」

「颯太でいいよ。機嫌がいいね?」


 彼女は昨日買ったゆったりとした丈の長いチェック柄のボトムとオーバーサイズの白Tシャツを着ていた。そして新調した丸い眼鏡を付けている。


 一気に最近の子になった。この姿も可愛い。


「うん! 涼しくて軽いから快適なんだー。コーヒー飲む?」

「おう、貰おうかな?」


 快適で嬉しいのが顔と声に現れていた。昨日出かけて良かった。

 ダイニングチェアに座って二人でコーヒーを飲む。窓から入ってくる風が涼しくて心地よい。幸せだ……恋人が出来たらこんな感じでゆっくりとコーヒーを飲みたいと思っていたが、こんな所で疑似体験をさせて貰って幸せです。


 幸せと云えば……俺の動画もじわじわと視聴数を伸ばし、チャンネル登録者も増えている。実は零が自身のSNSで紹介してくれたのだ。彼女のフォロワー層は可愛い物好きが多いのでウケたらしい。ありがとう! 零様!!


 先日も猫じゃらしで遊ぶかのような映像が取れたので動画をアップした。相変わらず猫の姿は見えないが、暗視カメラの中で猫じゃらしが風も無いのに揺れるという物だ。


『もふもふの霊が居ると聞いて』

『ヌコの霊!?』

『カワヨ』

『怖くないから安心して見れる!』


 など好評をいただいている!

 今の所高確率で猫達が遊んでいる様子が取れているので、一週間に一本を目標に動画をUPしている。ストックも作れていて余裕が有るのだが、あまりハイペースでも俺が疲れてしまうので、マイペースに細く長く続けて行こうと考えている。

 その間に猫や視聴者たちに飽きられない様に研究しなくては……ペットチャンネルも参考にした方がいいかな??


 ―――バタバタバタ……


 噂をしていると和室から猫達が走る音が聞こえる。その音を聞いて俺も零もいつもの事かという表情でのんびりコーヒーを飲む。これの正体が愛猫だと知っているから『今日も元気が良いな』などど呑気に編集できるが、猫だと知らなかったらさすがにビビるレベルだ。


 お前ら、寛ぎ過ぎるのもどうかと思うぞ! あくまでも借家だ。幽霊だから家を傷つける事は無いと信じたいが……もう少し落ち着いて欲しい。


 などと考えていると足元に猫がすり寄る様な感覚を味わった。驚いて足元を見るが

 勿論姿も影も無い。


「ねぇ、独り暮らしの時は猫ちゃん達、夜中部屋で遊ばなかったの?」


 コーヒーを飲みながら零が尋ねてきた。そうなのだ、こいつら前の家ではウンともスンとも言わなかったのだ。


「ああ、全然!音も聞こえなかった。かのんに聞いたら、こいつらアパートの部屋が狭いから俺の肩や頭に乗ったりしがみついて遊んでたらしい」


「へぇ~相当颯太の事が好きなんだね。よく5匹も器用に乗ってたね~」


「本当、キャットタワー扱いされたみたいだ」


 彼女はキャットタワー状態の俺を想像したのか可愛く笑うと、興味深げに俺に纏わりつく猫達を見ようと見つめてくる。

 当初ホラー耐性の少ない零は驚いていたが、最近では猫じゃらしで彼等と遊ぶなど余裕が出来た。適応能力が高い子で助かった。


 俺は自分の体に意識を向ける。肩と頭が軽いので彼らは家の中で寛いでるだろう。

 

「たぶん今は家の中に居るから俺の上には居ないと思うよ」

「へぇ~分かるんだ! さすが飼い主」


 実は佐倉邸に来てからずっと悩まされていた頭痛と肩こりが治ったのだ。俺の頭痛と肩こりの原因はお前達だったのか……

 まぁ、生きてた時から餌をねだる時は体の上に乗って圧を掛けて来るテクを使っていたから……変わらないか。


「ひゃっ」


 零が小さく悲鳴を上げた。彼女は足元を見て何かを探している。


「どうした?」

「今、足元を何かが触った気がして……」

「ああ、おそらく……猫だろうな。俺も良くすり寄られる。すまんな、うちの猫が」


 彼女は目を輝かせて嬉しそうだった。

 俺達は幽霊を見る事が出来ないので、こうやって猫達を感じる事しかできなかった。


「かのんが言うにはもう一人霊が居るらしいけど、まだ映らないんだよな……」

「怖い子じゃなければいいな……」


 まぁ……実家に怖い霊はご遠慮願いたい。もうそろそろ現れてくれないかな?

 そう思っていると和室から大きな音がした。


 ―――ガサガサガサッ!!!


「!!!」

「ひゃぁっ!!」


 俺達の足元に猫が集まってきた気配がした。おそらく零もそれを感じ取ったのだろう。俺達は目を見合わせると音がした和室へと向かった。

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