Chapter22 潜ム者

 待ちに待った夏季休暇に入った!


 いつもと同じ暑さと空だが清々しく感じる! 休みという事実と、青山さんの件が解決したからそう感じるのかもしれない。


 来客の予定が有ったので朝から俺と零は掃除をしていた。ロボット掃除機が仕事の終わりを告げ、俺もモップでフローリングを拭き上げる。なんて気持ちがいいんだ!

 佐倉夫妻を迎える準備万端だ!!


「じゃあもうそろそろ約束の時間だから俺は一階で待機してるよ」

「わかった、じゃあ部屋借りるね」

「おう!」


 零がこの家に居る事は佐倉夫妻には秘密なので、彼らが滞在中は俺の部屋で息を潜めることとなっている。彼女は飲物が入ったタンブラーを持ち俺の部屋へと向かった。そして、約束の時間ぴったりに呼び鈴が鳴る。


 先輩夫婦がやって来た!俺は玄関で彼らを迎え入れた。


 大輝だいき先輩は会社とは違いカジュアルなシャツを着ている。会社で見せる鋭さが無く優しさが満ちている。

 彼の隣には奥さんの陽菜ひなさんが居る、彼女と会うのは結婚式以来だ!小柄な女性で、明るいブラウンの髪が肩の上で軽やかに揺れている。向日葵の様に爽やかな笑みをたたえている美人だ。妊娠中の彼女のお腹はとても大きい。10月上旬に娘さんを出産予定だ。


「こんにちは! 居らっしゃいって言うのも変ですが、いつもお世話になってます! 陽菜さんお久しぶりです」


「休暇中にすまないな」

「月島君お久しぶり。元気そうね! 今回は幽霊でお騒がせしてごめんね? 住んでくれてありがとう」


「いえ!家がなくて困ってたので凄く助かりました!暑いし立ち話もアレなので中へどうぞ!」


 俺達は居間で麦茶を飲みながら雑談を始める


「せっかくのお盆休みの邪魔しちゃってすみません。今年はこっちで用事があって帰れなくて。妹さんも帰りづらくなっちゃいますよね?」


「いや、いいんだ。妹は独りで大学の友だちの家を巡りながら旅行に行くから帰れないって言ってたからな。マリッジブルーかな? 妹には今実家に月島が居る事を伝えたからアポなしで帰ってくることは無いから安心してくれ」


 いや、アポなしで帰ってましたけどね。だいぶ前に。

 というか……マリッジブルーって?? 気になって思わず踏み込んでしまった。


「へぇ~そうなんですね。マリッジブルーって妹さん結婚されるんですか?」


「ああ、本人の口からはまだ話されてないんだが、彼氏の方から先日婚約したいって申し出が合ってな、挨拶や顔合わせの日程はまだ何も決まってないんだが近々らしいぞ? 俺も安心するよ。妹が身を固めてくれて」


「そうね。信頼できる人が傍に居てくれるなら心強いわね。でも分かるわ~! 確かに日本から離れて住む場所が大きく変わるとなると不安だものね。今のうちに行きたい所行った方がいいわ」


 2人は楽しそうに妹の婚約を喜んでいる。


 ―――え? 婚約? 日本から離れる?


 詳しく聞きたい所だが、これ以上掘るのは怪しまれそうで諦めた。零からはそんなこと一言も聞いていない。


 本人の口から聞いていないと言う事は、中谷が先輩達にそう話して外堀を固めているって事か?? それとも零が何か隠している?


 気を抜いていたら、辺りを見渡していたひなさんが感嘆の声を上げた。


「すごいきれい! 掃除もしてくれてるんだ〜! 月島くん綺麗好きだから感心しちゃうよ」

「え、ええ! ロボット掃除機お借りしてます。あ! でも先輩たちの部屋と妹さんの部屋は入ってないので安心してください!」


「月島これって……猫飼ってるのか?」


 大輝先輩が茶の間の隅に置いてあった猫じゃらしを見て不思議そうにしている!

 しまった……しまい忘れていた。俺達は話しながら仏間へと向かう。


「いえ、それは撮影道具です! 大家に黙って猫は飼いませんよ! はははは……」


 リアル猫は居ないが、幽霊猫と猫のように可愛いあなたの妹はいます。

 俺の不安を脳内が纏めて処理したために一瞬猫耳をつけた零が頭を過った。零は猫じゃない! でもコスプレの小道具持ってそう……いや! 変な妄想止めてくれ俺。


「いいのよ、それに仏壇も綺麗! なんか申し訳ないわ……」


 仏壇は零が掃除してくれることが多い。もう笑って誤魔化すしか無い。

 そんな俺を見て陽菜さんの笑顔が消えて顔が曇る。彼女は不安げに尋ねた


「幽霊、居た?」

「ええ……まぁ……動画見ますか?」


 ◇ ◇ ◇


 俺は先輩夫妻に今まで取ってきた映像を見せた。二人とも固唾をのんで画面を凝視していたが次第にその表情から硬さが消えて、二人は驚いて顔を見合わせる。


「「ネコと座敷童子?」」


「ええ、霊感のある人に視て貰ったら、猫は俺に憑いているみたいで逆に連れてきちゃいました……座敷わらしは数年前からこの家に着いているみたいですが悪い子じゃないみたいで、人形やおもちゃで遊ぶのが大好きみたいです」


 一番大好きなのは零の膝の上なんだけどな……それは言えない。

 不安げにしていた陽菜さんが楽しそうに笑い出した。


「はぁ……なんか気が抜けちゃった! それに怖くないって聞いて安心した!! 月島君、動画取ってくれてありがとう。私もチャンネル登録しよう!」


 大輝先輩も陽菜さんの様子を見て安心したらしい。二人してホッとしたところで陽菜さんがとんでもないことを言い出した。


「だとしたら……表でよく見る人影も見間違いだったのかな?」


「「人影?」」


 俺と先輩は眉をしかめて聞き返してしまった。


「なんだ陽菜。それは初耳だぞ?」

「え? そうだったかな? ごめん。そう、丁度あそこの電柱の影かな? 二階から見るとよく分かるんだけも、時々あの影から家を見てる人影が有ったのよ……私の見間違いかな?」


 家を見つめる人影と聞いて思い当たる人物が居た。零の元彼、中谷だ。


「え! 陽菜さん、それっていつ見たの??」


「う~ん……この猫ちゃんや座敷わらしちゃんと同じ時期だよ?」


 つまり6月上旬……零が中谷から逃げたした時期だ。

 そんな前から中谷はここを監視していたのか……かのんの店から帰ってくる彼女と遭遇しなくて良かった……


「月島が知らないんじゃ……それも気のせいかもしれないな。んじゃ俺は寺に行ってくるわ。一時間くらいで帰ってくるから陽菜はここで待たせてもらってくれ」


「俺も行ってイイですか?」

「いいが、暑いぞ?」


「その、この家にお世話になっているのでご挨拶も兼ねて……陽菜さん!俺、西側の小部屋使わせて貰っててその部屋は散らかってるので……その……」

「大丈夫!覗かないよ。二人共、外は暑いから気をつけて行ってらっしゃい!」


 ◇ ◇ ◇


 俺達は佐倉家の菩提寺にある佐倉家の墓を参った。お盆初日なので人影も多い。


「先輩偉いっすね、家の法事こなして」


「まぁ……家長だし爺様婆様たちは俺の親代わりだからな。本当は零が婆さんっ子で毎年盆はこうやって迎えに来たり送ったりしてたんだが……」


 少し寂しそうだ。年が離れてるから可愛いとも言っていた彼だ。


「きっと妹さんも先輩達と一緒にお盆休み過ごしたかったと思いますよ」

「だと嬉しいな。零も元気だといいけど……」


 墓に線香を供えて家に戻ってくると、玄関に嗅いだことのない香水の香りがした。男物の香水……陽菜さんが俺達を玄関で迎えて慌てて話しかけてきた。


「お帰り、さっき中谷君が来たのよ? 合わなかった?」

「え?」


「零ちゃんは帰って来てないかって聞かれたわ。大学の友達の家よって言ったら慌てて帰っちゃって。中谷君、零ちゃんが旅に出てるの知らないみたい。大輝は今お墓に行ってるからもうすぐ帰ってくるとは言ったんだけど……用があるって直ぐ帰っちゃって」


 嘘だろ? 中谷が訪ねて来るなんて……驚いていると陽菜さんは更に続ける。


「それに、零ちゃんの忘れ物を取りに来たって言って上がらせてほしいとも言ってたけど……零ちゃんからは何も聞いていなかったから断っちゃった。悪い事したかしら?」


 いや、陽菜さんナイス!!

 黙って聞いていた大輝さんが口を開いた。


「それで大丈夫だよ。物置になってるとは云え、零は部屋に入られるの嫌うし、あいつもせわしないな……後で俺から連絡するよ。さて、用事は終わったし線香を供えて帰るか。月島すまんな、うちの爺さん婆さんたちが動画に写り込んじゃうかもしれないが」


 先輩は中谷に対して少し不満げな顔をしていたが、最後には軽く冗談を言ってくれた。いや、もしかしたら映るかもしれないけど。


「いいえ、むしろ家族団らんの時期にすみません!」

「いいのよ! たまにはこっちにも遊びに来てね! ご飯ちゃんと食べるのよ!」

「わかりました! 二人とも気を付けて」


 先輩たちを見送った後急いで二階に駆け上り俺の部屋に入った。


「零、大丈夫か?」


 部屋に入ると緊張感が張りつめている。零は部屋の隅でタオルケットを頭から被り膝を抱えて座っていた。子供がかくれんぼで隠れるかの様に。

 古い家屋かおくだから二階にいても一階で誰かが話す声は響いてくる。男の低い声ならなおさらだ。


「零?」


 そっと近くに膝をついて、タオルケットを捲ると彼女は震えていた。こんな状態の子が婚約するはずない。


「もう大丈夫。鍵を閉めたから」

「ごめん、久々に声を聴いたからびっくりして……あとで陽菜ねえにお礼しなきゃね」


 立ち上がろうとする彼女を俺は制した。ここは窓際だ……


「待て、まだこのままで。……確認する」

「え?」


 俺はカーテンの影に隠れながら陽菜さんが人影を見たという電柱を見る。すると言っていた通り人影が有った。俺はポケットからスマホを取り出し、電柱の陰に潜む人物を撮影する。


 間違いない。中谷だ……あいつ本当にストーカーまがいなことしてる。


「零、今日は窓辺に近づくな……」

「なんで?まさか……」


「ああ、零が言っていた通り中谷がこちらを監視してる」


 ……この時の零の絶望した顔は今でも忘れる事が出来なかった。

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