Chapter23 怒リ
夏季休暇も光の速さで過ぎて行った8月最後の日曜日。
あれから中谷は現れなかったが、零の生活はより一層センシティブになっていた。共用スペースに自分の痕跡を残さない様になったのだ。そこまでしなくてもと思ったが彼女は『念のため』と笑いながら自分の存在を拭った。
今日の彼女は水色のワンピースを着て和室で猫じゃらしを持ち猫達の存在を感じ取ろうと躍起になっていた。
俺は居間で動画をみながらゴロゴロしていた。
いや、これはリサーチだ。心霊動画ではないが勉強だ。
今見ている動画のタイトルは『アンチが
行き過ぎた好意の突撃でも脅威を感じたが、敵意むき出しの突撃はもっと恐ろしい。
……ここまでされたくないな。俺も謙虚に気を引き締めて行こう。
動画の方は昨日の夜に座敷わらしの映像をUPした。彼が人形やおもちゃで遊んでいる様子が映っている。零
『本物?』
『遊んでるように見える!』
『全然怖くない……』
『猫と遊ぶの?』
などのコメントを頂いてる。まぁ当の本人たちは今日も相変わらず元気に怪現象を起こしていた。
動画を見ていた俺の顔に向けて子供の手が伸びる。
わらしだ! どうした? からかいに来たのか??
スマホをポケットにしまい彼を見た。わらしの様子がおかしい。和室の方を指差している。
何だ? 来いってか? 俺はわらしと和室に行くとそこには零が居た。
彼は零を引っ張ろうとしているが……もちろん彼は彼女に視えないし感じられない。そして更に訴えるように俺を見て仏間に向かって指を差す
「どうしたわらし? 零を仏間に連れて行きたいのか?」
彼はもどかしそうに首を振ってもっと強く指を差す。……もっと奥って事か?
「押入れ?」
するとわらしは力強く頷いた。
「零を押入れに入れるのか?」
その頷きは激しくなる。
「零、わらしが押入れに入れって……」
「え? どうして?」
すると突然部屋の空気が変わる。ビリビリと緊張感に満ちて肌が痛い。猫たちが何かに威嚇するように騒いでいた。ドタドタと部屋を走り回る音がしている。変な胸騒ぎがした。
何だよこの空気……今までこんな事なかった……
わらしが俺の背中をトンと押す。それを合図に俺は零の腕を引っ張って仏壇隣の押入れの中に彼女を押し込んだ。
「待って、颯太! どうしたの??」
「ゴメン! 少しの間静かにしてここに居て」
何が起きているか分からない彼女は
「零! 零!! 居るんだろ!! 僕だ!!」
知らない男の声だ……零を探していると言う事は中谷?
奴は勝手に玄関を開けて家の中に入ってきた。和室から出た俺は彼と対峙する。
「あんた誰? なに人んちに勝手に入ってるの? 出てってくれ。」
「お前こそ誰だ?」
「俺は月島。家主の佐倉大輝さんの後輩で彼からこの家を借りている。契約書も有る」
俺は玄関の棚に置いてあった契約書のコピーが入ったクリアファイルを彼に突き出した。
契約書が出て来た事に彼は驚くが、すぐに目線を落し書類の内容を確認する。確認しても彼は自分のペースを崩さなかった。
「ここに零が居るんだろ? 出せ」
「レイって何だよ、幽霊の事か? ここには俺しか住んでいない。帰ってくれ」
俺の対応にイラついたのか勝手に玄関を上がって部屋の中を探し始めた。リビング、キッチン脱衣所など彼女の痕跡を探すように荒らしながら部屋を進む。
彼女の用心のお陰で一階に存在の痕跡は無い。ただ二階は話しが別だ。洗濯物や零のパソコンが有る。
中谷は和室に入ると供えられた水やエサ皿を蹴とばす。
「オイ! 何すんだよ!! いい加減にしろ!! 帰れ!!」
「どこに零を隠してる。零! 僕は怒っていない。一緒に帰ろう。」
彼は視えない零に向かい語りかける。
絶対怒っているだろ!? こんなやつに零を渡せない!
彼女の言う通り次彼に捕まったら自由は無いだろう。彼は仏間の襖を乱暴に開ける。やめろ、その先は零が居る。
絶対に行かせない!!
俺は中谷の肩を掴んで引き留めた。
「おい止めろ!! そっちは仏間だぞ!? 人様のご先祖が居る所で何やってんだよ!」
顔を引きつらせて苛立つ中谷が振り向きざまに俺の顔を殴った。俺はしりもちをつく。
「痛ってぇ……」
零、頼む……怖いけどもう少し押し入れの中で我慢してくれ……
殴られた頬をさすりながら彼を睨むと、中谷は勝ち誇ったような表情で喚く。
「邪魔するな。ここに女を連れ込むようなお前に、この家はふさわしくない。……零、帰ろう! もう怒らないから」
かのんを
俺は直ぐに立ち上がり彼の腕を強く引っ張り和室に引き戻す。引っ張られてバランスを崩した彼は尻もちをつく。そしてテーブルに並べられた呪物達を見た彼は人形を掴み立ち上がると高く振りかざした。
「こんなバカバカしい!」
わらしのお気に入りを……
俺達が幸せに暮らしていた事を否定されているようで偉く腹が立った。こんなやつに奪わせない!
「誰がふさわしくないだってェ!?」
俺はありったけの声で怒鳴った。声は想像以上に大きくびりびりと響いた。相手も同じことを感じたんだろう。振り上げた手が止まった。俺は奴の手から人形を奪い取り睨みながら言い放った。
「勝手に上り込んで暴れて、お前の方がよっぽどこの家にふさわしくない! 去れ!!」
その時、壁に飾ってあった遺影が落ちる。零のおばあさんの遺影だ。落ちると同時に額のガラスが砕け散った。
その場を静けさが支配する。
俺は静かに低く警告した。
「これが最後の警告だ。今すぐ出て行け、警察と大輝さんに連絡するぞ……」
「ふん!……」
彼は大輝という言葉にピクリと反応し何も言わず出て行った。荒々しく玄関の戸を閉める。
俺は慌てて玄関の鍵を掛け、リビングから外の様子を覗き、奴が立ち去った事を確認する。
そして急いで仏間の押入れを開けると、零が怯えて泣いていた……わらしは彼女を守るように寄り添っている。
「零、もう大丈夫だ……わらしもありがとう」
零は俺を見ると抱きついて泣きじゃくった。大の男がいきなり家に押し入って暴れて行くんだ、これほど怖いものは無い。
「颯太! 殴られてる……ごめん……」
彼女は泣きながら申し訳なさそうに俺の頬に触れた
「零が謝る事じゃないよ。それに大丈夫、そんなに痛くない。出られる?」
「ごめん……腰が……抜けちゃって……立てない……」
そう言われて俺は零を背負う。押し入れから出た
零は荒れた和室を見て呆然とした……おばあさんの遺影も落ちてガラスが割れてしまっている。和室に仕掛けてある全景カメラの電源が静かに光っていた…
「荒らしちゃってゴメンな……おばあさんも怒っていた気がした。みんなのお陰で助かった。部屋ちゃんと元通りにするから」
「颯太の所為じゃない……」
そう言って彼女は俺の肩に顔をうずめる。
和室はガラスも散らばっていて危ない、俺は零を背負って仏間から廊下に出て居間の座布団の上におろした。するとキッチンの方から物音が聞こえる
塩が入っている容器が棚から出ていた
「……塩撒いてこいってか?」
家に居る怪異達も相当ご立腹のようだ。
塩を持ち玄関を開けるとそこにはかのん立っていた。
「颯ちゃん!どうしたのその顔!!」
「中谷に
そう聞くと彼女は、眉を歪め塩を手に取り門扉に向かい思いっきり撒いたのだった。塩を撒いた俺達は室内に戻ると憔悴する零をみてかのんが抱きつく。
「零! 大丈夫!!」
「かのん! どうして……」
「嫌な予感がして来ちゃった」
かのんは俺を見ると俺の背後や周りをゆっくりと見渡す。
「颯ちゃんも、みんなも守ってくれてありがとう」
彼女のことだ、霊たちが俺等を守ってくれたのを理解している。再び彼女は零に向き直り尋ねた
「どうする? 警察に通報する?」
「そうだなストーカーだって言えば対応してくれるかも。それに室内も荒しているし……」
彼女は静かに首を振った。
「……大丈夫、あと一か月で彼は姿を見せなくなるから」
「「え?」」
予想外の回答に俺とかのんは戸惑う。
「お兄ちゃんにも言わなくて大丈夫」
「そんな! また来たら……」
なんでそんな……我慢するんだ……
「大丈夫、アイツ意外とビビリだからもう来ないよ。ごめんね泣いちゃって。大げさだよね……私は大丈夫!」
一番怖いのは零の
「零、次見かけたら絶対に通報するんだよ? 急に居なくなったら嫌だからね?」
「わかった。次同じことが有ったらちゃんと通報する。それに親友に黙って居なくならないよ」
零はかのんを安心させようと、微笑んで答える。
俺も殴られた頬に触れて誓った。絶対にアイツにだけは零を渡さない!
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