Chapter24 水族館

 中谷が突撃してから一週間が経つ。


 その後中谷は姿を見せていない。だが零は心を深淵に潜ませてしまった。


 元気も無くわらしの人形を手入れしたり、猫じゃらしで猫達と遊ぶような姿を見せるが……暗く存在が幽霊のように希薄だ

 零が言うリミットの三か月まであと三週間。それまでこのまま息を殺して引きこもるつもりかもしれない。このままでは彼女が先に参ってしまう……


 俺は気分転換を兼ねて彼女と出かける予定を持ちかけた。


「零、来週の木曜日に出かけないか? スケジュール開けられる?」


 久々に浴衣を着て眼鏡を掛けた彼女が、二階の自室からひょっこり顔を出す。


「え? 私は大丈夫だけど……颯太はその日仕事じゃないの?」

「ああ、有給取ろうと思って。水族館行かないか? 平日は中谷も動けないはずだし」


 中谷という言葉に一瞬陰りを見せたが、直ぐに笑顔に戻った。


「……うん。そうだね! 行こうかな? 水族館」


 ◇ ◇ ◇


「わらしちゃん、いい子にしててね」

「お前らも留守番頼んだぞ。仲良くな」


 わらしと猫達に留守番を頼むとリンと軽やかな鈴の音が聞こえた。

 俺達は電車に乗り都内の水族館へと向かった。青い空が広がっている。予報では来週から気温が下がってくるので今日が最後の夏日になるだろう。

 久々に表に出た零は車窓から風景を眺め嬉しそうにしている。


「水族館で何を見たい?」

「そうだな~クラゲやサメかな? あと深海魚」


「意外! イルカとかシャチが好きかなって思った」

「ふふふっ! そうだね。でもイルカもシャチも好きだよ!」


 他愛もないカップルのセリフだ。まさか彼女とこんな会話をするなって出会った当初は考えもつかなかった。

 あと2週間で彼女との契約期間が終わってしまう。その後彼女はどうするのだろうか? 契約満了と一緒に彼女が消えてしまいそうでとても怖かった。


 ◇


 水族館に到着し館内に入ると、来た者を現実から遠ざけるように薄暗い空間を歩かされた。その空間を出ると光に溢れ様々な大きさの水槽に色とりどりの魚たちが展示されていた。


「わ~! 綺麗~!」


 零から感嘆の声が零れる。

 平日で空いており、俺たちはゆっくり歩きながら展示を見る。

 彼女は展示の説明を読んで感心したり、水中の生物たちを視ては目を輝かせていた。


 ここ一週間見られなかった輝かんばかりの笑顔だ。


「ねぇ! 颯太見てよ!! クラゲが沢山居る!!」


 子供のように彼女ははしゃぎながら俺を呼び寄せた。俺はそっと隣りを歩く零の右手に自身の左手に触れた、すると彼女も応えるようにそっと手を近づけてくれたので俺は彼女と指を絡め手を繋いだ。


 二人して絡めた指を見てはにかむ様に笑う。


 順路を進むと大きなガラスの壁の向こう側に海を切り取ったかのようなキラキラと輝いた空間が広がる。大小さまざまな色や形の魚たちが悠々と泳ぎ永遠に変わり続ける絵画のようだった。


「綺麗……この時間がずっと続けばいいのに」


 零がぽつりとつぶやいた。握る手にキュッと力が籠る。


「そうだな……また来よう。いろんな景色を一緒に見よう」


 青くひんやりとした空間は日常で起った嫌な事全てを忘れさせた。

 隣りを見ると小さな海を見つめ目を輝かせている零が居て、彼女の柔らかな香りと手の温かみを感じているだけで幸せを感じる。


「颯太! イルカのショーやるみたい! 見に行こうよ!!」


 イルカとシャチのショーを見たりペンギンが泳ぐ姿を観察したり、俺達は水族館を楽しんだ。現実に帰るのが惜しくてゆっくりと順路を進んで居たつもりだが、とうとう出口へと近づいてしまう。


「はぁ~楽しかったね! もう出口か……出るのが惜しいね」

「そうだな。あっ……」


 出口近くにはミュージアムショップが有った。カラフルなぬいぐるみやお菓子などが所狭しと陳列してある。


 零が痛く気に入っていたクラゲのぬいぐるみが有った。

 彼女も見つけたらしく「かわいい!」と言って近づいて手に取る。

 彼女は触ったりあらゆる角度からぬいぐるみを見ていた。たぶん気に入って買うか買わないか悩んでいる。悩みながらそっとぬいぐるみを棚に戻したので、逆に俺がそのぬいぐるみを手に取った。


「零、お土産にそのぬいぐるみ買って行こうよ」

「わらしちゃん達に?」

「いや、零へのプレゼント。今日の思い出に」

「え! いいよ。悪いよ」

「俺も楽しかったの! たまに思い出しながらぬいぐるみ撫でたいじゃん?」


 そう言って、俺はぬいぐるみを抱えてレジで精算を済ました。

 うちの子となったクラゲを零に手渡すと彼女は優しく抱えてそれを愛でてくれた。


「ありがとう颯太! 大切にする!」


 楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。中谷の仕事が終わる時間までには家に帰る事にしていた。アイツに俺達の時間を制限されてしまうのは気に食わない。早くこのしがらみから彼女を解放なければ。


 無事、家に着き夕食を二人で食べた。ゆっくり寛ぎ就寝の時間となる。それぞれの部屋へと帰る前に零が改めて話しかけてきた。


「颯太、今日はありがとう! 楽しかった」


 彼女は少し背伸びをすると俺にキスをした。

 ふわっと柔かい感触の後に温かさが伝わってくる。もっとその先が欲しいと願ってしまったと同時に唇は離れていった。


 彼女は上目遣いで俺を見ていたが目が合うと恥ずかしそうに微笑んで目を伏せた。そんな彼女が可愛くて思わず抱きしめてしまった。


「後2週間絶対に守るから」

「……うん!! ありがとう。じゃぁまた明日。おやすみなさい」

「ああ……おやすみ」


 俺は二週間後もその先もずっと零と一緒にいたい。

 俺との契約が切れる時、彼女に気持ちを伝えよう。

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