Chapter25 消エタ幽霊

「ただいまー!」


 昨日の水族館デートからふわふわとした幸せな時を過ごしている。今朝の零には笑顔が増えていた。早く彼女の顔がみたいな……家に帰るのがこんなにも楽しいだなんて! さて、今日も帰ったら編集するぞ!!


 などとウキウキしながら家に到着するが……零の『おかえりー』という言葉が返ってこない。眠ってるのかな? 二階に上るとガラス戸からは、いつも通りPCモニターの明かりが漏れている……風呂かな?


 不思議に思いながらも自室の電気をつけて部屋に入ろうとしたら足元に何かが落ちていた。


 封筒?


 白い縦長の封筒が無造作に置いてあった。不思議に思い中を見ると手紙が入っていた。


『颯太へ

 急にごめんなさい。家を出て中谷さんの元へ行きます。

 いままでありがとう。配信頑張ってね。 零 』


 ―――え?



 頭が真っ白になり体が動かなかった。



 アイツの所に行くってどういう事だよ? 俺達いい感じだったよな?



 零のイタズラ?



 俺は弾かれたように零の部屋へと向かう。ガラス戸を開けると暗い室内で静かにPCのスクリーンセイバーが作動していた。部屋の明かりをつけると、綺麗好きな彼女のデスクの上に飲みかけのカップが置いてある。彼女だけが居ない。


 パソコンもくらげのぬいぐるみも部屋に置きっぱなし。


 ……そんなまさか、服よりも仕事道具のパソコンを選んだ零がそれを置いて行くなんて。まさか中谷が来て彼女をさらったのか?


 おい、今日は平日だぞ!? 有給使ったんか? あいつも!!


 慌てて彼女に電話を掛けた。

 お願いだ繋がってくれ……


 電源が入っているようで幾度かコールされるが出てくれない。切ろうとしたその時、電話の向こうから声が聞こえた。


「……もしもし。颯太?」

「零! 大丈夫か!? 今どこに居るんだ!? 中谷に無理矢理……」


 お願いだ! 無理矢理連れ出されたから、助けて欲しいって言ってくれ!!



「違うよ」



「……え?」



 頭が真っ白になった

 零は抑揚のない声で淡々と話し出す。


「手紙に書いた通り私中谷さんの所に行って……結婚することにしたの。今までありがとう、もう電話かけてこないで。……じゃあ」



「おい! 待てよ! 零? 零!?」


 一方的に電話は切れてしまった。

 もう一度かけるが……着信拒否されていた。


 嘘だろ?


 俺達が過ごした2ヶ月半って……何だったんだ? 昨日だって!! ずっと続けばいいのにって言ったよな!? あのキスは? 中谷をあんなに拒絶して怯えていたのに結婚するって……


 呆然としていたが、俺は思い出したように慌ててかのんに電話をかける。


 仕事中か? 頼む出てくれ……!!


「もしもし? どしたの?」


 あっけらかんとしたかのんの声が聞こえた。


「かのん! 零が……中谷と結婚するって家を出ていった」


 かのんも衝撃だったらしく言葉が出てこない。しばし無音の後に彼女が小声で話し出す。


「はぁ!? ウソでしょ!? ゴメン! お店の後すぐかけ直す!!」


 そう言って電話が切られた。

 親友のかのんも知らないと言うことは……やっぱり……って、うわぁ!!


 足元に猫がすり寄る感覚が有ったので驚いてしまった。何だ!……和室で何か有ったのか?


 俺は和室に行くと全景用のカメラが倒れていた。わらしがその前で泣いている……


「どうしたわらし、何があった?」


 彼は泣きながらカメラを指さした。そしてスッと姿を消してしまう。


「おい! どうした? 大丈夫かわらし!」


 俺は慌ててメモリーカードを抜いてパソコンで内容を確認する。すると……


 今日の午後に撮られたデータがあった。俺は撮ってない。何者かがカメラを作動させたのかもしれない。


 俺は動画の内容を確認した。


 これは……

 

 同時にスマホが鳴った。大輝先輩から電話だった。


「月島、夜分にすまんな。今、大丈夫か?」

「ええ、大丈夫ですよ」


「知り合いから連絡があってな……うちの住所が晒されてるらしい。この後そっちに行って今後の事を話したいんだがいいか?」


 住所晒し……今後……嫌な予感しかしなかった。


「はい……大丈夫です。待ってます」


 そして通話が終わった。こんなにも一度にトラブルが起こるなんて……


 ◇ ◇ ◇


 1時間後、大輝先輩が神妙な面持ちで家にやって来る。


「おう、すまんな」

「いえ、こちらも迷惑をかけて申し訳ございません……どうぞ」


 先輩を居間に案内して茶を出した。

 俺も席につくと話しが始まる。


「電話の件だが、知人から住所がネット上に漏れてると聞いてな。賃貸契約を来月いっぱいで打ち切りたいんだ。あと家で撮った動画も消してほしい」


 やはりそう来たか……


「先輩のおっしゃることはごもっともです……その前に確認したいことが有ります」

「何だ?」


「住所……晒されてないんです。俺も慌てて検索したんですが……もしかしてその情報提供は中谷さんじゃないですか?」


「え? 晒されてない? それにどうして中谷を?」


 俺はテーブルの上でパソコンを開き画面を先輩に向けて見せた。

 住所で検索を掛けるがヒットしない。

 試しに匿名掲示板やSNSでも検索を掛けたが該当は無かった。


「どういうことだ?」


「中谷さんと零さんから婚約の進展について連絡が有りませんでしたか?」

「―――!何でそれを? ああ、有った」

「実は見て頂きたい映像があります」


 俺はパソコンで先輩にある二本の動画を見せた。


 先輩は食い入るように動画を見つめ、テーブルに思いっきり拳を打ち付けた。

 ガシャンと茶器が鳴った後、鬼の形相で俺を睨む。


「月島……ずっと黙っていたのか??」


 俺は先輩に向けて頭を下げた。


「申し訳ございませんでした! こんなお願いするの変ですが……最後に力を貸してください! 零を助けたいんです!! 零が助かるならチャンネルも消します!俺はどうなってもいいです! お願いします!!!」


 中谷と零の居場所が分からない俺にとって、零を助け出す頼みの綱は大輝先輩しかいない。彼にどう思われてもいい、何としてでも彼女を助けたい。脳裏で中谷の声を聴いて震え泣く彼女を思い出していた。


 玄関の呼び鈴がけたたましく鳴ったと思ったら戸が開いた。そして、かのんが飛び込んでくる。


「颯ちゃん! 零が居なくなったって!! ……お、お兄さん……」

「かのんちゃん……君も知っていたのかい?」


 俺の様子を見て何か悟ったかのんも素早く俺の隣に座って頭を下げた。


「ごめんなさい! 全部知ってます。そして零の気持ちも知ってます」


 先輩はテーブルに置いてあった茶を煽るように飲んで俺達を真っ直ぐ見て告げた


「二人とも頭を上げてくれ……知っている事全て話してくれ。それを聞いてからどうするか決める」


 秋虫の声が響く夜。俺はこれまでの事を包み隠さず説明したのであった。

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