Chapter26 奪還
―――ピンポン
とあるマンションのエントランス。
「先輩! お久しぶりです」
「中谷! 久しいな。近くまで来たから寄ってみた」
「ええどうぞ!中に入ってください」
その言葉に続き解錠された自動扉がゆっくりと開く。洗練された内装だ。エレベーターを乗り継ぎ長い廊下を歩くと一件の部屋の前にたどり着いた。大輝は部屋のインターホンを鳴らす。
すると、扉が開き長身の眼鏡をかけた男が出迎える。
中谷は笑顔で大輝を迎えたが……彼の後ろに居た二人の人影を見ると目つきが変わった。
「先輩いらっしゃい……そちらの二人は?」
「ああ、お前に紹介したくてな。零の幼馴染の浅草さんと俺の後輩の月島だ。一緒に入ってもいいか?」
軽く紹介された俺とかのんは軽く会釈する。
「……ええ。二人とも初めまして。みなさんどうぞ中へ。」
中谷は笑顔こそ崩れなかったが凍てつくような視線を俺に向け、三人を室内に案内した。
「散らかっててすみません。来月に海外に引っ越すもので」
部屋の中は引っ越しの荷物を纏めている最中の様でダンボールが積まれていた。しかしもう一人の住人姿が見えない。
「いや、忙しい時にすまなかったな。そう言えば……零はどうした? 久々だから会いたいんだが……」
「ええ、彼女体調が悪いみたいで、さっきやっと眠ったんです」
廊下を歩きリビングに到着するとソファを勧められた。
中谷は冷蔵庫からペットボトルの茶を持ってくると俺達に差し出す。
かのんがお手洗いを借りたいと申し出て説明を受け部屋を出て行った。
「中谷、急に来て悪かったな。確か来週の両家顔合わせの後二人は海外に移住するんだってな?」
「ええ、僕の仕事の関係で。彼女には不便をかけてしまいますが、精一杯ケアしますのでどうか安心してください」
中谷は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら嬉しそうに話す。
大輝先輩も穏やかに話を聞き頷くと答えた。
「その結婚だがな、反対させてもらう」
「―――は? 何言っているんですか!? 先輩」
「月島、見せてくれ」
先輩に静かに言われて俺はノートパソコンを取り出しとある映像を流した。
中谷は静かにこれを見ると、次第に顔が蒼くなってくる。中谷が和室で暴れている映像だった。一部始終映像が収められていた。丁度俺が殴られたシーンが流された。
「お前、月島とは初めましてと言っていたが会ってるな。俺ん家で」
「先輩これには理由が有って……」
遺影が落ちガラスが割れ中谷が出て行く映像が流れる。その後俺が押入れを開け零が泣きじゃくる所もうつされていた。それを見て中谷は苦虫を噛んだ顔をする。
「零が家に居たことは驚いたよ。月島と浅草さんから理由は聞いた。まぁ、人ん家でこれだけ暴れる男からは逃げたいわな?」
中谷はノートパソコンを奪い取ろうとするが……
「データはクラウド上に有るから壊しても無駄ですよ」
俺は静かに中谷を睨みながら告げた。この動画は彼にとって都合の悪いものだ。簡単に消させるわけには行かない。中谷はかのんの存在を思い出し立ち上がろうとするが、リビングの入口にはかのんと零が居た。
この光景を見て零は驚いているが……俺と目が合うと泣きそうにつぶやいた。
「颯太……何で来ちゃったの? 来たら邪魔されちゃう……」
ここに来てから満足に眠れなかったのだろう。彼女の目の下にはクマが刻まれていた。俺は彼女を安心させるために穏やかに微笑む。
「零、大丈夫だ。それは心配するな。俺の事守ってくれてありがとう。今度は俺が零を守る番だ。中谷さん、俺はどんなに妨害されても挫けませんよ。それに、どんな手段を使ってでも絶対に零を返してもらいます。彼女から自由も友達も仕事も奪わせない」
そして、パソコンに手を伸ばしもう一つ動画を再生する。そこにはいつもの昼間の和室の映像が映るが……急にカメラが倒れ、開いた襖の隙間から玄関が見えた。配達員を装った声が聞こえ、零が玄関の戸を伺うように開けた後に言い争う二人の声が聞こえた。
『 出てって!! 人呼ぶわよ!!』
この後、叩く音と悲鳴の後に頬を押さえた零が倒れ込む姿が映った。一緒に聞いていた零は怯えるようにかのんの服をぎゅっと掴む。
『酷いじゃないか。手紙だけ置いて勝手に出てって。……そういえば月島颯太、動画配信をしてるんだってな?』
『え……?』
『しかも最近注目されているらしいな? 彼の情報を流したらみんな喜ぶだろうなぁ? アンチなんて特に! みんな遊びに来てくれるぞ?』
『やめて! そんなことしないで!! 彼は関係ないでしょ? 邪魔しないで』
『関係あるよ。君を隠しているんだから!! いやなら僕と来い。来れば彼には何もしないよ』
この動画は零が居なくなった日の午後に撮られたものだった。これを見て中谷の顔は更に青くなる。誰が録画を始めたのかは分からない。機械の不具合か、ただの偶然か、幽霊のいたずらか……誰も知る
『……わかった。荷物取ってくる……』
『貴重品だけだ。三分で戻ってこい』
この後、荷物が入ったトートバッグを持った零が項垂れながら玄関を出て静かに戸が閉ざされた。
映像を止めると部屋は静まり返った。
「サイテー」
低い声に嫌悪を乗せてかのんが言い放った。
大輝さんがため息を吐いたあと淡々と話し出す。目は完全に冷たい。
「まさか住所を晒そうとしたのがお前本人だとは驚いたよ。それに俺に『晒されてる』って嘘まで言ったよな? ご丁寧に配信を辞めさせた方がいいとまでアドバイスまでして……」
「違うんです!先輩それはこいつが……」
中谷は言い訳を必死に並べようとするが、それを遮って大輝先輩は零に話しかけた。
「零、久しぶりだな。お前の気持ちを教えてくれ。中谷と一緒に添い遂げたいか? それとも婚約を破棄して帰るか?」
零は泣きそうになりながらも、先輩の目を見つめ願いを紡いだ
「彼と結婚したくない……おばあちゃん家に帰りたい……」
大輝先輩は「わかった」と静かに言うと鞄から一枚の書類を取り出す。
「悪いがお前に妹を託せない。婚約破棄させてもらう。理由はお前の零に対するDVだ。これに一筆サインしろ。零、お前もだ」
この書類は中谷の今までの行為を認め婚約破棄をすることを認める書面だ。更に今後一切俺達に接近しない誓約書も有る。零は大輝さんの隣に座り書面の内容を確認してサインをする。
「僕が悪いんじゃない! 彼女がコイツに浮気したから!!」
この期に及んで彼は自分の非を認めず零になすりつけようとした。俺はすかさずそれを否定する。
「俺と出会う前に零はあなたと別れを告げている。その原因は零から友達や仕事を取り上げたからだろう?」
「うるさい! お前の
「……子犬の様な彼女。かわいいね」
かのんが意味ありげなワードを言った途端部屋の中が静まり返った。中谷が驚き顔を青くして黙った。そして彼は助けを求める顔で先輩を見るが……
「中谷、信じていたのに……失望したよ。月島、零の荷物を運ぶのを手伝ってやってくれ頼んだぞ」
それを聞いて中谷はがっくりと肩を落とした。
俺はリュックを持ち零とかん三人で彼女の部屋へ向った。
「颯太……ごめんね……」
「もう大丈夫。零、一緒に家に帰ろう」
「……うん。ありがとう」
中谷を先輩に任せ俺達は零の荷物をまとめるのを手伝った。彼女が居た部屋は物が少なく持参したバック2つと書類ケース一箱に収まった。
リビングに戻ると先輩が書類を鞄に戻している所だった。こちらも無事纏った模様だ。
「今までありがとう。達者でな」
中谷は頷く気力も残っていないのか座ってテーブルを見つめている。
「お世話になりました。……部屋の荷物は捨ててください。お元気で、さようなら」
「さあ、これで終わった。行くぞ」
荷物を持ち、俺達は中谷のマンションを後にした。
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