Chapter15 背後

 残業を終え一人夕食を食べ終えた帰り道、冷房が効いた電車内からホームに降りっ立った俺はむわっとした暑さに包まれている。


 ああ……今日も熱帯夜か。


 こんな夜は心霊動画を見て背筋を凍らすに限る。


 スマホを見ると青山さんから数件メッセージが届いていた。最近の彼女は俺に仕事以外の話を聞いて来たり自分の身の上話が多い。多少ならコミュにケーションの範囲で済ませるのだが……多くない? 後で纏めて返事しよう。


 早く帰って涼しい部屋で動画を見よう……


 そう考えながトボトボと家路を辿る。駅からは俺と同じく疲れた人々がそれぞれの家へと向かい歩いて行くのだが通りを過ぎる度に人が減っていく。とうとう俺一人になったなと感じた時に違和感を覚えた。


 ―――コツコツコツ


 足音が多い……珍しい、同じ住宅街の人かなと思い振り向くが……姿が無い。

 驚いて止まってしまった。気のせいだろうか? 心霊を思うがあまり幻聴でも聞いたか?


 また歩き出すともう一つの足音も合わせて歩き出す。そして俺が止まるとその足音も止まった。


 これは……人に尾行されてる? はたまたリアル心霊?


 先日かのんに言われた言葉を思い出しハッとした。


『夜道は背後に気を付けろ』


 後者心霊だったら是非動画に納めたいのだが!? しかし、前者だったらどうしよう……気持ち悪いな。そんな中ふと『中谷零の元彼かもしれない』と考えが過ったので素直に家に帰るのを諦めた。


 警戒するに越したことない。


 だが、俺はただでは転ばんぞと、スマホを握り締めついて来る何者かにバレないように後方を撮影しながら歩いた。


 右折を繰り返し駅へと向かう。


 足音もついてきている。この調子だ正体を暴いてやる!

 俺は走らない程度に歩みを早めると追随する足音は小走りに走り出した。

 俺より小柄な人物か?と言う事は中谷ではない。悔しいが中谷は俺より長身でガタイがいい。


 俺はそのまま商店街に向かい歩き急に路地を曲がった。そして建物の影に身を潜めた。この後追跡者は俺を追うように慌てて走ってくるに違いない。俺はその人物を撮ろうとスマホを構えた。


 俺の読み通り何者かが走ってくる! ……その正体を見て驚いた。


 後輩の青山葉月だった。


 黒いリュックを背負い、白いひらひらとしたブラウスと黒いミニ丈のスカートを纏った彼女は何かを探すように辺りを見渡していた。そして駅に向かい走って行く。


 なぜ彼女が? 何か用事があれば話かければいいものを……ストーキングされてる??


 背中につうっと冷たい汗が流れ落ちる感覚が走った。今日はとにかく帰ろう。

 俺は後方を警戒しながら先ほどと違う道を通り家に向かった。


 ◇ ◇ ◇


「ただいまー」


 家に入り電気をつけると二階からタブレットを抱えた零が降りてきて「おかえり」と声を掛けてくれる。彼女はタオル生地のショートパンツとTシャツ姿だ。


 コスプレ姿も刺激的だったが、この姿も足に目が行ってしまうので気を付けなければ。


 しかし彼女の顔を見たら張りつめていた糸が切れて特大のため息を吐いてしまった。こんな時、一人ではないと認知すると安心感が広がった。よほど俺の顔がげっそりしていたのか、零が驚いて慌てて尋ねてきた


「どうしたの!? 顔色悪いよ……」

「いや……今日……」


 『後輩に後を付けられた』と話そうとして言葉を詰まらせてしまった。

 元彼の影に怯えている彼女に余計な心配をさせたくない。目を逸らして言葉を濁してしまう。


「忙しかったからさ……」


 そうだ……言わないでおこう。今日は何かの間違いだ。青山さんは偶然だったのかもしれない。逸らした目を再び彼女に戻すと零は澄んだ目で俺を覗き込んでいた。


「無理しちゃダメだよ? 私で良ければ聞くからね」


 そう言ってもらえるだけでもありがたい


「お、おう……ありがとな」


 俺は部屋に駆け込んだ。


 ◇ ◇ ◇


 風呂から上がって居間に行くと、険しい顔をした零が寝転びながらタブレットで何か見ている。


「何見てんの?」

「怖い動画を見てる……」


「え? 零はホラー少し苦手だった筈じゃ?」

「う~ん、苦手だと思ってたけど……意外と大丈夫かもしれない……きゃっ!!」


 零が驚いて思わずタブレットを手放した。

 俺は慌ててそれをキャッチして彼女を見ると……彼女はクッションに顔を埋めて震えている。刺激が強かったな。


「……顔! 顔が映ってた!!」

「顔?」


 そう言われて彼女が見ていた動画見てみた。


 俺が尊敬してやまない心霊動画配信者の物だった。零さん! お目が高い!!

 その動画の30秒ほど前をさかのぼりり再生してみると……薄暗い室内の扉の影から、女が顔を覗かせこちらを見ている映像が映った。しかし、映像の中の探索者はそれに気づいて居ないし、編集でも触れて居ない。


 普通の心霊動画なら編集で気付いて『お気付きだろうか?』のテロップとリプレイが入るのだが……絶対に編集で気づいているのに、全く触れないと言う心意気。痺れるッ!!


「おお! ホントだ! ガッツリ映っているのにえて触れないのが凄いよなぁ!」


 嬉しそうに話す俺を見た零は「冗談でしょ!?」と言わんばかりに眉をしかめて俺を見る。


「動画の解像度と画面の輝度を上げてみると見やすいぞ?」

「え? もっと怖くならない??」

「なるなる! イヤホンは必須で、1回目は素直に見て、2回目はコメント見ながら、コメントがタイムスタンプで指定してる箇所を見返すのも楽しいよ。マニアは画像の彩度を上げて異変を探したりするからな」


 零は目を丸くして驚く。


「すごい熱量……」


 それだけ好奇心を掻き立てるんですッ!!


「何で颯太は心霊動画が好きなの?」

「好奇心かな? ガキの頃から幽霊が見たくて、見る方法を探している内にのめり込んじまった」


「そういえば会いたい幽霊が居るって言ってたよね?」


 そう言われて、記憶の中に薄っすらと残る女性が微笑みかけるが……もうハッキリと顔を思い出せない。声も覚えていない。


「いるけど……秘密。今は猫達に囲まれてるって知れただけでも収穫かな?」


 俺はタブレットを零に渡すが、画面に触れて新しい動画が再生される。それを見て俺は驚きおののいてタブレットを手放してしまう。


「うわあっ!!!」


 画面には青山さんが……いや、彼女に似た雰囲気の女性が映し出されていた。

 タブレットをキャッチした零は驚いて動画を見るが眉をしかめる。


「どうしたの? 地雷系女子に何かされたの?」

「い、いやいやいや……じ、地雷系!?」


 ピンク、白、黒といったカラーのひらひらとした服を着ている。皆似たような髪型とメイクをしている。可愛いけど……先程の青山さんの行動の不気味さを思い出してしまった。


「そう、このファッションしてる子を地雷系女子って云うの……颯太わかり易過ぎるよ? えいっ! 白状しろ!」


 そう言って、新たな地雷系女子の動画を見せて彼女は不服そうに頬を膨らますのであった。


 ヒィッ! 言えませんッ!

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