Chapter 4 協力者
俺達は『スナックかのん』から各々荷物を持ち、歩き出した。
俺はパソコンの本体、かのんはディスプレイ、零はキーボードとマウス、
午前中とはいえ夏の日差しは容赦なく照りつけ、恋の季節を生きる蝉は騒がしい。「あつい!」と騒ぐかのんを和装の零が「おだまり、暑苦しい」と静かに
「あのお店って、かのんさんが経営しているの?」
「いんや、ママの店だよ。私はチーママ。会社の人誘って飲みに来てよ、サービスするから」
「かのんママは料理が上手で人気なんです。話も楽しいし。かのんは見ての通り親しみやすくて、気立てもいいからファンも多いんです。あと別界隈でも有名なので」
へ~!
しかし……別界隈とは? かのんは「にへへ」と笑い、なにかを誤魔化そうとする。そうこうしているうちに家に到着した。
「二人ともありがとう。麦茶飲んで涼んでください」
「「は~♪ 生き返るぅ~」」
なんで麦茶って……こんなに体に優しく染みて、うまいんだろう。
エアコンの前に俺とかのんは陣取りながら、麦茶を味わった。零も席について麦茶を一口飲み、かのんに話しかける。
「かのん、来てもらったついでにお願いが有るんだけど、聞いてもらっていい?」
「荷物を運べとかじゃなければいいよ。どうした?」
「月島さん、心霊系の映像を撮りたいの。それで、うちのおじいちゃんの骨董品の中に適したものが有ったら
その願いを聞くと、かのんは急に真顔になって俺を見た。
「へぇ……心霊動画ね。このご時世、フェイクも撮れるのに。そっちの方がバズるんじゃない?」
煽り聞くかのんに苛立ちよりも不気味さを感じ、俺は真剣に答えた。……いや、これは試されてる。包み隠さず真剣に答えないといけない気がした。
「……本物を撮りたい。もしこの家で撮ることが出来たら、探している霊に会えるような気がするから」
「本物は君が望むような物じゃないかもしれないよ? 会えるとも限らないし、つまらない動画に成るかもしれない。それでもいいの?」
「ああ、構わない」
そして焦点が俺から外れ背後を見ている。急に変わった彼女の空気に俺は息を呑む。背後に何か居るのか? 不安な時間が流れる。
零は彼女の変化も慣れている様で何ごとも無いように麦茶を飲む。かのんの焦点が俺に戻ってくる。すると彼女はあっけらかんと答えた。
「わかった。じゃあその前におじいちゃん達に挨拶するか」
俺達三人は和室の奥に有る仏間へと入る。仏壇に位牌は無く、挨拶する対象が居ないかもしれないが……気持ちだ。それぞれ線香を供えて静かに手を合わせた後、零は仏壇の隣に有る押入れを開けた。
「祖父は骨董品集めが好きだったのですが……いわゆる鑑定眼が無いので、開き直って変わった物や曰くつきの品を知人から譲り受けていたんです」
「ふふっ! こんな所に隠れてたのか」
押入れの中の内容量は多くないけど、古いダンボールや木箱が数多く入っていた。零は木箱を取り出すとかのんに渡して行く。
「かのんさんは霊感が有るの?」
「かのんでいいよ。そう、生霊も死霊も見えちゃうタイプなんだよね。よく苦労させられたよ」
彼女は「かっかっか!」と他人事のように笑いながら答える。
俺は幾度となく見える人に憧れたが、当人たち
「なんかごめん、俺の
「いいや、大丈夫。私に我儘言ったのは颯ちゃんじゃなくて、零だからね。まぁ、そんな我儘も貴重なんだけど……颯ちゃんは変な奴じゃないし信じてるよ。あ、その箱こっちね」
彼女はそうやって箱を厳選し最終的に幾つかの品々が机の上に残る。これが呪物……。
零が箱を開けて中身を取り出すと、レトロな抱っこ人形が出てきた。他には木彫りの動物像やお祖母さんが作ったらしい
「はい、二人に注意事項。バズりたいって事なんだけど。この品物達に敬意を払って大切に可愛がってあげてくださいっ! 後、揃えて欲しいものメモするから買ってきて。そして毎日お水と水食べ物を供える事。OK?」
「「OK」」
俺と零は真剣な眼差しで答えた。かのんは零に紙とペンを貰いメモをしながら彼女に説明している。
「うん、これで和室に
まさか、見える人からアドバイスまでもらえるとは! 早速この土日で撮影ができる!!
この後、零がお礼にと昼食を作ってくれた。三人で楽しく食事して満足したかのんはニコニコとして帰る準備をする。零がキッチンへ入ると、かのんが俺の腕を引っ張り廊下の端に引きずり込まれた。突然の事に驚いていると、彼女はこそこそと耳元で話し出す。
「颯ちゃん、出会って直ぐで申し訳ないんだけど、零の事よろしくね? 変わり者だけど誰にも分け隔てなく優しい自慢のマブなんだ。あの子、厄介なのに憑かれてるから……幽霊でも零でも何か困った事有ったら連絡頂戴。これIDね、よろ!」
彼女はそう言って俺に畳んだメモを押し付けてきた。受け取ると彼女は真剣な顔でビシッと敬礼する。俺は細かく縦に頷いて分かったと返事した。
零が憑かれている?
玄関でかのんを見送る時、零が何か入ったビニール袋と日傘をずいっとかのんに差し出した。かのんは不思議そうにそれを見つめる。
「今日はありがとう。これ家に帰ったら食べて。あと暑いから日傘使って」
「わあった! いつもありがとう! じゃーねー!!」
そう言ってかのんは日傘を差し、貰ったスポーツドリンクを飲みながら去って行った。
「零、かのんに呪物の事聞いてくれてありがとう。助かったよ」
「いえ、私も月島さんには無茶な事をお願いしているのでこれ位は……あとはコレを揃えるだけですけど……」
俺と零はかのんから渡されたメモを見て二人して首を傾げる。
「夕方、涼しく成ったら一緒に買に行こうか? 食料の買い出しもこれからでしょ?」
「はい! 助かります」
そうして夕方に食材と撮影に必要な品々を買いに出かけた。かのんが指定した品々が不可解なのだ。心霊に関係ないような物ばかり。何じゃこりゃ?
◇ ◇ ◇
夕食後、俺は撮影の準備を始める。
かのんに言われた通りの品々を部屋に供えた。そして呪物をテーブルの上に並べてカメラをセッティングする。そして部屋の全景を映すのにもう一つセットした。
寝る前にカメラを回そう!
準備が終り、満足していると開いていた襖からひょっこりと零が顔を出し俺に声を掛けた。
「月島さん、お布団二階に運んで貰えますか?」
「えっ!」
「だって、一階で撮影ですよね? 私の部屋の隣、空いてるから使ってください。片づけたので」
「お、おう。ありがとう」
確かにその提案は嬉しいが……彼女の寝室と距離が近づく事に焦りを感じた。初日に見たあんな姿の彼女が隣の部屋で寝ているんだぞ?
俺、男として見られていない? いやいや!
俺は彼女の言う通り布団を二階に上げる。二階は三部屋あり階段から向かって左は先輩たちが使っていた寝室、中央が零の部屋、右が新たに俺の部屋となる。
俺の部屋は6畳程の畳張りの和室だった。先輩たちの管理が良かったのか部屋自体はとても綺麗だ。エアコンも有り窓も有る。思いの
新生活に期待を
返事をすると零がひょっこりと顔を出す。
「颯太さん、お風呂湧いたからお先にどうぞ。あっ! 部屋の掃除は、月水金に部屋の扉開けたままにしてもらえればロボット掃除機走らせます。細かいものとか配線とか、掃除機に食べられないように気を付けて下さい。掃除いらない時は扉閉めて下さい。あと可燃ごみは火曜と金曜なので前日に一階の大きなゴミ箱に入れておいて下さい」
「お、おう。ありがとう! 分かった。お風呂は零が先に入りなよ、零が沸かしたんだし」
俺はややミニマリストだけど潔癖症ではない。思いやりのある言葉をかけたつもりだったが、彼女はそれを聞くと顔を赤くしてもじもじし始めた。
「え、恥ずかしい……」
なんで? 俺が眉をしかめて首を傾げると彼女は慌てて首を振って「分かりました!」と言って去って行った。俺まで恥ずかしくなるんですけど! 何?
暫くして、パソコンで昨日撮った動画を確認しようとしている時ノックされた。彼女は昨日と同じく浴衣を着ていた。風呂上がりの彼女から石鹸の良い香りがしたのでドキッとする。
「お風呂ありがとうございました。あの、これ……」
そう言って彼女は折りたたんだメモを俺に渡した。
「え、ありがとう。何これ?」
「あとで見て下さい。あと……残り湯飲まないで下さいね。……お休みなさい!」
そう言って彼女は自室に逃げるように去って行った。
……の、残り湯なんて飲まないよ! 何かに影響されてるぞ!? 俺を何だと……まぁ一応男として警戒はしてくれているのか。まぁ良かったような悲しいような。
しかし、このメモ何? まさか告白とかじゃないだろうな?
俺はそう思ってメモを開く。
Wi-Fi
ID:×××××
PASS:●●●●●
あああ……俺のバカ! 何を期待している。
でも、これ使っていいって事?
電気水道代込みで家賃月三万。しかもWi-Fi付、ここら辺の相場からしたら破格だ。こんな高待遇だと罪悪感が湧いてくる……先輩夫婦に何かお礼しよう。とりあえずパソコンにWi-Fiを登録してキリがいい所で風呂に入ろう。
それが間違いだった。
無事Wi-Fiを登録して昨日撮った映像を見ていたら最後に彼女の着崩れた浴衣姿を見てしまった。脳が瞬時に石鹸の香りを思い出す。どうしよう、この後彼女が入った風呂入るんだけど。
俺は心を無にして、湯に浸かった。
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