Chapter 5 異変 

 翌日の日曜日、空は清々すがすがしい程の晴天。そんな空とは正反対に俺は罪悪感を抱えながら起きた。


 ―――ばたん、ばたん……


 何だろう隣の部屋が騒がしい。まあ、昼近いからいいんだけど。俺は一階に行こうと廊下に出たら零が部屋で何かしていた。

 ガラス戸と窓が開いていて、爽やかな風が吹き込んで来る。黙って通り過ぎるのも変なので「おはよう」と声を掛けた。ガラス戸が開いていたから部屋も覗いてしまった。


 彼女はブルーのハーフパンツと白のシャツを着ていた。左胸には『佐倉』と小さい手書きの名札が縫い付けてある。髪をお団子に結い、眼鏡をかけて学習机にパソコンを設置していた。目が合うとお互いの時が止まった。


 大きく育ったんだな……


 いや!『育ったんだな』じゃないんだよ! 俺は昨晩の罪を思い出す。それと同時に彼女も顔を赤くして慌ててガラス戸をぴしゃりと閉じた。


「ごめん!」


 俺は咄嗟とっさに謝ると彼女は10cm程ガラス戸を開けて覗いてくる。隙間から見える顔は真っ赤だった。どうやら見られたくない姿だったのかもしれない。


 でもこの戸は擦りガラスだから完全に彼女の姿を隠せていない訳で……彼女はその事に気付けていない。擦りガラス越しに見える姿が余計に悩ましい。……などと不埒ふらちな事を考えていると零が口を開いた。


「お、おはよう。うるさくてごめんなさい」

「いや、大丈夫。パソコンの設置手伝おうか?」


 それを聞くと彼女は目を見開きぶんぶんと首を振る


「大丈夫!もう終わる所だから!!キッチンに食パン有るから焼いて食べて!」


 そう言って再びガラス戸は閉ざされた。

 はー……またレアな姿を見てしまった。ごちそう様です。


 ◇ ◇ ◇


 俺は一階に降りると真っ先に和室のお供え物を取り換えた。仏壇からは線香の香りがする……零が供えたんだろう。俺もこれからお世話になるし、お線香供えるか。


 キッチンに置かれたダイニングテーブルでトーストをかじりながら、昨夜撮られた映像を確認する。一つはメモリーカードをパソコンに読みこまないと視られないので、スマホで撮った物を確認していた。テーブルに置いた呪物達の映像だけど……特に大きな動きは無いな。心霊動画を上げる先輩たちはいつもこのように動画を確認して異変を探すのか……これは大変だ。


 コーヒーを飲みながらイヤホンを付けて動画を確認していた。

 数点、気になる所が有ったのだ。

 動きは無いが音が聞こえる。『チリンチリン』という鈴の音と『カリカリ……』という音、『ぴちゃぴちゃ』という水音、そして『ガサッガサッ』と擦れる音だ。何だろうこの音は。二階の音にしては音が近い。和室の音だろう。


 もう一台のカメラチェックしてみるかな? そう考えた時、視界の端に白い物が動いたのでハッとして顔を上げたら、肩からバスタオルを羽織った零だった。体操服姿を隠したかったのだろう。


「どうしたの?」

「その、汗かいたからシャワー浴びようと思って……」

「あ、ああそうか……」


 風呂はキッチンを通って奥だ。どうしても俺の前を通らないといけない。俺は気まずそうに風呂場へと消えて行った彼女を見送る。そしてシャワーの音が聞こえてきた。いかん煩悩が。俺は皿とカップを洗い二階へ退散した。


 ◇ ◇ ◇


 二階の部屋でパソコンを使いメモリーカードに記録されている和室の全景を確認した。

 スマホに異音が記録された時間帯を確認すると、こちらにも音が入っていた。ぴちゃぴちゃという水音も有る。


 というかこれ…俺はパソコンをとヘッドホンを持って一階に降りた。

 リビングでシャワーを浴び終え浴衣を着た零が麦茶を飲んで涼んでいた。お祭りでよく見る帯が太い浴衣だ。こっちまで涼を分けて貰えた気分だ。


「零、見てもらいたい物が有るんだけどいいか?」

「いいですよ。どうしました?」

「この音なんだけど」


 そう言って彼女の頭にヘッドホンを装着する。彼女は集中して音声を聞きながら動画を注視するが、だんだんと首を傾げる。そしてだんだんと眉毛が困って口元が猫のようにωオメガ型になった。

 彼女は静かにヘッドホンを外すともう一度首を傾げて、そのまま俺のパソコンで検索をかけてある動画を表示した。ヘッドホンのジャックを外して俺にパソコンの画面を向ける。


「これに似てませんか?」


 そう言って彼女は動画を再生する。


 するとそこに映っていたのは、猫が魚型のぬいぐるみを抱えて寝転びながらキックする動画だった。ざっざっと摩擦する音が似ている。


 ねこ……猫……


 昔、実家で飼っていた猫たちの記憶が頭を駆け巡る。


「ああっ! 思い出した!!」


 俺はそのまま動画サイトを開き、猫の動画を検索する。

 カリカリと響く音は猫が餌を食べる音にそっくりだった。

 水音は猫が水を飲む音そっくり。鈴の音は首輪の鈴か?


 ふたりでそれを見て導き出した結論は


「「猫の幽霊?」」


 零に動画の一部を切り取ってもらい、それをかのんに送った。

 二人でトーク画面を見守ると、すぐに既読が付き電話がかかってきた。スピーカーにして通話に応答する。


「キャーはっはっはっはっ! 撮れてるねーっ!!!」


 割れんばかりの大声が聞こえ、二人とものけぞった。彼女は笑いのツボにはまっていた。「あー! 苦しー!!」など言っているので腹筋が大忙しのようだ。


「かのん、詳しく説明して」


 零が話しかけると、かのんはヒーヒー言いながら白状した。


「だって! 昨日、颯ちゃんの周りに猫の霊がたくさんいたんだよ。歩くキャットタワー!!!」


 歩くキャットタワーって……だから昨日彼女はいきなり笑い出したのか。それで癒し系とか可愛いとか……もやもやが解消されて良かった。


「守護霊に聞いたら、颯ちゃんの飼い猫らしくてさ! 憑いてきちゃったんだって!!」

「クロ、シロ、ミケ、サビ、サバ?」


 俺は思い当たる我が家の飼い猫の名前を呼ぶとひじの辺りをもふっとした毛並みで撫でられた気がした。驚いて肘を見るが、もちろんそこには何もいない。驚いていると電話から笑い声が響いてくる。


「ひゃー!!! 正解みたいだよ。みんな鳴いてる! 可愛いっ!! いいなっ!! げほっごほっ!!」


 かのんはとうとうむせはじめた。この笑い上戸じょうご大丈夫か!?


「でも、もう一人はまだ映っていないみたいだから頑張れ~。じゃーね!」


 そう言って彼女は通話を切った。


 もう一人だと? 重要な事言って電話切ったんだけど! あの子!!


 若干引き気味の俺に対して、零は目を輝かせて俺の周りを嬉しそうにきょろきょろ見ている。……ね、猫を探している!


 しかし、俺に愛猫あいびょうが憑いてるとは。

 彼らの事を思い出すと、それはとても嬉しい。子供の頃、嬉しい時も悲しい時も傍にいてくれた存在だ。


 ありがたいけど……俺が求めていたホラーと違うなぁ……。


 テーブルに肘をついて頭を抱えた。

 零が俺の肩をポンと叩く。慰めてくれるのか?


「ネコ、撮りましょう!」


 すっごい嬉しそうにニコニコしてる。ホラーじゃなくてモフモフって……でもペットチャンネルも人気だし……考えようによっては需要有るのか?……仕方ない、何事も挑戦だ。


「うん、しばらく挑戦するよ」

「やったー! あとで猫の写真見せて下さいね!」


 彼女は嬉しそうに鼻歌を歌いながら和室に行ってしまった。

 ……あ~。だから……かのんは『煮干しを供えろ』と言ったのか。


 はかられた!

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