chapter 3 笑い女

 ―――ピンポン


 聞き慣れない呼び鈴の後に『宅配便でーす』と明るい声が聞こえて目が覚めた。


(そうだ。荷物を受け取らなくては……)


 のそりと起き上がりふすまを開けて玄関に向かう。そこには既にダンボールが三箱積まれて伝票にサインをする和装の美女が居た。サインされた伝票を持ち、配達員の兄ちゃんは爽やかに去っていく。

 寝起きの俺は和装の美女……零に礼を言う。


「おはようございます。……荷物の受取ありがとうございました」


 俺に気付いた彼女は振り向くと眼鏡をかけていた。


 和服眼鏡女子!


 普段なかなか見る機会が無いから新鮮である。俺に気付いた彼女はダンボールの上に優しく手を添えて話す。


「おはようございます。荷物、あとはよろしくお願いします。朝ご飯食べますか?」


 ◇ ◇ ◇


「いつも和装なんですか?」


 トーストをかじりながら疑問を投げかけた。和装派の子なのだろうか? 中々レアだ。しかし彼女の答えは意外なものだった。


「逃げてくるときに服を持って来て無いんです。ここに残っていた高校ジャージを着る訳にも行かないし……これは祖母が着てた着物です。あの……月島さん、敬語じゃなくていいですよ? 年上なんですし」


 いきなりの提案にむせそうになった俺は慌ててコーヒーを流し込んだ。

 彼女は俺より2つ年下だ。本人から許可が出たなら遠慮なく。


「じゃあ、タメ口で。着のみ着のままで逃げてきたの?」

「はい、貴重品と仕事道具だけを彼が仕事中に運び出したので、コンタクトも忘れて最悪です。偶然昔使ってた眼鏡が机に入ってたから良かったけど、度が合ってないなぁ……」


 そう言って彼女は眼鏡に手を添えて目を細めて遠くを見ている。確かにその眼鏡は一昔前に流行ったデザインだった。


 昨日、彼女が目を細めて睨んでいた原因は近視の為か……理由を知ってホッとした。


「荷物取りに帰らないの?」

「帰りたいけど、見つかったら監禁されます」


 さらりと『監禁』というワードが出て来て息を呑んだ。彼女の目に影が落ちる。……監禁とは穏やかじゃない。

 俺はパンをかじって少し考えた後尋ねてみた。


「彼とは何で別れたの?」


 踏み込んだ質問かとも思ったけど……ボディーガードをする以上原因は聞いておきたかった。彼女は話すのを躊躇ためらいながらも何かを諦めたかのように、ため息を吐いて話し出した。


「束縛が酷くて……同棲するまで全然気づけませんでした。電話帳も男の名前は全部消すし、女友達に会う時も干渉し始めたから苦しくなっちゃって、結婚の話が出たので『別れる』って、手紙を置いて出てきました。」


 うわぁ……本当にいるんだ束縛男。俺も束縛されるのは苦手だ。常に何かを見張られ疑われているのはしんどい。俺の100年の恋も冷めてしまう……確かにそんな奴に対して彼女ひとりでは危ない予感がする。


「都市伝説だと思ったけど居るんだな、そんな奴」

「願わくば伝説であって欲しかったです……」


 彼女はマグカップを両手で持ち重苦しい空気を飲み込むように、静かにコーヒーを飲み込んだ。

 カップをテーブルに置くと彼女は何か覚悟したかのように俺をまっすぐ見る。俺もその空気に身構えてしまった。


「それでお願いがあります」

「お願い?」


「この後、友達の店に預けてある商売道具を取りに行きたいんですけど。手伝って頂いてもいいですか? 一人じゃ持ちきれなくて」

「……っなんだ! いいけど」


 なんだ!そんな事か!!重い話の後だしそんな空気で話すからビビってしまった。荷物運ぶくらいもっと気軽に言ってくれればいいのに。俺が快諾すると彼女は顔を輝かせた。


「助かります! 友達に連絡してきますね」


 そう言って彼女は電話の子機を手に取り電話をし始めた。固定電話って会社以外で久々に見たな。


 ◇ ◇ ◇


 俺と零は歩いて10分程の、駅近くの雑居ビルに辿り着く。そして彼女は迷うことなく進みある店の前に立った。


【スナックかのん】


 年季ねんきの入ったレトロな看板が見えた。

 スナックは上司に連れて行ってもらったことが有るけど、未だに敷居が高く感じられて入りづらい。そんな俺を置いて彼女は扉を開ける。カランカランとドアベルが鳴る。


「かのーん!来たよー」


 零が叫ぶとカウンターの奥から零とは対称的な金髪ショートの女性が現れた。

 生足が拝めるダメージジーンズを履きオーバーサイズのTシャツを着ている。俗にいうギャルだ。彼女は俺を見た途端……


「ぶっ!!! 可愛い!!!」


 え~? 初対面のギャルに笑われてしまった。


 そんな可愛い格好だろうか? 黒のハーフパンツに白Tとキャップ。フランクだが……こんな格好の男ごまんといるだろう。

 零も眉をしかめて彼女と俺をきょろきょろと見る。


「かのんタイプなの?」

「ひゃーーーっ!! ごめんごめん。タイプじゃない!」


 タイプじゃない。ハイ、俺残念。


「いきなり噴き出してごめんなさいっひっひ……。彼がボディーガードね。癒し系かよ! ふふっ!」


 彼女は笑いのツボにはまってしまっているようで謝罪が笑いでかき消されている。俺のどこに癒し要素が……? そんな彼女を零は呆れた目で見ながら紹介を始めた。


「月島さん、ごめんなさい。この笑い上戸じょうごは親友の『浅草あさくさかのん』小学校からの付き合いなんです。かのん!この人は月島颯太さん。お兄ちゃんの会社の後輩で私のボディーガード。聞いてる??」


 かのんは「分かった」と右手を挙げ左手で腹筋を落ち着かせようと腹を押さえる。それでもぴくぴくと背中が揺れている。


「はー……苦しかった。ホントごめんね! 颯ちゃん。改めまして零のマブの『かのん』です。よろしく」


 颯ちゃん!! ギャルの距離感よ!! みんなそうなの?? 嫌いではない。


「時々かのんの店に避難してたんです。後、荷物も預けてあって……長らくごめんね。助かった」

「いいよいいよ。あれ持って帰るんでしょ?二人で持てる?」

「持てる訳無いじゃん。かのんも手伝ってよ」


「「え?」」


 思いもよらぬ零の返しに、俺とかのんさんはポカンとすることしか出来なかった。

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