3か月の恋

サクライアキラ

本編

 もうすぐ彼との関係が終わる。


 彼のことはずっと知っていた。それはもう私が生まれてすぐの頃から。


 私の憧れの存在だった。私にいつも優しい声を掛けてくれる。初めて会ったあの日のことを彼はおそらく覚えていないだろう。


 小さい私の手をぎゅっと握ってくれたあの感触は忘れられない。


 あれからすぐに彼はどこか遠くの方に行ってしまった。



 どうにか彼と会うために、私はひたすら努力した。


 その努力が実り、私はとうとう選ばれ彼と付き合うことになった。


 あれから3か月、私は彼との関係の終わりを確信していた。


 彼とは大学教授とその生徒という関係性だった。


 必死に教えてくれる彼にどんどん心が引かれていく私。


 ゼミの合宿で告白したとき、大学の屋上でキスしたとき、彼の自宅に呼ばれたとき、全てが大切な思い出として心に刻まれている。


「君はこれからちゃんと恋をする。そしたら僕なんかよりももっと良い人に出会えるはずだ」


 そう言って、結局彼は私に手を出してはくれなかった。彼には奥さんも、私と同じくらいの娘もいたからだ。彼はとても誠実な人間だった。



 最後の日、私は彼を抱きしめた。


 私が「はなさないで」と言えば、彼は優しい言葉を掛けてくれるだろうが、それで関係は終わってしまう。


 どうしても言いたくない。


 彼を見ると、それは悲しそうでもあり、うれしそうでもあり、様々な感情が入り混じったそれは素晴らしい泣き顔だった。


 私は彼のその顔を無駄にすることなどできるわけがなかった。



「はなさないで」



 私は覚悟を決めてそう言った。彼はぎゅっと私を強く抱きしめてくれた。



「はい、カットー。これでオールアップです!戸波桃香役の花崎きららさん、岡田陽介役の横川翔太さん、お疲れ様でした」


 私が長い間夢見た憧れの人気俳優、横川翔太との共演は終わった。


「きららちゃん、3か月お疲れ様。ありがとう」


 彼はそう言って大きな花束をくれた。


 それはあまりにも短い、たった1クール、3か月の恋だった。

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3か月の恋 サクライアキラ @Sakurai_Akira

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