エピローグ

喧騒から帰りて、これからの探求

 俺と美咲が紅葉を見ている中、二人のスマホが鳴った。また全体連絡で、予定にはなかったけれど旅館近くに花火許可のできる公園を見つけたから、皆でやろうとのメッセージだった。俺と美咲は顔を見合わせてお互いに頷くと、それぞれの宿泊室に向かうことにした。部屋ではちょうど皆、浴衣から外着に着替えているところで、俺も皆に続いて浴衣を脱いだ。男女全員参加することにしたらしく、阿方先輩から井上や金元まで、部員全員で目的の公園に向かう。途中、コンビニに寄って手持ち花火と処理用の簡易バケツを買って、皆で花火の用意をした。公園までは旅館から歩いて十五分くらいの距離で、旅館の外出許可は深夜0時までなので時間は余裕だった。手持ち花火なんて、いつ以来だろう。自分の場合、高校生の文化祭の時に友達とやっただかそのくらいからやってないんじゃないか。美咲はと言うと、手持ち花火はまだしも、線香花火の火の付け方が分かっていないところを見ると、こうして外で手持ち花火をするということ自体、あまり経験がなかったらしく、一緒に線香花火を灯した。俺も久しぶりだし、俺も美咲も最初はボトボトと火をつけた瞬間に火を落としてしまったが、三本目くらいになると火が段々と丸く大きくなり、最後には重さで落ちるところまでいった。途中、鹿田さんが「部員全員で誰が一番灯せるかやってみましょうよ」と言うので、皆で一斉に線香花火に火をつけた。俺と美咲は五番目だか六番目くらいの順位で、最後まで残ったのは阿方先輩と金元だった。金元は、俺が今まで見たことのないような調子で集中して線香花火を灯していたが、遂に阿方先輩よりも早く、ポトリと火が落ちた。金元は「あー」と心底悔しそうな声をあげ、そんな金元に対し阿方先輩は「まだまだだな」と不敵に笑った。

 残りの手持ち花火で何本かずつ遊んだ後、「飛ぶ鳥跡を濁さずだ」と、野々村先輩にハキハキと指示される中、しっかり全員で後片付けを綺麗に済ませてから、旅館に戻った。旅館に戻った頃はもう午後十一時を超えており、明日は十時にチェックアウトと朝も早いので、男子部屋に戻った俺や金元を含めた運転手組はさっさと寝る準備を済ませて布団に入った。他の部員はまた温泉に入ったり、読書をしたりと他のメンバーを邪魔しない程度に好きに過ごしたようだった。

 俺が朝起きると午前六時で、部屋にいた他の部員はまだぐっすりと寝ていたものだから、せっかくだし俺ももう一回温泉入るか、と朝風呂に向かった。朝だというのに、他の客含めて五人程の人数が男湯にはいて、その中に阿方先輩もいた。


「阿方先輩、早いですね」


 俺が声をかけると、阿方先輩は少しだけ眠そうに手をあげて無言で返事を返した。


「普段から五時には起床している」

「すごいですね」


 俺、この人くらい健康的に生きたいわ。


「結城は起きたばかりか?」

「はい。俺はいつもより早めに起きましたけど、せっかくだしなと」

「そうか」


 阿方先輩は肩まで湯に浸かり、ふーっと息を吐いた。俺はそんな阿方先輩の横で同じように肩まで浸かり、阿方先輩を横目で見る。


「これもせっかくと言うことで聞きますが、野々村先輩とご結婚を決めたのっていつ頃ですか?」

「んー?」


 俺の質問に、阿方先輩は湯の中で腕を組み、目を瞑った。


「確か、去年の今頃には決めてたな」

「じゃあ今の俺くらいの時ってことですね」

「そうなる」

「すごいですね。俺はそこまで、考えられなかったから」


 阿方先輩は目を開けて俺を見ると、首を傾げた。


「何故過去形なんだ? 君と僕とでは立場も違う。僕はなんだかんだと、本でも稼ぎ始めたしな。ここだけの話、また次の書籍化も決まった」

「そうだったんですか。おめでとうございます。すごいですね……」


 書いた作品が何冊も本になって、大手コンサル会社に内定が決まって、更には学生のうちに結婚か。アグレッシブさが違いすぎる。


「そういう君も色々とやってると眞琴から聞いているが」

「おかげさまで。ただ、色々と運が重なった結果です」


 美咲が古宮さんに俺を引き合わせなければ、古宮さんから茉莉綾さんのことを頼まれることはなかったし、古宮さんの頼みがなければ片桐さんの店を知ることはなかった。店を知らなければそこでカメラマンをやるという選択肢もなかった。そしてそこで働いていたことでみわさんに脚本を依頼されることもなかったのかもしれない。

 阿方先輩はそんな俺の言葉に大きく頷いた。


「僕も一緒だ。たまたま僕の作品を目に留めてくれる出版業界の人がいて、たまたま僕が生涯を共にしても良いと思えた相手が近くにいた。内定も僕の実力が全てじゃない。当然、実力あってこそではあるが」

「阿方先輩もたまたま、ですか」

「ああ」


 阿方先輩は組んだ腕をおろすと、俺の肩に手を置いた。


「だからこそ、その運を疎かにしてはいけないと僕は思う。人の出会いは一期一会。どんな形であろうと、そこにうまれた関係は大事にしていくべきなんじゃないかな」

「確かに。言う通りかもしれません」

「君達には君達のペースがあるだろう。誰かの真似をすることはない」

「はい」

「では僕はそろそろあがる」


 阿方先輩は立ち上がると、タオルを腰に巻いて脱衣所へと向かって行った。

 ──君達、か。最初からあの人は、俺と美咲のことを心配してくれていたらしい。阿方先輩が湯から出てしばらくしてから、俺も体を洗い流して体を拭き、綺麗な服に着替えた。時計を見ると後少しで朝食の時間だった。朝食も夕食の時と同じ部屋でとってから、帰りの準備をしてチェックアウトをした。帰りの車では、行きとは違うメンバーにローテーションして、俺と美咲が同じ車になった。行きの話題には俺と美咲の話もあったが、帰りは専ら阿方先輩と野々村先輩の話題に皆興味津々だった。それも二人とも聞けば包み隠さず教えてくれるので、かなり盛り上がりながら気付けば最初のサービスエリアに到着し、途中で降ろされるのを望む部員を見送りながら、そのまま大学最寄駅に向かってそこでの解散となった。レンタルしたワゴン車は新島副部長と俺がそれぞれ返しに行くことになり、車を返してからは俺と新島副部長とで一緒に駅まで歩いた。


「結城、お疲れ様」

「新島さんもお疲れ様です。濃い二日間でしたね」

「ホントだよ」


 新島副部長は大きく溜息をついた。


「ま、その分楽しかったが。結城は金元とは結局何があったんだよ」

「まあそれは、色々と」

「言いたくなきゃ良いけどさ……」

「あれでチャラになったんで新島さんは気にしないで大丈夫ですよ」

「お前も思ってたよりめちゃくちゃするタイプだよな……」


 新島副部長は、自分の腹を撫で回した。色々と気を回させてしまったのは普通に申し訳ない。


「ご苦労かけます」

「しかし、俺らも幹部引退で就活かあ。実感湧かないなあ」

「結局、部長は井上ですか?」

「そうだな。副部長は今回もバリバリ働いてくれた鹿田と、現一年の長野ちょうのだし、あの二人がいれば何とかなるだろ」


 長野のことはあまり知らないが、鹿田さんなら確かに何も問題はなさそうだ。この旅行中も何だかんだと我が強い部員の多い文芸サークルの皆をちゃんとまとめて集団として動かしてくれたし。

 そんな話をしている間に駅に着き、俺と新島副部長では乗る路線が別だったのでそこで解散して、俺も家に戻った。二日ぶりの自分の部屋は流石に落ち着いた。俺は旅行の荷物の中から洗濯物だけ抜き出して洗濯機に放り込んでから、旅行前にちゃんと畳んだ布団を広げてその上に倒れた。スマホの通知が立て続けに届いたと思ったら、鹿田さんから旅行中に撮った写真が全体チャットに送られたところだった。旅館入り口の紅葉から、皆で卓球をしている様子、男子女子部屋のそれぞれの写真に、花火ではしゃいでいる美咲の写真もあった。そういや今回は自分はあまり写真を撮らなかったな、ということを思い出す。普通に旅行を満喫していた中で、こうしてちゃんとそれを記録してくれる人がいるというのは、撮られる立場になって改めてありがたいものだな、と感じた。俺はむくりと起き上がり、服を着替えた。旅行が終わってすぐだが、普段通り塾のバイトは入れていたので、そのまま仕事に向かわないといけない。少し早めだが着替え終わって、もう家を出ようかと思っていると美咲からの着信があった。


『もしもし、先輩? お疲れ様です。車大丈夫でした?』

「お疲れ様。うん、返して今もう家。まあこのままバイト行くんだけど」

『え、今日ですか?』


 美咲が驚いた調子で言った。


「うん、そう」

『休めば良かったのに』

「事前に連絡入れてないし、まあいけるだろ、と思ってたから」

『それじゃ仕方ないですね。気をつけて行ってくださいね』

「わかった。美咲は何か用事?」

『用事というわけでもないですが、先輩が大丈夫そうなら明日映画でもご一緒しようかと』


 美咲も結構元気じゃん。確かに忙しない二日間ではあったが、温泉でゆっくり休めたのも事実だし、大勢での外出とは言っても、茉莉綾さんやみわさん達と行ったあのプールの一日程の疲労もない。


「良いよ。行こう、あれだろ。今週公開始まって話題の奴」

『ですです。私もお昼まではバイトの予定なので、それが終わったらにしましょう』


 と、俺と美咲で次の日の予定を立ててから、俺はバイトに向かった。いつものようにバイトを終わらせて、また家に戻り、今度こそ布団に横になった。そこで改めて俺は、自分の将来のことを考えてしまった。もう好きに遊んでいた期間は終わり、俺も先輩達のように就活に励まなくてはならない。美咲との未来も考えた。昨夜、美咲に言われるまでこれからのことなんてほとんど考えたこともなかった自分を恥じる。阿方先輩達のようにとまではいかなくとも、何か目標を見据える大学を卒業すれば、今以上に否応なく将来をことを考えさせられることにはなるんだろう。

 俺はバイトに向かう電車の中、スマホで小説の原稿を開く。大学を卒業してサークルの部室に行かなくなると、自分用のパソコンがないと紙かスマホくらいしか書く手段がないので、どうするか考えないといけない。こういう細かいこともある意味将来の話か。小説を書くのは自分の感情の整理や自分の求める物語を得る為の手段だ。けれど、流石に阿方先輩のようにはまではいかないが、ありがたいことに自分の書いたものや、自分の表現したものを受け取ってくれる人もいる。これを仕事にと思える程、肝が据わってもいないけれど、きっと俺はずっと似たようなことを続けてはいくのだろうと思う。ひとまず俺はスマホの原稿に、来年の部誌に載せる作品でも書くかと指を動かした。

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