紅葉と温泉、これからの旅路②

 たこ焼き屋台に向かうと、既にたこ焼きを買って屋台のそばで立ち食いをしている美咲が待っていた。


「美咲!」


 俺は美咲に呼びかける。

 美咲は俺に気づくとと、口に入れたたこ焼きを飲み込んだ。


「あ、先輩。お疲れ様です」

「お疲れ。俺が運転すんのはこの後だけどな。美咲もだろ」


 サービスエリアでの休憩の後、俺と美咲がそれぞれドライバーの番になっている。美咲の運転するワゴンに、俺の運転するワゴンが追いかける形だ。


「はい。先導しますのでしっかりついて来てください」

「了解」


 ここまでもそうだったように、実際には間に他の車が入ったりはするだろうけど。


「美咲がここにいるって井上くんに聞いたんだけど、その時に俺が美咲と本当に付き合ってるのかって聞かれたよ」


 俺の言葉に、美咲は「あー」と言いながら、一瞬目を瞑った。


「車内でサービスエリアで何食べるかみたいな話になったのですが、その時に井上さんが、少しわずらわしかったもので」

「何が」

「良ければご一緒しませんか、と向こうが言うので、私は結城先輩と食べますと答えまして。その後、一年の後輩に先輩と私はよく一緒にいるけど付き合っているのかどうか聞かれたんですよね」

「それでイエスと答えたと」


 美咲はこくりと頷いた。


「です。阿方先輩が驚いていました。お前らそういう仲だったのか、と」


 阿方元部長か。あの人、別にサークルメンバーの人間関係に敏感な方じゃなさそうだしな。純粋に小説が上手いのは確かだ。具体的には、在学中に書いた短編集が書籍化したり、SF雑誌に寄稿した小説が受賞したりしている。部内の人間関係にはかなり疎かった。その辺りのフォローは専ら野々村先輩の管轄でもあったし、他の部員に言われたみたいに「もうとっくに付き合ってる」とすら思っていなかったかもしれない。


「宇内部長なんかは、どう見てもそうだったでしょ、と言っていたので、でも付き合うという形にすることを決めたのは最近です、と訂正はしました」

「そっか。俺の方も似たような感じ。美咲と付き合ってるって話した」

「それじゃあ、少なくとも今回の旅行に参加した全員、私と先輩は付き合ってると認識してるんですね」


 美咲は「なるほど」と大きく首を縦に振った。


「なあ、美咲」

「何でしょう」

「前に美咲も言ってたけど、今の感じだと正確には説明できてないわけだけど、それにはもう抵抗ない?」


 俺は美咲にそう尋ねた。美咲が俺の告白を受けなかったのは、自分には俺に対する恋愛感情がないから。だから二人の間では、色々な形を模索していたわけであるが。美咲は少し考え込む素振りをして、たこ焼きを一個口にした。それからその内の一個を串に刺してそのまま俺に差し出したので、一瞬戸惑いながらも「ありがとう」と口にしていただく。


「全然抵抗はありますが、よく考えたらことさら他人に説明することでもないんですよね、これ」


 貰ったたこ焼きを俺が頬張っている間に、美咲はそんな風に答えた。


「お互いに恋をしてお付き合いすることを決めたカップルだって、誰彼構わず馴れ初めを話したり、普段どんな風に接しているかを言うわけじゃないですし」

「まあ、そうだな」


 俺もさっき悩んだけれど、誰かと付き合っているだとかそういうことは、基本的にはめちゃくちゃプライベートなので、絶対に話をする必要はない。性事情についてなど尚更だ。


「ただ、皆の思う普通があって、それとは違うのに勝手にそう捉われるとムカつきますが」

「他人に自分を正確に捉えてもらうってのがそもそも無理なんじゃないか」


 美咲の話を聞きながら、俺はそう言う。俺が見学店でバイトをしている経緯を人に話したところで、全員が理解するだろうか。茉莉綾さんはストリッパーを目指しているが、それを聞いてその目標を皆が応援するだろうか。古宮さんは自分が気に入った人間とは誰とでもセックスをするけれど、それでも基本は相手を尊重していることを親しくない人が分かるだろうか。野々村先輩の地下アイドル狂いだって、見るひとが見ればくだらないものだと一蹴するものだ。ミサキの配信活動、アイドル活動だったり、みわさんの音声作品制作だったりをお遊びだと馬鹿にする人だっているだろう。


「そうですね」


 美咲も俺の言葉に頷く。


「先輩とか茉莉綾ちゃんとか、野々村先輩とか、そういう人にわかってもらえてるなら、良いって思えて来ました。とは言え納得いっているわけでも抵抗ないわけでもないですが」

「わかってるよ」

「ただ、さっき井上さんにされたような、面倒くさい話をブロックできるというのはある種の利点でもあると気が付きました」

「……そっか」


 同情できる立場ではないので口にはしないが、井上をちょっと可哀想に思った。


「先輩、とりあえず昼食なんか食べません?」

「たこ焼き食ってるじゃん」

「これは軽食です」


 美咲はまた串に刺したたこ焼きを俺に差し出した。刺し方が甘くて落ちそうになっていたので、俺は慌ててそれを咥える。恋人っぽいことは無理みたいなことを美咲は言っていたけど、美咲が俺を受け入れてくれたなら、俺はこういうのだけでも充分なんだけどな、というのを多分美咲はあまり分かっていない。

 結局、美咲が買ったたこ焼きをほとんど二人で分け合い、二人でラーメンを食べてから集合場所に戻った。今度は野々村先輩が美咲と同じ車になり、こっちの車では俺以外に運転免許を持っている金元が助手席に座った。こいつと隣というのも嫌だったが、仕方がない。車内では、前半と同じようにそれぞれ自分のトピックを話した後に自由に雑談をした。


「そういや聞いた。お前ら、はよくっつけやと思ってたけど、ちゃんとくっ付いたんだな」


 話の中で宇内部長がそんなことと言い、話題がまた俺と美咲の交際の話にもなった。他人の恋愛事情、そんなに気になるか? まあ気になるんだろうな。因みに井上もこちらの車だったので、少しだけ申し訳なさを感じつつも「おかげさまで」と俺は適当に濁して話を合わせた。宇内部長ともサークル内では普通に話す仲だし、作業後に飲みに行ったりもするけれど、聞かれてもいないのにわざわざ正確なことを言うような関係でもない。


「なあ、結城」


 金元が助手席で、俺だけに聞こえるくらいの小さな声で話しかけて来た。


「何だよ」

「ボクのこと殴ってくれて良いんだけどさ」

「運転中だから無理」

「そうだけど、そうじゃなくて。結局、美咲ちゃんとはその、どう? 夜」

「殴るどころか、殺されたいようだな」


 こいつの場合はデリカシーがないとかそういう問題じゃないんじゃないか? ──いや、以前にカラオケで話した時は、美咲のことを俺から聞いたのだった。その延長として聞かれたと考えると、俺にも責任はあるか。こいつとしても、一度は体を重ねた相手だから気になるというのもあるのかもしれない。美咲、俺とはしてないのにこいつとはしてるんだよな。でも俺が美咲とセックスをしてないのは、ラブホの時にも分かったように、口では抵抗はないと言いながら、あいつが積極的にセックスを望んでいるわけじゃないからだし。──ダメだ、理屈では色々と言えても単純にムカついてくる。やっぱり殴ってやろうか。


「お前に話す義理はない」


 頭の中をぐるぐると逡巡する考えを退けて、俺は金元にそれだけ伝える。金元も「ま、そうだな。すまん」とそれ以上、美咲の話をしては来なかった。高速から降りた後に途中、トイレ休憩を挟み、運転を金元に代わってからしばらくして、宿泊する旅館に到着した。


「うわー、良いですね」


 井上が窓の外を見て、感嘆の声をあげた。旅館に向かうまでの道には、見事に紅葉こうようした木々が並び、俺達を出迎えた。こうして秋になったことを視覚から見ると、後二か月ちょっとで今年も終わるのだな、という一抹の寂しさもうまれてくる。今年は色々あったな。色々あり過ぎたくらいだとも思うが、この紅葉も散りすぐに冬になり、こうしてまた来年の秋も迎える。来年のこの時期は、俺も就活を無事に終えている頃だと信じたいものである。

 旅館に着いてからは、男部屋と女部屋に分かれて自分達の荷物を置いた。鹿田さんがばっちり事前に旅館内の会議室を借りてくれたので、そこで普段学内活動でもやっているように各々最近読んだお勧めの書籍紹介と読書会を行った後、自由時間となった。会議室から解散するところで俺は美咲に声を掛けようとしたが、美咲が鹿田さんに話しかけられているのを見て、やめておいた。野々村先輩も言っていたが、一応は今回の旅行は部内の親交を深めることも目的だし、あいつはあいつで他の部員との交流を深める時間も必要だろう。


「よう、悠斗はると

「阿方先輩、お疲れ様です」


 俺は俺でどうしようか、と悩んでいると元部長の阿方先輩から声を掛けられた。


「聞いたぞ。美咲さんとのこと」

「ああ、そのことですか」


 色恋ごとには疎そうな阿方先輩だったが、この人も気にはなっていたのか。


「そんな仲だったのか? 僕にはそんな風には見えなかったんだが」

「そうですか?」


 俺の言葉に、阿方先輩は大きく頷いた。


「君がモラトリアム男子らしく、美咲さんの言動にあたふたしているのは分かっていたが」

「何ですかそれは」


 だが、間違ってはいないので否定しづらい。美咲がサークルに入る前から俺のことを知ってくれていたこと、それを知ってからは野々村先輩曰くニコイチと言われるくらいには美咲が俺の後ろをついて回ってきていたこと、彼女の名前が美咲みさきだったこと、そして毎日のように普段は物置くらいにしか使われていないサークル棟の部室で共に過ごしたこと。その一つ一つに俺は動揺と安堵の綯交ぜになった気持ちを持って、彼女に接していた。その気持ちは俺にとって間違いなく恋であり、気付けば美咲のやることなすこと何もかもを無視できなくなった。


「だが、美咲さんの方は君を好きと言うより、赤子が母親を求めるような姿にも見えたがな」


 阿方先輩は、そんなことを言った。


「どうしてそう思ったんですか?」

「あの子は誰かに自分を合わせるようなタイプじゃないだろう。我が道を行くタイプだ。その点、眞琴まことと似たタイプだな。実際、君についてまわってはいたが、君の行動に合わせているというより、部内ではそれしかすることがなかったようだった」


 眞琴というのは野々村先輩のことだ。この人、部内の人間関係には興味がないと思っていたが、もしかしたら誰よりも正確に物事を見ているからこそ、無関心を装っていただけなのかもしれない。そう思うほどに、阿方先輩の言うことは的を射ているように思った。


「実は、そうですね。本当に付き合っているわけじゃないんです」


 だとするなら、この人には本当のことを言っても良いように感じ、思わず俺はそう言った。


「ほう?」

「あいつは誰か好きな人がいるわけじゃないんです。でも、俺といる方が居心地が良い。だから他人に対しては付き合ってるってことにした方が良いんじゃないかって二人で最近決めたんです」

「なるほどな、興味深い」


 阿方先輩はくつくつと愉快そうに笑った。


「酒の席ででも、美咲さんにも詳しく聞いてみたいところだな」

「野々村先輩には全部話しましたよ。あの人には俺達二人ともお世話になったので」


 俺と美咲と同じと言うわけでもないが、就活を始める前の阿方先輩と野々村先輩も、しょっちゅう一緒にいたのを見ていたので、そんなことも口にしてしまった。


「そうか。じゃあ、尚更のこと、夕飯時が楽しみだな。君達の参考になるかもわからんが、少し話したいことがある」

「それ、野々村先輩も言ってたんですが、阿方先輩もですか?」

「そうだな。眞琴と同じ話だ」

「何なんですか?」


 こう何度も意味深に言われると気になって来てしまう。


「それはその時にな。どうする? 僕はこのまま、旅館を出て散策でもしようと他にも暇な奴、特に一二年に声をかけようとしていたところだが」

「ご一緒しますよ」

「そうか」


 俺の言葉に阿方先輩は頷いて、早足で他の部員のいるところにも足を運びに行く。長身で脚が長い為に気付くと間を離されてしまう。俺は慌てて彼の後について行った。

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