紅葉と温泉、これからの旅路①

 文芸サークルでの温泉旅行には、計十二名の参加が決まった。まず阿方あがた元部長と元副部長の野々村先輩、現部長の宇内うないさん、副部長の新島にいじまと井上の二人。それに俺と美咲。金元の野郎も来るそうだ。参加者は男子と女子でちょうど六名ずつだったので旅館の二部屋を予約して、学内イベント担当の鹿田しかださんを中心に旅行中のレクリエーションも企画された。移動は値段のことも含めグループチャット上で相談した上で、ワゴン車を二台レンタルすることになった。俺と美咲を含めた六名が免許持ちだったので、行きと帰り持ち回りで運転をする代わりに、運転手は参加費の負担を減らすことにした。因みにこの辺り、基本は野々村先輩が主導で決めていったが「もう自分は卒業するんだから、来年も盛り上げる為にちゃんと後輩も企画の仕方を経験しろ」と、参加する一二年生が野々村先輩に駆り出されていた。そういや俺も二年生の時に野々村先輩に部誌制作や学内イベントの回し方をうるさいほどにレクチャーされたな、などと思い出した。俺のバイトでの立ち回りなんかは、その辺りの経験も活きているかもしれない。野々村先輩に感謝である。あの分だとあの人、就職しても結構すぐに活躍できる気がめちゃくちゃする。就活中にも関わらず推し活にも全力を尽くしてたし、そもそもが本当にアグレッシブな人だしな。


 因みに運転手はクジで決め、俺と美咲は行きは別々の車になった。コインパーキングで昼飯を食べた後にメンバーをローテーションする予定なのだが、その時も俺と美咲は別々である。


 行きは最初、俺が乗る車の運転手は野々村先輩、助手席に俺が座った。他には同学年の新島にいじま副部長だけでなく、金元の野郎も同じ車になり、若干のイラつきを覚えるなどした。だがもうも済んだことだし、と深呼吸をして自分を落ち着かせた。

 車の中では、俺もあまり話したことのなかった後輩もいたので、改めて自己紹介も兼ねた各自発表をまずは行った。最近読んだ本や、それぞれサークル内でやった役割についての話などを話し合う場であるが、俺の番が来た時にはちゃっかり、みわさんと制作したシチュエーションボイスのURLをグループに送信して作品の宣伝をした。


「うお、この声優さん知ってる! すげぇ。結城先輩、会ったんですか!?」


 と、そんな風にめちゃくちゃ食い付いてくれたのは二年の鹿田しかださんである。口調は悪い女子だが、学内イベントの企画はこの子が担当でほぼ回しており、部誌制作の時も小さなトラブルでもあれば直ぐに対応し、印刷の発注数ミスに気付いたり、設営班でもないのに目を惹くポップを書いたりとかなり有能な後輩である。美咲と学部は違うが同学年なので、学内活動の時は美咲とよく話している様子も見る。


「俺は脚本書いただけで、後はみわさん……制作側に全部任せたから声優には会ってない」

「そうなんすか。でもすごいです。レビューも結構いい感じっすよ」

「うん」


 みわさんからも聞いていたが、売り上げもそれなりに上々らしい。それもあって、今も他に作品を手掛けているからすぐと言うわけではないが、また依頼をすると約束してくれた。


「君はいつの間に色々やってるな。その調子でサークルの仕事も頼みたかったが、言っても遅いか」


 運転をしながら、野々村先輩がそんなことを悔やんだ様子で口にした。


「寝取られ物か」


 金元がスマホを見ながら、ボソリとつぶやいたのを俺は聞き逃さなかった。


「何か文句ある?」

「え、圧が強い。いや、実体験とかも参考に──」

「は?」

「悪いって。他意はないんだって」


 俺に対する金元の場合、そっちの方がなお悪いのでは? ラーメン屋でバッタリ会ったあの一件以来、グループチャット以外では金元とほとんど話はしていない。ただ、あの時の去り際もそうだったが、金元は俺に対して少し親近感を覚えているようで、以前よりも少し馴れ馴れしい。


「あ、そういや前に付き合ってるって言ってた子はどうしたの」


 皆のいる前でそういう話をあんまりしてほしくはないんだけど。


「別れた」


 俺は金元に端的にそう伝えた。


「え、ごめん。ボクが不用意だった」

「いや、良い。別れること決めたのは俺だから」

「君は本当に色々やってるな……」


 俺の横でハンドルを握りながら、野々村先輩が今度は困ったように言った。そういやミサキのこと、野々村先輩に話すか悩んでたことあったな……。今となってはわざわざ言うことでもないだろう。


「まあ、詳しくは知らないが、それでなるようになったんだから結果オーライじゃないか?」

「そうですね」


 俺は頷いた。文芸同人誌即売会の後、俺と美咲は二人で決めたことを改めて野々村先輩には話していた。野々村先輩の就活が一段落した後、俺と美咲でアットシグマのライブに行ったことも話したりしたのだが、それで他の地下アイドルの話なんかもSNS上でよくするようになったし、多分今後も野々村先輩とは付き合いは続いて行きそうだったのもある。美咲からも、自分がまだ自認するか悩んでいる程度ではあるがいわゆるアセクシャルであることと、それでも俺と良い関係を築こうと模索している途中なのだということを話した。野々村先輩は、そんな俺達の話を何も突っ込むことなく聞いてくれ「そうか、二人仲良くな」と言ってくれた。その後「君たちの参考になるかわからんが、今度の旅行で自分も良い話を聞かせられるかもしれないから楽しみにしていてくれ」などと言っていて、少し気になっていた。どこで何を話してくれるつもりなんだろう。


「なるようになったって、どういうことっすか?」


 鹿田さんが不思議そうに尋ねた。サークルではよく話しているとは言え、美咲も流石に鹿田さんくらいの距離感だと何も言ってないのか。こういうプライベートなことはどこまで人に伝えるべきなのか悩む。とは言え、サークルメンバーはこれからも付き合っていく中だし、バイト先の人間とは違って俺のことも美咲のことも知っている。全く何も言わないというのもそれはそれで不自然な気はする。普通、共通の知人に交際を伝えるのは、既に相手がいるからそういうアプローチはかけてこないでね、みたいな暗黙の了解を取る意味もあると思うのだが、美咲の場合は未だ、俺に他に相手ができるならできても良いと考えている。ただ、俺は美咲に誰か別の奴がちょっかいをかけてくるのも嫌だ。金元みたいに。

 俺は改めて金元を睨む。


「な、何」

「美咲と付き合うことにした」


 色々と考えた結果、金元に改めて釘を刺す意味でもそう言うことにした。美咲からも、カノジョと呼んで良いという許可は得てるんだし。


「あ、そうなの? マジか! おめでとう!」


 金元は驚いた声で、しかし予想通りとでも言いたげな表情でそう言った。


「あたしは美咲さんと結城先輩はとっくに付き合ってるものと思ってました。だからさっき結城先輩が他の人と付き合ってたって聞いた時の方が驚きましたよ」


 鹿田さんがそんなことを言うと、それまで黙って聞いていた新島副部長も「俺もそう思ってた」と頷く。


「結城、逆に美咲ちゃんほっぽって他の女と付き合ってたの?」

「ボクもそれ思ってたんだよ。あー、こいつ実はやる奴なんだなーって」


 新島副部長の言葉に、金元が同調するような様子で俺を褒めるが、全然嬉しくない。


「金元と一緒にしないでくれる?」

「そうっすよ。金元先輩みたいなクズと結城先輩を一緒にしないでください」


 何故か鹿田さんが加勢してくれた。サンキュー。


「ボクはクズじゃないって。ただ、他の人より女の子が好きってだけ」

「それで他のサークル何本掛け持ちしてるの、君は?」


 新島副部長の問いに、金元が指を使って数え始めた。


「飲みサーを含めて五個です」

「逆によくそれ把握してるな」


 俺は思わず感嘆の声をあげた。金元がムカつく奴には違いないのだが、その胆力には素直に感服する。


「金元、君も良い文章書くんだから他のサークルも良いが、今日をきっかけにもっと色々書いてみたらどうだ?」


 野々村先輩にそう言われ、金元は少しだけたじろいだ。


「勘弁してください野々村さん。ボクも頼まれれば書くし、書きたい時も勝手に書きますから」

「宇内部長にも、来年就活が忙しくなるまでは金元からはしっかり文章絞り出させろよ、と自分からは言ってある」

「わーかった。わかりましたって。あー、ボクは飲み会参加できれば良かっただけなんだけど」


 そんな感じで車の中での会話は意外と弾み、サービスエリアに到着した。


「昼食は各々好きなように取ってくれ。集合時間までには事前に決めた通り、次に自分が乗るワゴンの方の前に集合!」

「了解」

「よし、一旦解散!」


 野々村先輩の号令に合わせ、皆ワゴン車から降りると、自由行動を開始した。俺はどうしたものかと考えていると、後ろから声をかけられた。


「結城先輩」


 俺はその声に振り向く。そこにいたのは、美咲が乗っていた方に一緒にいたはずの二年で副部長の井上だった。


「井上くんじゃん。どうしたの」

「えーっと、そのですね」


 井上はもじもじと体をくねらせながら、俺の目を見る。


「結城先輩、美咲さんと付き合ってるって本当ですか?」

「本当」


 俺は井上に即答した。美咲の奴は美咲の方で、俺との話になったのか。その上で俺とは付き合っていると説明するのを選んだらしい。嬉しいというよりも安堵の方が勝った。これ、事前にお互いをカレシカノジョと呼んで良いという取り決めをしてなかったら、あいつ何て答えてたんだろう、というのを考えるとちょっと怖かったせいだ。


「そうなんですね。そうかあ」


 井上は小さな声で残念そうに言う。俺に言っているというより独り言のトーンだ。もしかして、同学年の美咲に好意を抱いていたんだろうか。意外なところにライバルがいたもんだな、と俺は変に感心した。こういう時にあまり焦らずにいられることを考えると、美咲が他人に恋愛感情を向けることがないことを知っているのも、悪いことばかりではないかもしれない。いやでも、金元の件があるしな──。


「うん、そう。あ、そういや美咲は?」


 今度は井上に俺が尋ねると、彼はサービスエリア内のたこ焼き屋台を指差した。


「たこ焼きを食べるから結城先輩を見つけたら伝えておいてくれ、だそうです」


 自由だな。というか、井上が俺に話しかけたのはそれもあるのか。


「ありがとう。井上くんも一緒に行く?」


 俺が誘うと、井上は首を横に振った。


「あー、いえ。僕は僕で別のとこ見てきます」

「わかった。それじゃあまた」


 俺は井上に手を振って、美咲がいるというたこ焼き屋台に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る