水着と夏休み、これからの説明⑥

 決めた通りに、俺以外の全員のウォータースライダーの写真を俺が撮り、俺が落ちてくるところは、最初に滑った茉莉綾さんが撮影して、グループに共有してくれた。休憩スペースで三人と交代した美咲と桃子さんの滑り落ちる写真も撮り、無事に全員一人用のウォータースライダーを楽しんだ。皆、楽しそうにアトラクションを満喫して、次に一人用よりも高めから二人乗り用の浮輪ボートに乗って滑り落ちるタイプのウォータースライダーの方も全員が体験することを希望したので、またじゃんけんで待機組と、一緒に乗るペアを決めることにした。俺と桃子さん、みわさんと古宮さんがそれぞれペアになり、残る美咲と茉莉綾さんが待機後に俺と桃子さんと交代する流れ。


「結城くん、美咲ちゃんとじゃなくて良かったの?」


 並んでいる最中に、古宮さんが俺を気遣ってかそう聞いてくれた。


「皆で来てますし。それにあいつ曰く、あいつは都合のいい女だそうだから」


 俺は溜息をついた。そんな俺を見て、桃子さんが首を傾げる。


「それなんですけど、結局先輩さんと美咲ちゃんの仲ってどういうことなんですか?」


 そういえば、さっき二人の仲を説明しようとして中途半端になり、どうしても気になるんだとしたらその時話すと言ったんだった。


「美咲には聞かなかったの?」


 一人用のウォータースライダーに並んだ時、桃子さんと美咲は二人でいたから、その時に美咲に尋ねる時間はあっただろうと思い、俺はそう聞く。俺とのことは、美咲の個人的な問題が大きいから、あまり俺から説明するべきではない気がした。桃子さんは眉を潜めながら「一応」と答えた。


「みわと一緒だとは聞きました。恋愛感情がわからないって」

「あ、それは聞いたんだ」


 俺は少しだけホッとする。だとするなら、説明は多少しやすい。桃子さんの言葉を聞いて、古宮さんが得心したように頷いた。


「この間、わたしにAセクシャルの話聞いてたのってそのことだったんだ。あ、これわたし聞かない方がいいのかな」


 古宮さんがそんな風に言ったが、多分美咲は古宮さんにも特段隠すようなつもりはないんじゃないか。スマホを置いてきてしまったから美咲に確認する術がない。


「俺が美咲に言っとくんで、古宮さんからも美咲に俺から聞いたって言ってくれれば」

「わかった」


「あ、桃子が言ってたのは、ぼくもアロマアセクだからってことです」


 みわさんが手を挙げて補足した。


「それでぼくが美咲ちゃんに相談受けたんです。結城さんとどういう関係でいたら良いか」

「あいつ、そんな具体的に相談してたの?」


 俺も、美咲がみわさんに相談した内容まではあまりちゃんと聞いていない。


「大体そんな感じの趣旨のこと。それこそ結城さんは後で美咲ちゃんに聞いたら良い」


 それもそうか。とりあえず桃子さんが聞きたいのは、美咲との関係についてだ。けれど、俺もこれを一言で説明するのが難しい。それこそ、桃子さんのように便宜上カレシカノジョということにしてしまえば、説明は容易い。けれど、美咲がそれを了承していないから俺も勝手にそう説明はできない。特に親しくもない相手なら、ただの友達だとか親友だとか言っておけばそれで良い。実際そうなのだから。


「みわさんはそれ、美咲に何て答えたの?」


 桃子さんの質問の答えに窮し、俺はみわさんに聞いた。みわさんは思い出すように視線を上にする。


「そりゃ人それぞれとしか。アセクシャルだけの人なら恋人関係は持てる。恋愛感情はあるパターンはあるから」


 俺は頷く。その辺りの言葉は、俺も散々調べた。日本ではアセクシャルもアロマンティックも包括的にアセクシャルで括ることが多いようだし、他にはそうした傾向を持つことをまとめてAスペクトラムと言ったりもする。


「でも、アロマンティックなら恋愛感情はないから、二人で了承する関係性を築くしかない。ぼくはそれめんどくさいから恋人ですってことにしちゃってた。当然、相手には了承の上で」

「美咲はそれも嫌だって。パートナーって呼び方も嫌。だから、俺が一方的に好きなことを美咲が知っただけで、関係は変わらない」


 俺はみわさんの言葉に続けた。結局のところ、さっき俺が古宮さんに言った通り「今まで通り」なのだ。


「それで美咲ちゃんは結城くんの都合の良い女とか言ってたのね。美咲ちゃんらしいと言えばそうだけど」

「恋人みたいな距離感だけど、恋人ではないからか」


 古宮さんは納得したように、桃子さんは納得いかなさそうに言う。


「うーん、先輩さんは本当にそれで良いの?」


 同じことを、さっき茉莉綾さんに聞かれた。それは正直、俺もまだわからない。


「今はこれが良い」


 だから、茉莉綾さんに言ったのと同じように答えた。俺の納得と美咲の納得、その擦り合わせはまだしたいとして。


「美咲ちゃんは納得してないのかもね」


 みわさんがボソリと言った。どうなのだろう。俺の告白は流してくれた。勝手に好きなだけと言う話もした。それでお互いに一旦話のケリをつけた気ではいる。


「最終的に二人が話し合って決めることだからね」


 みわさんはそう言って、俺の方を見た。


「だからぼくもいつでも相手になるよ」

「あら、みわさん? だとするなら最初に相手するのはわたしよ」


 古宮さんが自分の胸を張って言う。なんだよ、その口調。桃子さんは頭を痛そうに抱えた。


「古宮さんはともかく、みわは別に先輩さんじゃなくても良いでしょ」

「そうだけど、こういうのは言っとくことに意味があるから」

「ねえ? 先輩さん、ホントに? ホントにこれで良い?」


 桃子さんはみわさんと古宮さんを指差した。


「この人達は美咲とは別問題というか……」

「ううん、一緒。先輩さんが美咲ちゃんとの関係をはっきりさせてれば、二人ともこういう馬鹿な話はしないわけだし」


 二人を前にしてはっきり馬鹿って言ったな。


「先輩さんの人間関係だから好きにしたら良いけど、あまりなあなあにし過ぎてると、そこにつけ込む人はいるってこと」


 それも古宮さん達を名指しで言うのはひどい言い草だが、桃子さんの言いたいことはわかった。当然、流石の古宮さんだって恋人がいる男にアプローチをかけたりはしない。古宮さんは美咲の内情は知らなかったけれど、以前も美咲と俺の関係を了承の上で俺を押し倒した。そんな話をしているうちに、俺と桃子さんが滑る順番になった。スタッフに二人が乗れる大きさの浮輪ボートを手渡され、ウォータースライダーのスタート地点まで二人で階段を登って行く。それで浮輪ボートの手すりにしっかりと捕まって、一人用の二倍はあるウォータースライダーを流れて行くというアトラクションだ。さっき古宮さんが俺と美咲で滑らなくて良かったのかと気を効かせようとしてくれたが、実際周りを見てみると、他の客層はカップルも多い。


「先輩さんも、このままで良いと思ってたりするんじゃないですか」


 桃子さんと浮輪ボートを二人で運んでいる最中、桃子さんがそんなことを言った。少しだけ、ミサキの言葉を久々に思い出した。俺は誰かと二人の関係を結ぶよりも、まだ遊んでいたいんだという言葉。


「否定はしない、かな」


 美咲との関係がはっきりすれば多少のモヤモヤは晴れる。けれど、今の関係が心地よいのはそれはそれで事実だ。


「あたしもさ、最近はみわと結構一緒にいるから、色々調べたりするんだよね。Aの人のパートナー関係について」

「そうなんだ」


 みわさんはコクリと頷く。


「みわは違うみたいだけど、パートナーとは別に、なんて言うの? パートナーがしたいと思っても相手できないから、パートナー関係をオープンにして別で関係を持つ人もいるみたい。たとえ二人が結婚してても」

「──ん」


 少し伏せ方が強くてわかりづらかったが、ニュアンスは伝わった。自分はパートナーにセックスを求めない代わりに、パートナーが外でセックスをすることを問わないという話だ。美咲が言っているのもこれと同じような話。そして、もしも自分を勘定に入れるなら、それはセフレという関係性になると強く言って譲らない。


「先輩さんがそういう関係でも良いって言うなら、美咲ちゃんもあの二人も満足するんじゃない?」

「それは──」


 美咲のことは好きだ。だから、俺は美咲以外とそういう関係を持つことをずっと避けていた。けれど、美咲が本来的にセックスを望まずにいて、美咲もそれを了承するのだから、俺は他の人との関係を持っても良いのではないか。桃子さんが言うのは、そういう話だ。そして何度か考えてみて美咲自身やはり、それを望んでいる節がある。古宮さんをけしかけたり、茉莉綾さんとの仲を進展させることを望んだり、少なくとも今の時点で美咲は自分以外との関係を、俺に結んでほしいと思っているのだとと思う。俺はあいつの望むことがしたいと思っている。だったら、その為に古宮さんとセックスしたり、みわさんと恋人関係になることは、ありなんじゃないか。


「確かにそういうのも選択肢の一つなのかもしれないけど」


 俺はミサキとの初めての夜を思い出す。あの後、俺がミサキと恋人になったのは彼女のことを、俺が好きだったからだ。けれど、それがあるからこそ俺はミサキとのセックスを続けたけれど、あの時に自分の欲望に任せるままだった気持ちは覚えている。他にも、久しぶりの自慰行為をしたあの時、美咲とのセックスを俺は望んだが、美咲がどう考えているかはどうでも良かった。ただ、欲望に任せてセックスをしたいだけだった。それは別に、否定されることでもないのかもしれない。けれど、その枷を簡単に外した時、俺は美咲との関係を続けていられるだろうか。


「俺、あいつに結構ひどいことしたしさ」


 子供みたいに逆ギレして、あいつとの仲を一方的に切った。それを美咲も寂しいと言っていた。そのことは、事実だ。あいつもひどいことしたんだから、お互い様ではあるのだけれど。


「俺からまた、ひどいことしたくないんだよな」


 俺は美咲が好きだ。だから、俺は美咲のことを大切にしたいし、その為には俺は美咲が許していることを言い訳にするべきじゃない。少なくとも、今の俺に対しては。

 桃子さんは「ふーん」と俺の言葉を流す。


「前にカラオケでも言ったけどさ。あたし、先輩さんには結構感謝してるんだよね」

「どういたしまして」

「うん。美咲ちゃんのことも知ってるし。だから、先輩さんには幸せになって欲しいな、とあたしは思うよ」

「ありがとう」


 そう他人に言ってもらえるのは、本当に幸福なことだと思う。話をするうちに階段を登り終わり、ウォータースライダーのスタート地点に着いた。改めてスタッフから注意事項を伝えられ、俺と桃子さんは浮輪ボートに乗り込む。脚と脚がくっつくくらいには狭いボートの中に二人で収まり、ボートの縁にある手すりをしっかりと掴む。


「ま、さっきの話は忘れてとりあえず楽しもう」

「そうだね」


 俺は桃子さんの言葉に頷いた。スタッフの合図と共に、ボートがチューブの中を滑り落ち始めた。ぐるぐるとボートは回転しながら、水に流され高速で滑り落ちて行く。桃子さんが楽しそうに悲鳴をあげているのに合わせて、俺も声を出して一緒に流される。ザバーン、と勢いよく浮輪ボートは水面にぶつかり、俺と桃子さんはびしょ濡れになって笑った。浮輪ボートをスタッフが回収し、水からあがって少し経った頃に、古宮さんとみわさんもザバーンと勢い良く水面にぶつかる。みわさんが軽いせいか、みわさんの乗る方からボートが転倒してひっくり返り、その様子を見てまた俺と桃子さんは笑った。

 四人でびしょびしょの体を震わせながら、休憩スペースに戻ると、美咲と茉莉綾さんが二人で何か話していた。


「あ、お帰り」


 茉莉綾さんが俺達が戻ってきたことに気付き、少し固めの表情で笑顔を作る。


「じゃあ私達も行きましょう」


 美咲が茉莉綾さんに呼び掛けると、茉莉綾さんは目を泳がせながら「そうだね」と頷き、俺達に手を振ってウォータースライダーに向かった。二人を待つ間に、俺と古宮さんで屋台に行き、ラーメンやたこ焼き、かき氷を買って、四人でお腹を満たした。かき氷を食べる間、二人もびしょびしょの満足そうな笑顔で帰ってきたので、二人の分の食事とかき氷も買いに行き、休憩スペースで涼みながら、皆で過ごした。俺はそこでまたスマホを取り出して、皆の様子を撮影した。もう皆も慣れたもので、俺がカメラを向けるとピースサインをしたり、古宮さんなんかは相変わらずに腕をあげて脇を見せたりしながら簡単なポーズを取ったりもするので、その写真も皆で見て笑った。日焼け止めもこまめに塗り直した方が良いと古宮さんと茉莉綾さんが言うので、文句を垂れるみわさんを桃子さんが宥めたりしながら、皆で日焼け止めを塗り直した。「次は私が塗りますよ」と美咲が言うので、俺の背中には美咲が日焼け止めクリームを塗り、「私にも塗ってください」と背中を出す美咲の様子に、いい加減慣れろよと自分に言い聞かせながらまたドギマギして、俺も美咲の背中にクリームを塗った。

 みわさんが最後にもう一度流れるプールに入りたいと言うので、余力の残っていたみわさん、茉莉綾さん、俺と桃子さんとでプールに向かった。帰りの運転がある古宮さんと美咲はしっかりと水分補給をして休憩し、四人がプールを上がったところで俺達は更衣室に戻り、着替えをして車に戻った。行きと同じように美咲と古宮さんの車で三人ずつに分かれ、帰る途中で夕方になったので、古宮さんがネットで調べたレストランに行き、夕食を食べた。そこで実質、お開きになり、古宮さんはみわさんと桃子さんの二人を車で送り、俺と茉莉綾さんは美咲に送られる形になる。疲れた頭でボーッと外を見ていると、見覚えのない建物の駐車場に車が入った。


「美咲? どうした? お手洗い? ってか、ここどこ」


 俺は辺りを見回す。スーパー等の商業施設ではなさそうだったが、どこの駐車場だ。


「ホテルです」


 俺の問いに、美咲はそう躊躇なく答えてエンジンを止める。


「──は?」

「っていうか、ラブホです」


 美咲は自分のシートベルトを外して運転席から後部座席に身を乗り出した。


「夜も遅いし、泊まって行きましょうよ。三人で」


 俺は隣に座る茉莉綾さんを見る。茉莉綾さんは唇をじっと噛み締めて膝に拳を置き、何も言わなかった。

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