水着と夏休み、これからの説明⑤

 日焼け止めクリームを塗ってしばらくして、古宮さんと美咲が戻って来た。ウォータースライダーの回数券を人数分。すぐに行くのではなく、体を慣らすのも兼ねてまずは流れるプールも楽しんでから、という話になった。みわさんは持ってきた浮き輪に空気を入れて、桃子さんに言われながら適度に準備運動をして、我先にとプールに入った。茉莉綾さんもそれに続く。


「先輩も行きましょう」


 と、俺も美咲に手を引かれた。

 そんな俺達を見て、古宮さんが「行ってきなー」と、みわさん達がいなくなったパラソルの下で横になった。荷物があるので、誰か見張りは必要だ。俺は古宮さんに任せ、美咲に手を引かれながら、一緒に流れるプールに入った。八月になり、夏の暑い日差しの中で入るプールは涼しく、波に身を任せるのは気持ちよかった。美咲は、一人スイスイと人混みを避けて先へ進んで行ったので、俺は溜息をつきながらそれを追いかけた。ただ、自分で来たいと言っていただけあり、その顔は楽しそうで俺もそれだけで嬉しくなる。そんな美咲だけでなく、浮き輪に乗って水に流されるみわさんや、みわさんの乗る浮き輪を掴んで進む桃子さんなどを見て、そういえばみわさんにも頼まれたのにまだ今日は写真を一度も撮ってないことに気づいた。

 美咲を追いかけながら流れるプールを一周したところで、俺は美咲の肩を叩いた。


「どうしました?」

「皆、普通に楽しそうだしスマホ取ってくる。写真撮るわ」


 美咲は俺の言葉に顔を輝かせて笑った。


「是非是非、お願いします。私待ってますので」

「わかった」


 俺はプールから上がり、古宮さん達が設営した休憩スペースに向かった。パラソルの下で古宮さんは涼んで待っているものかと思いきや、何やら三人組の男性グループと談笑していた。

 ──ナンパ? このご時世によくやる。ただ、主に話しているのは男性グループではなく古宮さんの方だったので、別に嫌がっているとかそういう様子はない。


「古宮さん、何やってるんですか」


 俺はとりあえず古宮さんのところまで歩いていき、談笑している中に割り込んだ。


「お、ツレだ。じゃあそんな感じ! 頑張れよ、若人諸君!」

「はい! ありがとうございました!」


 男性グループは何故か古宮さんに深めに頭を下げ、三人ではしゃぎながら去って行った。俺は休憩スペースのテントの中にある自分の荷物を漁り、その中からスマホを取り出す。


「さっきのは?」

「ナンパ」


 俺が尋ねると、あっけらかんとした様子で古宮さんは言った。


「君も気が利かないねえ。こういうのは、嫌がってるだろとか、俺の女に何すんだよとか、そういうのをやるシーンでしょうに」

「嫌がってなかったでしょうが」


 あんたが一番率先して喋ってるように見えたぞ。


「まさか逆ナン?」

「流石にわたしも皆で来といてそれはないよー」


 皆で来といてってことは、一人で来た場合はするんか。


「いやー、あの子ら多分、美咲ちゃんと同じかそれより下くらいなんだけどさ? 三人でひそひそ話した後、そのうちの一人がイキって、おねーさんおひとりですか、とか笑いながら聞いてきたのね」

「はあ」

「お前話しかけてみろよ、みたいな初々しいやり取りを男同士でして迷惑かけたんだろうなー、って。話しかけたのがわたしで良かったね、って言ってナンパの極意を教えた」


 いや、マジで何してるんだよ。


「ナンパの極意て」

「相手の気持ち無視で話し掛けても無意味。狙い目なのは困っている人だよね。落とし物をしたとか、ツレが迷子とか、小銭が足りなくなってるとか。夏のレジャー施設にはそんなの山ほどいるんだから。人に親切にして、下心をしまうの」

「それは古宮さんが親切ですね」


 いや、若い男の子にそういう話をするのが楽しかっただけかもだけど。


「その点、君はよくできてるよね」

「ナンパと一緒にしないでください」


 以前、金元に同類扱いされたことを思い出した。心外だ。


「ごめんごめん。結城くんの方はどうしたの?」

「せっかくだから皆の写真を撮ろうかと。あ、古宮さんもどうです?」


 俺は古宮さんにスマホのカメラを向けた。


「良い。セクシーに撮ってね」

「その水着ですし、古宮さんはどう撮ってもセクシーです」

「そういうとこだよねー」


 俺が言うと、古宮さんはうんうんと納得したように頷いた。なんだそれ、ムカつくな。

 俺は、パラソルの下で座って俺に目線を向けてポーズを取る古宮さんの写真を何枚か撮る。


「じゃあ、また撮る時は言うんで、嫌だったら言ってください」


 俺は休憩スペースから離れ、流れるプールの流れと逆方向にプールの縁近くを歩き、皆を探した。最初に見つけたのは、みわさんと桃子さんだった。さっき見た時は茉莉綾さんも一緒だったが、どこかに行っている。


「二人とも!」


 俺はみわさん達に手を振る。俺がスマホを構えると、二人とも流石に心得ていて、みわさんは両手でピースサインをした。桃子さんの方も、腰の辺りで控えめにピースサインを作る。俺がシャッターボタンを押した瞬間、みわさんがバランスを崩して頭からプールの中にぼちゃんと入った。こっちはこっちで何やってんだ。面白かったのでその様子もカメラにおさめる。


「大丈夫?」


 俺はスマホを一旦、防水ポーチの中にしまい、プールの中に入って二人のもとに近づいた。自分でいたみわさんが「ぷはあ」と目を丸くして浮上する。


「びっくりした」

「気をつけなよ」


 桃子さんが呆れたようにみわさんに手を差し伸べる。俺は二人の手を離れて流れて行きそうな浮き輪を掴んで、みわさんに渡した。


「結城さん、ありがとう」

「茉莉綾さんは?」


 俺が尋ねると、二人ともキョロキョロと辺りを見まわした。


「いないね」


 みわさんも気づいていなかったらしい。ぷかぷか浮いてただけだしな。


「そっか。集合時間ちゃんと決めとけば良かった。じゃあ二人とも、遅くても二十分後には休憩スペース集合で」

「はーい」

「先輩さん、了解」


 俺は二人に手を振ってまたプールから出ると、スマホを取り出して古宮さんにも集合時間を連絡した。そのままさっきと同じようにプール縁近くを歩き、茉莉綾さんと美咲を探す。茉莉綾さんは、辺りを見回しながら人混みを分けて泳いでいるのがすぐに見つかった。


「茉莉綾さん!」


 俺が声をかけると、茉莉綾さんも俺に気付いて笑顔で手を振った。俺はスマホをかざしてその姿も写真におさめる。


「良かった。気付いたら誰もいなくて」


 茉莉綾さんはこちらに近付いて、プールの縁を掴んだ。


「って言うかハルトくん、また勝手に撮って」

「嫌だったなら消すけど」

「嫌とかではないから大丈夫。スマホ取りに行ってたんだ?」

「そう。皆の写真まだ撮ってないし」


 美咲は待ってると言っていたし、多分さっきいた場所からそう遠くには離れてないと思う。


「あ、そうだ。集合時間決めてなかったからさ。みわさん達には先に、後20分くらいで休憩スペース集合って伝えといた」

「そっか。私ももう出るよ」


 そう言って、茉莉綾さんはプール縁の梯子まで泳ぐ。俺もそこまで歩いて、プールから出ようとする茉莉綾さんに手を差し伸べる。


「ありがと」


 茉莉綾さんは嬉しそうに俺の手を取り、プールからあがった。


「多分、美咲の場所は俺わかるから一緒行く?」

「そうだね。お供します」


 俺と茉莉綾さんは並んで歩き、さっき俺が美咲と別れた場所まで向かった。美咲、さっきの茉莉綾さんと同じようにプールの縁を手で掴んで待っていた。暇だったせいか、下半身も水面近くにぷかぷかと浮かせて遊んでいる。とりあえず俺はその姿も写真におさめる。


「美咲、お待たせ」


 写真を撮った後に俺が声をかけると、美咲は足を水面からおろした。


「先輩、茉莉綾ちゃんも」

「ハルトくんが、そろそろ集合しようって」


 美咲はチラリとプールサイドにある時計を見た。


「そうですね。わかりました」

「上がれるか?」


 俺は茉莉綾さんにしたのと同じように、美咲にも手を差し伸べる。美咲はすぐにその手を取り、プール縁からざばんと勢いよく上がった。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」

「あ、そうだ。写真」

「さっき撮った」


 美咲は俺を不服そうに睨みつけた。


「またそうやって」

「私も勝手に撮られたよ」


 茉莉綾さんが言うと、美咲は溜息をついた。


「ヘンタイカメラモンスター」

「今回は違うだろ。嫌なら消すよ」

「嫌ではないです。あ、茉莉綾ちゃんと一緒の写真撮ってください」

「わかった」


 美咲が茉莉綾さんの横に来て、無表情のままピースサインをした。茉莉綾さんもそれを見て指ハートを作る。俺は二人の顔から足までが入るようにスマホを縦にして写真を撮る。


「先輩は自分の写真撮りました?」

「撮ってない」

「撮りましょうよ、貸してください」


 美咲は俺の前まで歩いてくる。俺がスマホを美咲に渡すと、美咲は俺の腕をスマホを持つのと反対側の手で掴んだ。急なことに俺はドキッとしたが、美咲はそれに構わず、スマホを掲げて内カメラを作動させる。俺もカメラを見た。二人の目線が同じ方向に向いた瞬間に、美咲はシャッターボタンを押して、二人で並んだ写真を撮った。よく考えると、もしかしたら俺と美咲だけのツーショット写真はこれが初めてかも知れないことに気付き、余計に心臓の鼓動が高まった。


「ほら、茉莉綾ちゃんも」


 美咲が少し身を引いていた茉莉綾さんを手招きした。


「わ、私はさっき撮ってもらったし」

「良いから。先輩の隣来てください」


 茉莉綾さんはおずおずと俺と美咲に近づいた。美咲はそんな茉莉綾さんの腕を掴み、俺の隣まで誘導して、さっきと同じようにして、三人がおさまるように内カメラで撮影をした。


「両手に花ですね、先輩」

「そうだな」

「先輩、まだ茉莉綾さんとくっついててもらっても良いですか?」

「くっついてはいない」

「どっちでも良いです」


 美咲はそう言って、俺から手を離すと、俺と茉莉綾さんから離れてスマホを構えた。


「それじゃあ撮ります」


 俺や茉莉綾さんが静止する暇もなく、美咲はシャッターボタンを押した。カシャリ、という音が鳴って、写真が撮られたのがわかる。


「はい」


 美咲は写真を撮り終わると、俺にスマホを返した。


「ありがとう」

「先輩ばっかカメラ構えてたら、先輩との思い出にならないんですから、今みたいに私も撮りますからね」

「そうしてくれると嬉しいよ」


 俺は今、美咲が撮った写真を確認した。


「写真、グループに共有で投げてるんだけど、お前が撮ったのも同じようにして大丈夫?」

「大丈夫です、お願いします」

「あ。ま、待って!」


 茉莉綾さんが俺の腕を掴んだ。けれど、それからすぐに手を離す。


「どうしたの、茉莉綾さん」

「い、いや。大丈夫。私の写真、皆と共有するの恥ずかしいな、と一瞬思っただけ。送ってもらって大丈夫」

「なら、良いけど」


 俺は美咲の撮った写真も含めて、今撮った写真も全て、グループで共有する。さっき共有した写真には、古宮さんとみわさんからハートマークで反応が返って来ていた。みわさん達も合流したようだ。


「じゃあ、一旦戻りますよ」


 何故だか美咲がそう言って、俺と茉莉綾さんを先導する。皆でプール来れたのが、本当に楽しいんだろうな、こいつ。

 休憩スペースに戻ると、待っていたのは桃子さんだけだった。どうやら、古宮さんもプールに入りたいと言っていたので、待ち合わせの時間までみわさんと泳ぎに行ったらしい。保護者役はやめるって言ってたしな。俺も古宮さんにも楽しんで欲しい。

 すぐ戻ってくるだろうし、と俺達もパラソルの下で二人を待つことにした。そうしていると、俺達のいるところから少し離れている場所で、親子連れの客が父親と母親がそれぞれまだ小さな子供と一緒に映る写真を撮る為、交互にカメラを貸しあっている様子を見た。


 ── 先輩ばっかカメラ構えてたら、先輩との思い出にならないんですから。


 それを見て、さっきの美咲の言葉を思い出す。


「ちょっと待って」


 俺は皆にそう言って立ち上がり、親子連れの客のところまで向かった。


「すみません。良ければ俺、撮りましょうか?」


 カメラをしまおうとする父親にそう言うと、父親は「良いんですか?」と嬉しそうに笑ってくれた。俺はカメラを受け取り、親子三人を並ばせてカメラを構える。


「いきますよー。はい、チーズ」


 三人とも満面の笑みでカメラに顔を向ける。俺は何枚か写真を撮って、カメラを父親に返すと「ありがとう」と俺にお礼を言って来た子供に手を振って、皆のところまで戻った。いつの間にか古宮さんとみわさんも戻って来ており、古宮さんがウォータースライダーの回数券を皆に手渡しているところだった。


「結城くん、お帰りー」

「古宮さんもお帰りなさい。もう行きますか?」

「見張りは見張りで必要だからどうしようねって話してたとこ」

「俺、待ちましょうか?」


 俺が言うと、みわさんが首を振った。


「できれば、落ちてくるとこ、結城さんに撮ってほしいから」

「それもそっか。じゃあ交互に行きましょう」


 じゃんけんで残る二人を決めることにして、美咲と桃子さんが残り、他の四人で一人用のウォータースライダーに向かうことになった。三人が落ちてくる様子を俺が撮影した後に俺も並んで、三人が休憩スペースに戻ってきたら二人と交代する。そうすれば全員、アトラクションを楽しむ且つ写真も撮れる。


「すみません」


 俺と古宮さん、茉莉綾さんの三人でウォータースライダーに向かおうとしたら、誰かが声をかけてきた。さっき写真を撮った親子連れの父親だった。


「先ほどはありがとうございました」

「いえ、どういたしまして」


 頭を下げる父親に、俺も頭を下げ返す。


「皆さんはご友人で?」

「そうです」

「これで全員?」

「はい」


 父親は俺の返答に頷く。


「よければわたし、全員映るように写真撮りますよ」

「良いんですか?」


 俺の後ろから、休憩スペースに座っていた筈の美咲がぴょこりと顔を出した。快く首肯する父親に、俺はスマホを渡す。父親が俺のスマホを構える先、パラソルの下で、俺が真ん中に入り、その両隣に美咲とみわさん、俺の後ろに古宮さん、茉莉綾さん、桃子さんの順に並んだ。


「はい、笑ってー」


 父親の合図と共に皆でカメラに目線を向ける。何度かシャッター音が鳴った後、俺は父親からスマホを返してもらった。軽く挨拶をして、その父親とは別れ、四人でウォータースライダーに向かう道中、俺は撮ってもらった写真を確認した。

 六人とも良い笑顔で写真におさまっている。


「結城くん、やっぱりナンパ師の素質あるよね」


 俺の後ろから写真を覗き込み、古宮さんが言った。


「やっぱりってなんですか」

「後、こうして写真におさめるとハーレム感が強まるね」

「ほっときましょうよ、それは」


 俺は古宮さんを軽くあしらい、その写真もグループで共有した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る