水着と夏休み、これからの説明④
俺と美咲、茉莉綾さんの三人は入り口で入場券を買い、それぞれ男女の更衣室に分かれた。グループメッセージには古宮さんからのメッセージが入っていて、一足先に水着に着替えていると、待ち合わせ場所の説明と写真が送られて来た。
更衣室で服を脱ぎ、美咲と一緒に買った水着に着替えた。財布の中からいくらか小銭を抜き出し、防水ミニポーチの中に入れる。水分補給は重要だと思ったので、大きめの水筒も持ってきていたから、それも持ち出した。
「お、結城くん待ってたよー」
俺が近付いてくることに気づいた古宮さんが、大きく手を振った。古宮さんが写真で送ってきた待ち合わせ場所は更衣室から少し歩いたところにあったが、ホットドッグやかき氷を売っている屋台が目印になっていて、見つけるのにそう時間はかからなかった。
「すみません、お待たせしました」
「美咲ちゃん大丈夫?」
「ちゃんと休めたみたいです。一緒に来たので着替えが済めばすぐ来るかと」
古宮さん達は俺達が車で休んでいた間、既に休憩スペースを設営していたようで、ブルーシートの上に日差しを防ぐ小さなテントと、パラソルを立てていた。パラソルの下にはみわさんとゆりあさんが座って涼んでいる。
「しかし古宮さん……」
俺は水着姿の古宮さんを、思わず上から下まで見た。胸の強調される白の三角ビキニで、美咲が買った物のようにリボンなど装飾もついていない。下もハイレグまではいかないが、鼠径部を隠さないショーツタイプだ。
「すごいの着てきましたね」
見学店で一昔前のギャルスタイルで客を虜にした時も思ったが。俺、この人の胆力ホントすごいと思う。今の店にも中々ここまで吹っ切れているキャストもいないぞ。
「悩殺させるって言ったでしょ? どう?」
「流石に似合ってますよ。というか、それが似合う時点でかなり自信あるやつでしょ」
古宮さんは「ふふん」と鼻息荒く笑った。
「実はこの日の為にお腹周りだいぶ絞ってきた」
「すごいですね」
「そういう結城くんもかなり鍛えてるじゃん。ラブホでヤった時も思ったけど良い体してる」
「俺はいつも通りです。って言うか、ヤってません」
久々に記憶捏造しようとしてきたな。最近大人しかったからちょっと油断していた。俺も完全に何もしていなかったと言うわけではなく、ミサキと別れた頃には少しだけふっくらしていた腹も、ここ一ヶ月ほどの節制のおかげでまた凹んで来た。
「お腹、触って良い?」
「ダメです」
そういうのは他所でやってください。
「結城さん、ぼくはどうですか?」
パラソルの下で涼んでいたみわさんが俺に尋ねた。行きの服装では、白ワンピースに麦わら帽子という、ある種の定番な格好をしていたみわさんの水着は、その時と同じような白いワンピースタイプだった。レース柄で、肩を出しているところが行きの服装とは違う。日に焼けていない白い肌に白のワンピースがよく映えている。
「いい。可愛いよ。行きも思ったけど、みわさん、少女っぽい系統も似合うね」
今度また宣伝用写真撮り直すことがあれば検討しておこう。
「ありがとう。結城さんは素直に褒めてくれるのが良いよね」
みわさんは嬉しそうに笑顔で言った。
「美咲は変態とか言うけど」
「変態なのは別問題。変態は変態」
「……くっ!」
そこは否定してほしかった。
みわさんの隣、無表情でスマホを弄っていたゆりあさんが、みわさんと話している間にチラッとこちらを見た。ゆりあさんは上はタンクトップ型、下は古宮さんよりはしっかりしたショーツタイプの水着で、その上から防水らしいカーディガンを羽織っていた。
「ゆりあさん──桃子さんも似合ってる」
「……ありがと。先輩さんも良いね。似合ってるし、かっこいい」
ゆりあさん──桃子さんは俺の方を見て、小さめに口元だけ歪めた。
「ごめんー! 待った!?」
背後から茉莉綾さんの声が聞こえ、俺は振り返る。美咲と茉莉綾さんが二人並んで、ようやく合流していた。美咲はこの間買ってきたリボンのついたビキニを着て、誇らしげな顔で俺を見ていた。
「似合ってるよ」
「ありがとうございます」
俺が言うと、美咲は胸を張って答えた。
「ハルトくん、なーに? また変態晒してるの?」
「変態は晒してない」
そう言う茉莉綾さんが身につけていたのはハイネック型でパッと見は普通のシャツのようにも見える水着だった。下はショーツ型を履いた上にスカートタイプの物を重ねているようで、腰の辺りでリボン結びをしている紐が見えている。肩周りから脚元までの露出は少ないながら、細い腹回りは出しているのは、いつもの茉莉綾さんよりは少し大胆だ。
「すず先輩、競泳水着じゃないんだ」
スマホを片手に、桃子さんが言った。
茉莉綾さんは笑顔で首を傾げる。目が笑っていない。
「どういうことかな?」
「先輩さんの好みに合わせると思って」
茉莉綾さんは深く溜息をついた。
「だから、そういうんじゃないの。大体、ハルトくんは美咲ちゃんと──あ、ごめん」
茉莉綾さんはそこまで言って口をつぐんだ。勢いでさっき俺と美咲から聞いたばかりのことを言おうとしてやめたようだったが、そこまで言ったなら説明してもらっても構わない気がする。
「あ、美咲ちゃん。結局、結城さんのカノジョになったの?」
そう聞いたのはみわさんだった。美咲が俺のことをみわさんにどこまで言ったのかは知らないが、この聞き方だと美咲からもかなり聞いているぽい。
「カノジョではありません。都合の良い女です」
「マジでそれやめろ」
「そうだよ、美咲ちゃん」
何故か気に入ったらしい言い方を繰り返す美咲を、俺と茉莉綾さん二人でさとす形になってしまった。
「ふーん。ま、良いんじゃない?」
みわさんは訳知り顔で頷くと、それ以上追求はしてこなかった。桃子さんの方は困惑気味に眉間に皺を寄せていたが、あまり気になるようだったらその時に伝えよう。
「なんか知らないけど、うまいことおさまったってことで良いの?」
そう尋ねたのは古宮さんだ。古宮さんの質問に、美咲は首を縦に振る。俺も同じように頷いた。
「まあ、今まで通りです。古宮さんもあまり気にし過ぎないでもらえれば」
「ホント? じゃあ、またわたしともする?」
「古宮先輩!?」
茉莉綾さんが声を裏返して叫んだ。それからすごい勢いで俺を睨みつける。違う。濡れ衣だ。
「してないですからね?」
ただでさえ困惑している桃子さんに悪印象与えかねない言い草はやめてほしい。
だが、美咲は何も気にしていない様子でまた頷いた。
「先輩さえ良ければ、私は構わないですよ」
「み、美咲ちゃん!?」
さっき車の中での俺の説明には納得した様子だった茉莉綾さんだが、美咲の様子にまた声を荒げた。ごめん、ホントにごめん。
「お前はまた……」
俺は頭を抱えた。美咲の立場的にはそういうことになるのかもしれないが、あまり全てあっけらかんと話すのもやめてほしい。この辺りはまた話し合いが必要そうだ。
「そうなの? じゃあぼくも良い?」
みわさんが参戦してきた。やめろ、俺はもう収拾をつけ切れねえ。
桃子さんは俺と美咲、古宮さん、茉莉綾さん、それに隣のみわさんを順々に見て、顔を引き攣らせた。
「五人の爛れた関係……」
「違うからね!?」
「私は違う!!」
ボソリと呟く桃子さんに、俺と茉莉綾さんが声を揃えて抗議した。
「美咲、お前がそのつもりでも、俺はそういう気はないからあんまり言い過ぎるなよ」
だが、美咲の方は不服そうに口元を歪めた。
「私は先輩を縛りたくないので」
「縛るとかそういう問題じゃ……」
ダメだ。これ、今ここで解決できる問題じゃないわ。同じ布団で寝て話し合い、少しは歩み寄れたと思ったが、まだ認識の相違を完全になくせたとは言い難いようだ。特にこうして、俺と美咲以外が関係してくるところでは。
「まあ、それは置いといて」
混乱を極めた俺たちの会話を、古宮さんがパンっと両手を叩いて無理矢理に止めた。
「二人ともちょっと遅かったね? 迷った?」
「あ、いえ。迷いはしませんでした。ただ、美咲ちゃんが日焼け止め塗ってないって言うんで」
古宮さんは「あー」と首を繰り返し縦に振って頷いた。
「そっか。それで塗ってあげてたんだ」
「はい。日焼け止めも持ってないって言うので、私のを貸しました」
「そういうことね。あ、結城くん達も塗った?」
古宮さんの問いに、俺とみわさんが首を傾げる。
「日焼け止めは、ない」
「俺も塗ってない」
その言葉に、茉莉綾さんが目を大きく見開いたまま固まる。みわさんの隣では、桃子さんが大きめの溜息をついていた。
「まさかとは思ってたけど、このインドアオタク……」
呆れた様子でみわさんを見た桃子さんは、テントの中にある鞄から日焼け止めクリームを取り出した。
「ほら、あたし背中塗るから」
「えー、塗らないとダメ?」
「ダメ。真っ赤っかになるよ。夏コミとかどうしてるの」
「そういう人の多い催し物には行かない……」
言われながらも、みわさんは桃子さんに背中を向けた。桃子さんは掌で日焼け止めクリームを揉み込んで、みわさんの背中に塗っていく。
「ハルトくんも塗ってない?」
茉莉綾さんに尋ねらるて、俺は改めて頷いた。
「塗ってない」
茉莉綾さんは俺の返答に桃子さんと似たような溜息をついて、俺を指差した。
「背中出して」
「え、でも」
「出して!」
俺を鋭く睨みつける茉莉綾さんに逆らえず、俺はブルーシートの上に座って、茉莉綾さんに背を向けた。
「じゃあわたしと美咲ちゃん、待ってるのもあれだし、ウォータースライダーの回数券買ってくるけど、皆どうする?」
背中に日焼け止めクリームを塗られながら、みわさんが手を挙げた。それに倣うように、桃子さん、茉莉綾さん、それと俺も手を挙げる。
「おっけー。全員ね。行こっか、美咲ちゃん」
古宮さんは美咲を連れて、チケット売り場に歩いて行く。
茉莉綾さんは掌に日焼け止めクリームを出すと、そのままバシンと俺の背中を叩いた。
「痛っ!」
「さっきは二人が納得してるなら良いって言ったけどさ」
茉莉綾さんは今度は小さく鼻から息を吐いた。
「前途多難そうだね、君は」
「良いよ。あいつがめちゃくちゃなのは最初から知ってるんだ、俺は」
俺も小さめの溜息をついた。
茉莉綾さんはそんな俺を見て、少し落ち着いたのな「ふふっ」と笑みを溢す。それから俺の背中に柔らかい掌を這わせて、日焼け止めクリームを塗り始めた。
「さっきは結構はしょったでしょ」
「あー、今は説明しにくい」
「別に今じゃなくて良いよ。また今度飲みに行く時にでも」
「そうしてもらえるとありがたい」
茉莉綾さんの手の温もりを感じながら、俺はちらりと後ろの茉莉綾さんの様子を伺った。
「茉莉綾さんは良いの?」
「何が?」
「男に触るの、もう抵抗ないのかなって」
「ハルトくんは別でしょ。特別」
そこまで言って茉莉綾さんはまた口をつぐみ、慌てて訂正した。
「ち、違うからね!? そういう意味じゃないからッ!」
「わかってるよ」
茉莉綾さんの慌てように、俺は思わず笑いが込み上げてきた。
「美咲ちゃんはハルトくんに他に相手ができても、あんま気にしないんだね」
「そうみたい」
「君が実際に付き合ってた時もそうだったよ。寂しがってはいたけど、カノジョができたこと自体はあまりショックではなかったみたいで。私あの時は、てっきり強がってるものと思ってたけど」
「違うんだろうな」
美咲の気持ちを、俺もしっかり理解できたわけではない。ただ少なくとも俺が美咲を気にしていることに比べたら、俺が何をしてようがあいつの中ではそこまで大きなことではないらしい。
「こういうこと聞くの、良くないとは思うけど」
「良いよ。何でも聞いて」
「ハルトくんは、ホントにそれで良いの?」
「良い」
今、美咲とはベストな関係が結べているわけではない。まだ模索することは山ほどあるが、美咲の気持ちを俺がコントロールすることは出来ない。そしてそれは逆も然りだ。
「俺は良いんだってことを、美咲にもちゃんとわからせる」
「そっか」
茉莉綾さんは日焼け止めクリームを両掌に付け直し、俺の両肩をさすった。
「私は応援するからね、ハルトくんのこと」
「ありがとう」
「よし、背中は終わり! 後は自分でね」
茉莉綾さんは再び俺の背中をパシンっと叩く。さっきに比べたら全然痛くない強さだ。俺は茉莉綾さんから日焼け止めクリームを受け取ると、お腹や胸周り、腕にもクリームを満遍なく塗っていった。
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