水着と夏休み、これからの説明③

 フードコートで俺はハンバーグ、美咲はカレーを食べ、食事を終えた俺と美咲は本屋に寄ってお互いに気になる新刊を買ったり、百円ショップに行って買い物をしたりした。途中、モール内の映画館で二人とも観たかった映画が上映しているのに気付き、これまたせっかくだからと映画を鑑賞することになった。

 映画を観終わり、二人で感想を言い合いながら、車に戻った。美咲は集中して駐車場から車を出して道路にちゃんと乗せると、ホッと一息ついた。そろそろ夕飯時だったのもあり、美咲が「先輩と焼肉まだですよね」と言うので、安上がりでも良いなら、と俺がこの間一人焼肉に行ったチェーンの焼肉屋に行き、二人でお腹いっぱいに焼肉を頬張った。美味しそうに豚タンやホルモンを頬張る美咲を見ていると、それだけで嬉しくなった。肉を焼いている間も、部室で他愛ない話をするのと同じような時を過ごした。腹を満たした後に、美咲の運転であの狭いアパートに帰ってくる。アパートの駐車場に無事に車を入れて、美咲は大きく伸びをした。


「今日はありがとうございました」

「こっちこそ運転ありがとう。やっぱり車あると色々行けるかもな」


 ショッピングモールの後に思い立って焼肉屋、みたいな動きは車なしだとなかなか厳しいものがある。


「私もしばらくはドライブ楽しむことにすると思うんで、またお付き合いいただけると嬉しいです」

「わかった。いつでも呼んで」

「皆でプールも楽しみです」

「その前にまず俺らは定期試験があるからな?」


 美咲は俺の言葉を聞いて、げんなりとした表情を見せた。


「そうでした。試験なんて、免許試験受けたばっかなのに」

「頑張れ。俺は美咲ほど大変じゃないと思うけど、ゼミの発表資料まだできてないや」

「そちらも頑張りください。また課題で相談したいこととか過去問の提供とかあったらお願いします」


 と、そんな風にして美咲の免許取得後の初ドライブは成功をおさめた。

 定期試験までは部室では試験勉強とゼミの発表資料の作成、休日は免許取得の為に教習所へ行って学科研修を受ける半月が過ぎて行った。その間もバイトには行くので、バイト先でも古宮さんや茉莉綾さん、みわさんとも八月のプールの件について話した。古宮さんは元々、美咲と代わる代わる運転手を交代する運転手要員として同行する気だったらしいのだが、思っていたより人数が多かったので、自分も存分に楽しむ方向に気持ちをシフトさせたらしい。


「何というか、保護者枠? そんなつもりがあったんだけど、そういうことならわたしも可愛い水着買わないとね」

「古宮さんはそういうのも持ってるイメージありましたが」


 完全なイメージだけど、ナイトプールとか行ってそう。


「あるはあるけど、せっかくなら新しいの着たいし」

「それはそうですね」

「セクシーな水着で悩殺してやるから覚悟してね」

「はいはい」


 こんな感じでやり取りをしていると、俺も美咲のことは言えないくらいには古宮さんへの対応はぞんざいな気がする。

 茉莉綾さんの方は、皆で遊びに行くのは楽しみだが、公共の場で水着になることには抵抗があるらしかった。見学店ではそれ以上の格好もしているが、そこは仕事という立て付けがある。店ではこれだけ長期間ベテランとしてやってきた茉莉綾さんだが、そういう場でないところで性的な眼差しを向けられることにはまだ抵抗が大きいらしい。


「ハルトくんと飲みに行ったりして、慣れた気はしてたんだけどね。ハルトくんの目線エロだし」

「心外」

「良い意味良い意味」


 良い意味で目線がエロとは? それこそ仕事での写真撮影は良い意味で捉えてもらっても構わないけれど。


「だから人の多いところはまだ怖いかも」

「無理はしないで、上着とか羽織ってても良いし」

「ううん。みわちゃんとかも結構楽しむ気満々みたいだし、私もそうしたいかな。ハルトくんがいると思うと安心だしね」

「魔除けくらいにはなるでしょ」


 美咲と一緒に水着を買いに行った時もそうだったようだけれど、女性一人より男性が近くにいた方が目線を向けられたり話しかけられたりしにくいようなことはあると思う。


「ハルトくんはすっかりハーレムが板についたね」

「ハーレムとは違うでしょ」


 女性が多い中で俺だけ男性というのは確かに客観的に見たらそう言われてもおかしくはないのだけれど美咲と一緒にいて、恋愛や性愛関係に何でも結びつけるのはあまり褒められたことではないと思うことも増えた。


「人をエロい目で見ておいてよく言いますね」

「それに関しては、なーんも反論できねえ」


 何ならここではそれが仕事なんだもん、俺。ただ、美咲との関係を整理することで、その辺りの線引きについても考えることは増えた気がする。他人をエロい目で見ることも、その人と恋人のような関係になりたいと思うことも、セックスをしたいと希求することも、どれも完全に切り離すことはできない。けれど、その全てをいっしょくたにすることはない。そんなものは人によって違う。古宮さんのようにセックスありきの関係を望む人、茉莉綾さんのようにプライベートでは性的な物を避ける人、みわさんのように恋愛も性愛も人間関係には持ち出さない人、それぞれだ。その中でどんな関係を結ぶのか、どんな付き合い方をするのかも、それぞれ考えていけばいいことだ。


「ふふ、冗談冗談。うん、水着はできるだけ露出の少ない奴を選ぶかな」

「そうしたら良いよ」

「だからってスク水は着ないよ?」

「それはもう良いって……」


 茉莉綾さんは困る俺を見て、楽しそうに笑った。こうして見ると自分でも言ってた通り、茉莉綾さんは茉莉綾さんで、色々と変わってきた。初めて会った時の少しオドオドした様子はすっかり身を潜めた。元々の真面目な性格が幸いして後輩キャストに対しても皆の頼れる姉貴分として振る舞うことが増えたからかもしれない。


「茉莉綾さんも古宮さんに似てきたな」

「あの人と一緒にされるのもなー」

「まあ皆が皆、古宮さんみたいになられても困るからね」


 俺の言葉に茉莉綾さんも頷いた。

 ミサキから言われた「ユウくんはまだ遊んでいたい」の言葉も、すっかり俺の胸を刺すことはなくなった。美咲との関係もきっと、何も急ぐことはない。今ここにある人との繋がりや関係を大切にすることは、何もおかしな話ではない。今は遠くから、ミサキにも自分が掴んできた関係を大切にし続けて欲しいと思う。たまにはライブに行くという約束もしたし、今度久しぶりにアットシグマの活躍する様子を見に行くのも良いかもしれない。


 美咲もバイトアプリでのアルバイト探しは継続していて、毎日部室に来るようでもなくなった。俺も美咲もお互いを気にし過ぎることもなく、好きに部室に行き、好きに作業と勉強をする。試験期間が終わるまでの間、俺と美咲はそんな以前の雰囲気だった。

 そして、無事に大学の前期が終わった。

 夏休みに入り、大学に行くことがなくなり、代わりに俺はバイトの時間を増やした。塾は夏期講習が始まったから、基本的には自分の受け持ちがある曜日は朝から夜までみっちりと塾講師の仕事が入る。美咲に倣って、バイトアプリでのバイトも平日の空き時間などに入れるようにした。当然、部室に行くことや美咲と顔を合わせることはほとんどなかったが、美咲とはほとんど毎日のように連絡を入れて、七月の後半もあっという間に過ぎる。教習所の方も学科研修が終わり、実技研修に入った。初めて握るハンドルは怖かったが、なんとか運転していた美咲の様子を思い出すと、自分でもできるという思いが強くなり、注意散漫なことを職員に怒られながらも、実技研修も滞りなく進んだ。

 そして八月に入り、皆でプールに行く約束の日が訪れた。結局、グループに招待した誰が欠けることもなかった。俺と美咲、みわさんとゆりあさん、茉莉綾さんと古宮さんの計六人。

 皆がそれぞれシャツやジーンズなど動きやすいカジュアルな服装の中、みわさんは白いワンピースに麦藁帽子という格好で現れたので、俺は思わず吹き出してしまった。


「夏と言えば、これ」

「そうかもだけど、リアルで初めて見たよそれ」


 ドヤ顔を見せるみわさんに、ゆりあさんが「私はやめろって言ったんだけどね」と溜息をついた。

 古宮さんはレンタカーを借りたそうで、目的地までは美咲の運転する車に俺と茉莉綾さんが、古宮さんの車にみわさんとゆりあさんが乗った。目的地は車で二時間ほど走った先のレジャープールだ。流れるプールやウォータースライダーなど定番のアトラクションはどれもある施設で、みわさんはしがみつくタイプの浮き輪を持って来ていた。茉莉綾さんも言ってたけど、みわさんが一番楽しむ気満々だな。

 車内では時折巻き込まれる渋滞の中で、久しぶりに顔を合わせたらしい美咲と茉莉綾さんが近況報告をしたり、まだ決まっていない夏休みの今後の予定について話したりした。今日はレジャープールだけど、茉莉綾さんも夏休みに入ったのだし、またこの三人でどこか行くのも良い。

 目的のレジャープールに到着した頃には、初めての長距離ドライブに疲れてしまったようで、俺は駐車場近くの自販機で炭酸ジュースを買って美咲に渡した。


「お疲れ様。運転頑張ったんだから、無理すんなよ」

「お気遣いありがとうございます」

「美咲ちゃん、ちょっと休んでから行きなね?」

「茉莉綾さん、皆と先行ってても良いよ」


 俺が言うと、茉莉綾さんは首を横に振った。


「ううん、大丈夫。ハルトくん達と一緒に出るよ」

「そう言えばなのですが」


 運転席の座席を後ろに傾けて横になっていた美咲が、助手席に座る俺と後部座席の茉莉綾さんを交互に見た。


「茉莉綾ちゃん、いつの間に先輩のこと名前呼びに?」

「あー、えっと? 自然に?」


 茉莉綾さんは少しだけバツが悪そうに俺を一瞥した。茉莉綾さんは、あまり俺と親密過ぎると美咲に悪いという気持ちがあるのかもしれないが、美咲はそういうことは気にしないので、純粋に気になっただけだろう。 


「俺も前から名前呼びだしな」

「そ、そうだね」

「実際にそうなったのは、俺がエリと別れてから飲んだ時だよ。思ってたよりも信頼されてなかったって茉莉綾さんに怒られた。その時」

「だからハルトくんのせいだね。形からでも友達として信頼して、って」


 説明をする俺を見て、茉莉綾さんが安心した様子でそう続けた。


「なるほど」


 美咲は俺と茉莉綾さんの言葉を聞いて頷く。


「お二人が仲良いと私も嬉しいです」


 そしてそう言って、美咲はにっこりと笑った。


「あー、そのー。私も気になったこと聞いても良いかな?」


 茉莉綾さんはそう言って、目を泳がせる。そして「ふう」と一息ついて、美咲の顔を見下ろした。


「二人は結局、どうなったのかな?」

「どうなった、とは?」


 美咲は横になったまま、少しだけ首を傾げた。


「美咲ちゃんとハルトくん」


 俺と美咲はお互いに顔を見合わせた。確かに、茉莉綾さんには全部言っておいた方が良いかもしれないが、どこまで言ったものか。そんな風に悩む俺の様子を察したのか、美咲から先に口を開いた。


「先輩、良いですよ。全部話して」

「良いのか?」

「はい。茉莉綾ちゃんも、大切な友達なので」

「そっか」

「私は、先輩の都合の良い女です」

「よし、お前一旦黙れ」


 それ、二度と言うなよ。そして何故か誇らしげな顔なのが腹立つ。茉莉綾さんも口をポカンと開けて困惑してるじゃねえか。


「俺さ、美咲に告白したんだよな」

「え、ええ!?」


 驚く茉莉綾さんに、俺はこの一カ月ほどの間に美咲と話し合ったことを伝えた。美咲は恋愛感情がわからず、俺と恋人関係にはなる気がないこと。俺もそれには最初困惑したが、話し合ううちにそれでも構わないと考えるようになったのと。美咲のことを俺は好きなまま、美咲は俺のことを恋愛的には好きじゃないまま、それを分かり合った上で、お互いが納得するような形を探せるなら探そうとしていること。そういったことを、掻い摘んで説明した。流石に美咲が「セフレなら良い」とか「先輩がしたいならいつでもセックスして良い」などと言ってたことは省いた。それはノイズになり過ぎる。


「そっか。それで二人も納得してるってこと?」


 話を聞き終わり、そう尋ねる茉莉綾さんに美咲は頷く。そして体を起こして、俺の渡した炭酸ジュースを一口飲んだ。


「はい。恋人関係とかパートナーとか、そういう呼び名はしっくり来ないので私からはお断りしています。なので、都合の良い女です」

「そ、その言い方もどうなのかな?」


 これに関しては茉莉綾さんの感覚が正しいと思う。


「ハルトくんもそれで良いんだ?」


 茉莉綾さんは、今度は俺の顔を覗き込む。俺も美咲と同じように頷いた。


「いや、それが良い。美咲の気持ちを大事にしたいし、俺も押し付けはしたくない」

「ふーん、なるほど、ね」


 茉莉綾さんは大きく息を吐いて、後部座席シートに寄り掛かった。


「でも良かった。二人の間で納得してるなら、私がとやかく言うことじゃないもんね」

「心配させてごめん」

「んーん? 大丈夫。美咲ちゃんも話してくれてありがとう。あんまり言いたくなかったんでしょ?」

「そうですね。言っても、あまり分かってもらえないので。でも、茉莉綾ちゃんなら」

「そう言ってもらえると嬉しいな」


 美咲はもう一度、炭酸ジュースを一口飲む。


「もう大丈夫です。落ち着きました。みわちゃんたちも待ってるでしょうし、行きましょう」

「お、そっか。じゃあ行こう」


 俺と美咲、茉莉綾さんは全員で車を降り、先にプールに入場した三人の後を追った。

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