水着と夏休み、これからの説明②

 それからの美咲と俺の関係は、ある意味で元の形に戻ったようにも感じるし、そうでないようにも感じた。少なくとも、告白をしてから二人の間にあったギクシャクとした感じはなくなったように思う。美咲も俺に「怒られるかも」と遠慮するようなこともなくなったが、代わりに美咲のやることを、俺が嫌かどうかを聞いてくれるようになった。ただ、それをどうするかは美咲の自由だ。現に、俺のことをからかうことは俺がいくら言ってもやめない。とは言え、俺もそれを楽しんでいるので問題ないと言えばそうだった。


「免許取りました」


 前期の試験まで残り二週間くらいになったある日。部室に顔を出した俺に、美咲が顔に小さく笑みを浮かべて、ピースサインと共にそう言った。


「おお、やったな!」

「はい。これで活動範囲、大幅アップです」

「車は?」

「中古の軽を、リースで契約しました」


 なるほど、そちらも抜かりないか。バイトでしっかり資金を貯めてきた成果がちゃんと出たのは凄い。


「今度走らせてみるんで、できればご一緒してください。一人で運転、怖いです」

「そりゃな。良いよ、付き合うよ」

「ありがとうございます。先輩の免許取得予定は?」


 俺は腕を組んで、思わず溜息をついた。

 実のところ、美咲が教習所に通っているという話を聞いた翌週くらいに、俺も教習所に行くことを決めたのだった。ただ、受講料が足りずに何割かは親に出してもらったので、たとえ免許を取得しても、車を契約する余裕は今の俺にはない。


「とりあえず免許取るまでは頑張る」

「先輩が運転できるようになったら、私の車使って良いですから。遠出するにも、二人で交代した方が良いですし」

「そっか。そうだな」


 美咲の言う通り、次の休みに俺は美咲の家に行って、運転に慣れるのに付き合うことにした。そういえば、美咲の家に行くのは初めてだった。古宮さんの家から一緒に帰る時に通るので、美咲の家の最寄り駅は知っていたが、知らされた住所まで駅からもだいぶ歩く。バスかなんかが通っていれば良かったのだが、美咲の家に向かうバスはなく、歩くしかなかった。

 駅から20分ほど歩き、ようやく美咲の住むアパートの前につく。入り口のポストなんかも錆びついていて、かなり年季の入った建物に見えた。


『着いたよ』


 俺がそうメッセージを送ると、美咲から返事が返ってきた。


『一階の角部屋です』


 部屋を探そうと、俺がスマホから顔を上げると、角部屋の玄関の扉がギイイと軋む音を立てて開いた。


「先輩、ようこそ。さ、どうぞ」


 扉からひょこりと顔を出した美咲が俺を手招きした。


「お邪魔します」


 俺は美咲の部屋に入る。部屋はワンルームで、入ってすぐ横にあるキッチンは綺麗にはしてあるが、その分食器も少ない。キッチンを過ぎた先にある洋室の床には、教科書や参考書を含めた本が何冊も平積みに置かれている。部屋の隅にはベッドとクローゼットが置かれていて、ただでさえ狭いワンルームが余計狭い。


「本以外何もねえ」

「パソコンもあります」


 美咲が部屋の真ん中にある丸テーブルを指差した。確かにテーブルの上にはノートパソコンが置いてある。それもそこそこ良さそうな奴。


「とりあえずお座りください」


 美咲はそう言って座布団を敷いた。俺の家にある百円ショップのものではなくフロアクッションタイプだった。車をすぐ購入できるのもそうだが、部屋に何もないのは別にケチケチしてるわけじゃなく、雑貨やらにあまり興味がないんだろう。

 俺は座布団に座る。これ、めっちゃ座りやすいわ。俺も欲しい。


「車は?」

「ちゃんと駐車場あるのでそこに」

「すぐ行けそう?」

「正直かなり緊張します。もう少し時間ください」


 美咲がそんな風に弱音言うの珍しいな。でも、俺も免許取って初めて運転するとなれば似たようになるかもしれない。


「無事に免許も取れたので、みわさんに約束した通りプールも行きたいですね」

「日取りは決めてないっけ?」

「昨日お話はしましたよ。大学が夏休み入ってすぐくらいで良いかな、と」

「それで良いだろ。さっさと決めちゃおう。何なら俺が決めるか?」


 こういうのはとりあえず予定組んじゃった方が早い。後でやっぱりお流れということにもなりにくいし。


「お気遣い感謝します。でも大丈夫です」

「グループだけ作りゃ良いと思う」

「あ、そうですね」


 俺は早速SNSでグループを作り、美咲とみわさんを招待した。

 茉莉綾さんには個別にメッセージと、グループ参加へのリンクを送っておいた。


「あ。この間、古宮さんも行きたいって言ってました」

「じゃあそっちは美咲連絡しといて」

「了解です」


 みわさんはすぐグループに参加して挨拶を送ってくれた。しばらくして茉莉綾さんも参加。一人見覚えのないアカウントの申請があったが、多分ゆりあさんだ。


「これで全員?」

「そうですね」

「俺入れて六人か。多くね?」


 少なくとも軽自動車一台には入りきらない。


「古宮先輩だけ現地集合にしてもらいますか」

「お前、微妙に古宮さんに対しては当たり強いよな」


 後、軽自動車なら四人が定員だからやっぱりそれでも多い。


「古宮先輩とも付き合い長いので」


 まあ、中学生の頃からの付き合いみたいだし、それもそうか。


「まあ、実際にどうするかはまた相談です」

「全員来れるとも限らんしな」


 一応日取りは八月中頃に決まった。予定も決まったところで、美咲も運転の覚悟が決まったらしく「では、そろそろ行きましょう」と立ち上がった。

 俺と美咲は部屋から出て駐車場に向かう。そこに停まっていたのは水色のシンプルな軽自動車で、中古とは聞いていたがボディもピカピカだし、新車同然に見えた。

 美咲は見るからにぎこちなさげに自動車の確認をして鍵を開けた後、運転席に乗り込んだ。俺も続いて助手席に乗る。美咲は運転前の動作を一つ一つ俺にも確認しながらエンジンをかけ、遂に走り出した。


「おお、ちゃんと動きました」

「そりゃ動くだろ」


 ここで動かなかったら大問題だよ。


「どこ行く予定?」

「とりあえず近くのショッピングモールまで」

「おっけ」


 俺はスマホで地図アプリを開いて、目的地を確認した。ここから車だと五分だ。話す暇もなく目的地に到着し、美咲はゆっくりと駐車場に入る。少し戸惑いながらも無事に駐車にも成功した。


「やりました」

「初運転、お疲れ様」

「やっぱり車だと早いですね。いつも自転車でも20分くらいかかるのに」


 美咲は目を輝かせて、嬉しそうに言った。これから行ける場所のことを考えているのかもしれない。遠出をするだけなら今まで通り電車でも良いが、確かに車を使えることでの機動力は段違いだ。俺と一緒に色々なところに行きたい、という美咲の気持ちは普通に嬉しいし、できる限り同行したい。


「先輩、せっかくだから水着買いに行きましょう水着」

「良いな。俺も買わないとだし」

「じゃあ先輩もビキニで」

「なんでだよ、やだよ」


 俺と美咲はすぐに車を降り、水着売り場まで向かう。女性用水着の種類というのを、これまであまり気にしたことがなかったが、確かに色々なタイプな物が置いていて、何の指標もなければ迷うだろうな、と思った。


「こうして見ると、適当にビキニって言ったけどちょっと目移りするな」

「そんなことはわかってるんですよ。だから聞いたんです」

「まあ、美咲なら何着ても似合うと思う」


 見学店で働いていた時も、ほとんどの衣装をしっかり着こなしていた印象がある。普段は似たような服装ばかりだけれど、少しだけ細身で背も平均くらいの美咲なら、着れる服の選択肢は広そうだ。


「お話中失礼します」


 俺と美咲が水着を物色していると、店員が声をかけてきた。俺と美咲は話を止め、店員の方を見る。店員はにこやかに俺と美咲、どちらにも笑いかけると「ご来店ありがとうございます」と頭を下げた。


「お二人で買い物ですか?」

「あ、はい。そうです」


 俺が店員に答えると、美咲は少しだけ身を引いて俺の背中の方に移動した。あ、こいつ俺を盾にした。


「どういったものをお探しで?」

「ビキニです」


 俺の背中越しに美咲が答える。そこは即答すんのか。


「カレシさんの方は?」


 俺は店員にそんな風に尋ねられ、ビクッとする。ミサキと出掛ける時はこんな風に外で一緒にショッピングをするようなことは少なかったから、こういう場面もあまりなかった。あったとしても、特に何も思うことなく流していたし、茉莉綾さんと遊びに行って歩いている時も店員に「カレシさん」と呼びかけられる時はある。そういう時は「違います」と答える時もあるし、面倒臭ければそのまま流すこともある。だが、この時俺は少しだけ固まってしまった。

 ちらりと背後にいる美咲を見る。相変わらず前に出る気はなさそうだった。


「あ、カレシじゃないです」


 そのまま友達です、と添えようとしてやめた。俺も結局、今の美咲との関係を定義しきれていない。

 店員は慌てる素振りも見せることなく、ただ「申し訳ございません」とさっきより深めのお辞儀をした。


「失礼しました。お連れ様はどういったものを?」

「あー、俺も水着ですがあんまり好みがないです」

「そうでしたか。でしたら」


 そんな風に、俺と店員は何度かやり取りをして、俺も美咲も実際、あまり拘りもなかったので店員の勧めに従って、二人分の水着を購入した。

 俺の方は普通の短パンのようにも見えるハーフパンツの水着を。美咲は俺からも好みを聞きながら、黒のチェック柄で胸元に大きめのリボン、下は短めのスカート丈のあるタイプの物を買った。


「お買い上げ、ありがとうございました」


 店員からの挨拶を受け、俺と美咲は水着売り場のコーナーから出ていく。

 店から離れると、美咲はホッとした様子で俺の背後から横に移動した。


「お前、ああいうの苦手なんだ」

「逆に苦手じゃないことあります?」

「俺は別に」


 一人で買い物に行く時も別に店員に話しかけられて遠ざけるようなことはない。


「先輩、ああいう時は別にいちいち否定しなくても良いですよ。めんどくさいですし」

「ああいう時?」


 ああ、カレシさんと呼びかけられた時か。


「でも、美咲は嫌だろ」


 頑なに俺と恋人関係になることを拒んでいたんだ。告白してすぐの頃はショックだったが、今はそれよりも美咲がどう思うかの方が重要だった。


「まあ、そうですね。ありがとうございます」

「どういたしまして」

「私は先輩の、都合の良い女ですからね」


 それまだ言ってんのかよ。それこそ外で言うなよ。


「水着も買ったし帰るか? また車少し走らせる?」

「いえ」


 美咲は俺を見上げ、首を横に振る。


「お腹すきましたし、ちょっと早いけどお昼ご飯にしましょう。ここ、フードコートあるんで」

「おっけ」


 俺と美咲は隣り合って歩きながら、上の階にあるフードコートに向かった。

 

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