水着と夏休み、これからの説明①

 俺が朝起きると、美咲は既に起床して布団から出ており、リビングでコンビニのおにぎりを食べていた。


「おはようございます、先輩」

「おはよう」


 俺も欠伸をして、布団から這い出る。それから俺は自分の服の匂いを嗅いだ。俺も美咲も、着替えもせずに寝てしまったものだからだいぶ汗臭い。


「昨日寝てる時、俺臭くなかった?」

「私は特に感じませんでしたが。先輩は?」

「俺も昨夜は別に。ただ、今汗臭いなと思って」


 美咲も俺の言葉を聞いて、自分の二の腕あたりの匂いを嗅いだ。


「そうかもしれません。どうしよう。このまま教習所向かおうかと思ってましたが……。先輩、シャワーお借りしても?」

「着替えないだろ」

「汗だけ洗い流せば、今の服そのまま着るんで」

「なら別に良いけど」


 俺は棚からドライヤーと消臭スプレーを取り出して、おにぎりを食べる美咲の前に置いた。ミサキと生活している間に買ったもので、彼女の私物というわけではなかったから、今も自分で使っている。


「これ使って良いから」

「ありがとうございます」

「そのおにぎりどうしたの」

「実は結構早く起きてしまって暇だったのでコンビニに行って買ってきました。先輩の分もあります。どうぞ」


 美咲は自分の横に置いていたビニール袋の中から、おにぎりとサンドイッチを取り出した。おにぎりの方は鮭と赤飯で、サンドイッチはハムチーズサンドだ。


「ありがとう。美咲はもう良いの?」

「私は大丈夫です。充分食べました」

「そっか。じゃあありがたくいただくか」


 俺は鮭おにぎりの袋を外して、口に運んだ。水とお茶は昨日買ってきたものが残っていたので、それを飲む。


「それじゃ先輩、シャワーお借りします」

「わかった」


 美咲はおにぎりを食べ終わると立ち上がり、俺の渡したドライヤーと消臭スプレーを手に、お風呂場に向かった。俺は美咲がシャワーをしている間にスマホを開いて、シチュエーションボイスのリテイクを進めることにした。サークル誌を作っている時も似たようなことになるが、こういうのは第一稿を書き上げるよりも推敲や編集の方が遥かに時間を要する。作業できる時にできる分をどんどん進めてしまった方が良い。


「シャワーお借りしました。ありがとうございました」


 作業に集中している間に、シャワーを浴びて髪も乾かし終わった美咲がリビングに戻ってきた。服は確かにシャワーを浴びる前と同じものを着ている。


「ドライヤーは洗面台横に置いてあります」

「わかった」


 俺はシャワーを浴びたばかりで、肌にツヤを感じる美咲を見る。


「風呂入った後ってさ、別に同じ服着るのは良いけど、下着はちょっと抵抗あるよな」


 そんなことを、ふと思った。

 銭湯とかに行って替えの下着を忘れたことに気づいた時、下着を着用するのは諦めてシャツもズボンも直に身につける方を選ぶくらいには抵抗がある。


「言いたいことはわかりますが、ノーブラノーパンになるわけにもいかないので」

「だな」

「それとも私のノーブラノーパンを狙って……?」


 美咲が自分の胸と股間を隠すように手を当てて俺を睨みつける。


「違う。ただ思っただけ」

「そういうこと、他の人には言わない方が良いですよ」


 昨夜の俺への意趣返しのつもりか?


「言わねえよ」

「どうだか」


 美咲は俺を見て溜息をつき、鼻で笑った。マジでこいつ、ふざけんなよ。


「下着ではないのですが、先輩って好きな水着あります? スク水以外」

「何故スク水をわざわざ除外した?」


 俺がスク水を好きなのは前提みたいな聞き方をするな。好きだけど。


「競泳水着もなしでお願いします」

「お前、茉莉綾さんから何か聞いたな?」


 美咲に水着の好みを教えたことはない筈だが、茉莉綾さんをキャストとして指名した時にはスク水を着せたし、競泳水着が好きという話も確かした。


「はい。先輩はロリコンのスク水好きの変態だと」

「嘘だ! 茉莉綾さんはそんな言い方しねえ!」


 お前の俺への罵倒を茉莉綾さんに擦りつけるなよ。


「まあそんな言い方はしてませんが」

「だろうよ」


 って言うか話が脱線している。俺の好きな水着?


「それは、美咲が着るならってこと?」

「はい」

「着てくれるの?」

「聞き方がキモいです」


 こんにゃろう。


「どういう水着が良いかと聞かれても、女性の水着の造形に詳しくないからな。ビキニくらいしかわかんない」

「じゃあビキニにします」


 なんか即決された。


「そんな秒で決めるなら聞く必要あった?」

「ピンと来ないものより良いでしょう」


 それはそうかもだが。


「そもそも何の話なの、水着」

「だって、そろそろ夏休みじゃないですか」


 確かに。後一カ月程で前期の試験も終わり、大学も夏休みに突入する。去年は塾の夏期講習や接客のバイトなんかも入れて、同級生とバーベキューをしたり、ソロでキャンプにも行ったり、バイトも遊びも色々と忙しかった。今年の予定はまだ特に立てていないが、バイトを多めに入れるのだけはほぼ確定かな、とは思っている。


「みわさんと話したんですよ。夏休み何か予定あるか、と」

「そういうことか」

「はい。私も免許取り終えますし、プールとか行きたいと思いまして」

「なるほど、良いな」

「みわさんも行きたいと言ってて、ゆりあさんや茉莉綾さんも呼びたいなんて話もして」


 プールか。去年は行かなかったが、確かに夏のレジャーなら王道だ。


「行きたいなーの話をしただけで、まだ何も決まってるわけじゃないんですけど」

「そっか。それで水着」

「はい。みわさんは先輩をカメラ係にしたがってました」

「それは全然やるけどな」


 なんなら、頼まれなくても自分から志願したと思うし。夏の思い出はどういう形であれ、写真には残したい。


「おかげで教習所、俄然やる気が出てきました」

「おう、頑張れ」

「と言うわけで先輩、私はもう出ます。昨日はありがとうございました」

「どういたしまして。安全運転でな」


 俺は美咲を玄関まで見送る。頭の中に、ミサキとの生活の思い出が浮かぶ。ミサキとは、俺が出る時もミサキが出る時も、ハグをして出かけるのが日常だった。


「じゃあ先輩、また」

「おう、また」


 当然ハグはなしで、美咲は小さく頭を下げるのみで玄関から出て行く。それに全く寂しさを感じないかと言えば嘘になった。けれど、こうして何でもないように一緒の布団で寝て、起きたらシャワーを浴びて出かけて。そういうのも、別に悪くはない。


「俺もシャワー浴びるか」


 美咲が玄関から出て行った後、俺も汗を流す為にシャワーを浴びた。しかし、美咲の水着か。茉莉綾さんやみわさんの水着姿は、見学店のオプションでも見たことがあるが、実際の彼女達のプライベートな水着もそれとはまた異なるだろうし、俺もちゃんとしたものを買っておくべきか。水着なんて、高校の頃に学校の授業で使っていたものくらいしか持ってないし。

 そんなことを考えてシャワーを終え、美咲が洗面台横に置きっぱなしにしてくれていたドライヤーで髪を乾かす。夏休みは楽しみだが、その前に怒涛の試験勉強やゼミの発表用資料なんかも作らないといけない。楽しい夏休みを過ごす為にも、だ。

 俺はその日は外出はせず、大学の講義の復習や課題をして過ごした。課題にも手をつけ終わると俺はシチュエーションボイスのリテイクの続きもする。

 しかし、教習所か。俺も今年のうちに取っておいた方が良いかもしれない。いつか取ろうで完全に後回しにしていたから。美咲がバイトをしていたのがその為の金を貯める為もあったとは。あいつがバイトを色々と始めたのは俺が部室に来れなくなった頃だけれど、その時から考えていたのだろうか。

 休みが明けて、リテイク作業はその週いっぱいを使ってようやく終わらせた。リテイク原稿をみわさんに送ると、二度目のリテイクが届いた。今回は脚本形式にするに当たっての表現方法の修正だけで、こちらは三日ほどで終わった。


『結城さん、お疲れ様でした』


 二度目のリテイクが終わってみわさんのOKをもらった後、バイト終わりに自宅でみわさんと俺はビデオ通話を繋げて脚本の最終確認を行った。それぞれが脚本の台詞を読み上げ、もう片方が間違いがないかを確認する。もう何度も同じ脚本を見ているし、思っていたよりは気恥ずかしさもなく、本当に最終作業ということで仕事として徹することができた。見学店での撮影の仕事もそうだが、仕事モードに脳を切り替えるのは、そんなに苦手ではないかもしれない。


『何度も修正に付き合わせて、申し訳ない』

「いや。俺がしっかりした物を最初から納品できなかったのが原因だから、みわさんの指摘はありがたかったよ。チェックリストも見やすかったし」

『ありがとう。そう言ってもらえると、助かる』


 みわさんの方は一仕事終えたせいか、雰囲気が店にいる時と同じようなテンションに少しだけ戻っていた。


「そういや美咲に聞いたけど、夏休みの予定話したって」


 画面の向こう側でみわさんが頷いた。


『うん。プール行きたいって話した。桃子──ゆりあも行きたがってたし、美咲ちゃんが車使えるようになったら良いなって』

「みわさんは免許持ってない?」


 みわさんはフルフルと首を横に振った。


『ない。欲しいな、とは思ってる』

「俺もだ。美咲に先越されちゃった」

『美咲ちゃん一人だと大変だから、誰かもう一人運転できる人がいたら良いんだけど、ぼくも桃子もできない』

「その辺はまた皆で考えようよ」


 俺がそれまでに免許を取れれば良いが、なかなかそれも難しそうだ。


『そうだね。当日は結城さん、ぼくたちの悩殺ボディの撮影よろしく』

「任された」


 みわさんは俺の返答にくすくすと笑った。


『即答面白い』

「別に面白くはなくない?」


 美咲と言いみわさんと言い、俺のことなんだと思ってるの。


「そういや、美咲ともありがとう。あいつもみわさんと話せて喜んでた」

『良かった。あまり相談相手がいなくて一人で悩んじゃう気持ち、ぼくもわかるから力になれて嬉しい』


 みわさんはそう言って、にっこりと微笑む。


「俺は脚本終わったけど、みわさんは音声収録とか色々あるんだよね?」

『そう。声優の確保はできてるから、その人に台本を渡して声を撮るのと、それを材料に編集作業。タイトルロゴの製作とか、メインイラストの依頼とかやることは山積み』


 俺は一仕事終えたが、作品製作的に、みわさんにとってはここからが本番といったところか。


「良い作品になると良いね。応援する」

『ありがとう。あ、そうだ。一仕事終えたところで、恋人候補の件どうですか』


 その件、まだ生きてたの?


「ごめん。気持ちは嬉しいけど」


 美咲がいるから、と言いたいところだったが、そんな定型区しか返せなかった。


『そっか、じゃあしょうがないや』


 ただ、当のみわさんは事もなげである。片桐さんは、仕事を頼んだのもアプローチのうちみたいなことを言っていたけれど、みわさん的には特にそんなこともないのだろう。


「それで良いんだ」

『無理なら仕方ないからね。面白そうだから聞いてみただけで』


 その辺りの感覚は、美咲と似ていると言えなくもないかもしれない。


『じゃあ、改めてお疲れ様でした。今回の仕事良かったので、また依頼するかもです』

「お疲れ様でした。俺もそれ時には今回よりしっかり書けるようにしとく」

『期待してます』

「作品の完成、楽しみにしてます」


 そんなこんなで、みわさんから依頼されたシチュエーションボイスの脚本依頼の仕事も、区切りを迎えたのだった。

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