焼肉と待合せ、これからの思案

 みわさんから修正チェックリストが届いたその日は、大学の講義の時間以外、ほとんどその確認と修正で終わった。

 修正箇所の三割ほどに一旦、目を通して直していったところで、俺は一息ついた。


「明日だっけ、みわさんとの食事」


 俺は集中を解き、楽な姿勢で座り直して、部室にいた美咲に聞いた。


「そうですね」

「焼肉だよな?」


 良いな、焼肉。俺もしばらく行ってないかも。


「せっかくだし、俺も一人焼肉行こうかな」

「それなら今度一緒に行きましょうよ」

「今度行くのは行くで、別に俺が勝手に行く分には構わんだろ」

「確かに。それもそうですね」


 美咲は納得したように頷いた。っていうか、やっぱりこいつ、俺をフった自覚ないんだと思う。俺も気持ちだけなら、美咲には受け入れられているつもりになってるし。この間はそれに気持ち悪さを感じて吐きそうになったけど。


「みわさんとは6時頃合流なので、先輩とは9時過ぎくらいで良いですか?」

「良いよ。寧ろそれくらいで良いの?」


 せっかくなのだから、みわさんとももっと長く時間を取れば良いのにと思ったが、美咲はあまり酒を飲めないし、お腹いっぱいになるまで食べて、話をしてと考えてもそのくらいで充分なのかもしれない。


「長くなりそうなら連絡しますが、多分そこまでは長くならないかと」

「美咲さえ良ければ、いつもの居酒屋で良い?」

「はい。それで大丈夫です」

「おっけー」


 俺はスマホですぐに明日の9時半に予約を取った。


「リテイクの様子はどうですか?」

「まだ半分も終わってない。意識しないと冗長に書いてるみたい。実際に喋るには無理があるみたいな台詞とかも結構あったりするんだよな」


 後は、みわさんは俺が脚本作成の素人であることを前提で依頼してくれたから、リテイク内容もそれを踏まえた指示になっていた。その為、チェックリストの確認内容が多岐に渡っていたのが大きい。ただ、俺が脚本の第一稿を早くあげたのを見て、みわさんの方にもそれでかなり熱が入ったようだ。


「確かに、実際に声優が声に出して喋るわけですもんね」

「よく考えたら俺、自分の性癖全開の文章を人に読ませんのか」


 ちょっと、そこのところは考えてなかった。いや、音声作品なんだから脚本を読む人がいるのは当たり前のことなんだけど。


「変態ですね」

「うるせえ」

「ヘンタイ性癖ライターですね」


 またふざけた名前をつけやがってと思ったが、そんな風に俺を詰る美咲は嬉しそうで、そんな美咲の顔を見ていると、怒る気は失せた。


「でも先輩もプロに負けないレベルのモノを書けてるってことですよね」

「そこは残念ながら違うかな。リテイク部分が多すぎる時点で、正規で依頼受けるような資格ないよ」


 俺もみわさんから依頼を受け、脚本を書き上げた後に気になって脚本の依頼について調べてみたりはしたが、依頼者側の無茶なリテイクを避ける為に、誤字脱字など細かな物以外リテイクは受け付けない人や、受けたとしても一度までにしている人なんかもいた。俺の場合は自分の未熟さを完全にみわさんに甘えている形になっているし、これを実際に仕事にするのは今のところ厳しいだろう。第一稿の納品が早かったのだって、俺が作法や脚本としての出来を気にしていなかったからに過ぎない。


「でも、それは経験というか場数の問題では?」

「まあ」

「実際、設定資料を読んですぐに執筆に取り掛かれたわけですし、それはすごいことですよ」

「そっか。ありがとう」


 そう言われるとだいぶ元気がもらえた。ただ今回の場合は、幸か不幸か俺が書きやすい──気持ちの面では非常に書くのが辛いとも言える──題材だったのも大きい。実際にはプロには自分の想像の及ばないような物も含めて、多種多様な設定の依頼があるわけだ。そうなれば俺も今回のように、とはいかないと思う。


「俺は今日も塾のバイトだけど、そういや美咲は最近バイトは?」


 俺が脚本を書いているこの一週間程は、俺が先にバイトの時間になって帰るという流れだったので、美咲のバイト事情がわからない。以前のようにひっきりなしにバイトアプリでバイトを探している感じでもなさそうだが。


「まあ、今は部室に先輩もいますし」


 そしてこういうこと言うんだよ、こいつは。


「後はちょっと、他で時間が取られてるのでバイトの暇がないのもありますね」

「他って?」

「それは秘密です」

「あっそ」


 秘密だと言うなら、俺はもう突っ込みようがない。告白以来、俺はずっと美咲が話したくないことを避けて話をしているわけだし。


「一応聞くけど変なことじゃないよな?」


 金元に処女捧げたり、見学店のキャストとして働き始めたり、片桐さんにデリヘルに誘われたり、美咲のやってきた頭を抱える出来事をあげていけば枚挙にいとまがない。


「変なことではないです。先輩が怒るようなことはしてません」

「それなら良いけど」


 古宮さんからもお叱りを受けた後なのだし、流石のこいつも弁えてはいるだろう。いや、いてもらわないと困る。


「信じるからな?」

「はい、わかりました」


 美咲は俺の目を見て、力強く頷いた。そんな風にされては尚のこと突っ込めない。

 その日は結局、脚本のリテイクにはそれ以上手を出さず塾に向かい、バイトを終えたらすぐに帰宅した。そこでまたリテイク作業を進めているうちに眠くなり、気付けば寝落ちしていた。かなりぐっすり眠ったらしく、夢も見なかった。

 時計を見るとまだ朝の7時だ。夜には美咲との約束があるのだし、それまでどうするか悩んだが、結局午前中はリテイク作業の続きをした。また3割ほど進めて、腹の減った俺は電車に乗って、近場の食べ放題メニューのある焼肉屋に向かった。

 美咲とみわさんが焼肉を食うのは夜だが、昨日美咲に言ったように、一足先に俺も一人焼肉と洒落込もう。昨日からずっと焼肉の口になっていたし。

 いつも通り、昼なので米は食べない気でいたが、カルビや豚タン、ホルモンと肉を焼いていくうちに米が欲しくなり、その日ばかりは昼は米抜きの縛りを忘れることにした。肉以外にもスープやデザートのアイスなど、食べ放題の時間を存分に使って色々なものを口に運んだ。来て良かったわ。こんなに昼にお腹いっぱい食べるの久々だし、たまには良い。

 焼肉食べ放題を終えた俺は、ひと足先に予約を入れている居酒屋の周辺に足を運んだ。近くの漫画喫茶に入り、俺は適当に読みたい漫画を選んで個室で漫画を読んで時間を潰した。漫画を読みながら、美咲とみわさんはどんな話をするんだろう、と考えた。みわさんには、俺が美咲に告白したことは話していないけれど、美咲からみわさんにその話をするだろうか? みわさんも、俺と美咲の仲には深く追及しないようにしていた節がある。思えば、キャストのみんなで飲んだ時も、みわさんは他のキャストほどは恋愛事情そのものはいじってこなかった気がする。

 俺はスマホでまた「恋愛感情 ない」と検索した。個室のパソコンもあるが、スマホの方がレスポンスが速い。検索上位には、やはりアセクシャルやアロマンティックの文字が出て、その解説をするブログ記事や動画が並んだ。俺はさっきまで読んでいた漫画を脇に置き、検索上位に出てきた記事を読んでいった。恋愛感情がなかったりわからなかったりするのも、他者に性的欲求を抱かないというのも、人によって言っていることはまるで違った。恋愛感情がわからない同士ではあるが、美咲とみわさんでも実情は違う。俺が今こうして検索をして知ったことや一昨日古宮さんに言われたようなことも大きな参考にはなるとしたって、美咲にそれがそのまま当てはまるわけじゃない。


「そんなもん、誰だって同じか」


 小さくそう呟いて時計を見る。既に時刻は午後6時を過ぎている。美咲がみわさんと合流した頃か。俺はそわそわしながら、そのまま居酒屋の予約時間が近づくまで漫画喫茶で時を過ごした。

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