脚本依頼、これからの参考②

 シチュエーションボイス。R15まで。幼馴染ヒロイン。チャプター1は導入、幼馴染との登校。チャプター2が休み時間、狸寝入りを決め込む主人公への耳ふー。チャプター3が幼馴染の家、耳かき。チャプター4、3の続き、耳舐め移行。チャプター5、幼馴染の告白、キス。チャプター6、エピローグ。

 そんな風に、指定のシチュエーションやヒロインのある程度の設定、ヒロインの設定画などがズラリと並べられている。全体としては1時間弱の短めな作品を想定していて、各チャプターの必要文字数などもまとめられていた。他にも脚本としての体裁としてどう書くかなどの指示もある。

 音声作品の脚本を書くのは初めてだから少しだけ緊張もあったが、これならかなり書きやすい。

 みわさんも桔梗エリカみたいな、と言っていたが、似たようなシチュエーションでの配信をその場で聞いたり、配信前にミサキからちょっとだけ確認してほしいと台本を一緒に読んだこともある。どういうものを書けば良いのか、何となく想像はしやすかった。

 みわさんには『ありがとう。出来次第送るね』と連絡を入れる。


 俺は帰りの電車の中で、各チャプターの文字数に合わせてセリフを書いていった。正直、セリフ自体は小説を書くよりも早く書いていくことができた。

 後は、撮影の時と一緒だ。こういうシチュエーションならドキッとしそうだ、という自分の性癖に根差した妄想を恥じることなく形にする。


 導入は5分程度。そこまで長引かせない。『この間のテスト、何とかなったよー』『君が教えてくれたおかげだね』と、二人の仲に脈があるようなのを匂わせる。そういや高校生の頃、ミサキのこういう言動に一々どぎまぎしてたことを思い出す。


 耳に息を吹きかけるところは、半ば主人公が起きているのを気付きながらも続ける感じが良い。『ホントに寝てるの?』『寝てるんだったら、関係ないよねー』などと言ってクスクスと笑いながら耳に息を吹きかけるヒロイン。ミサキがやっていた配信も思い出しながら、俺はもっとこうした方が好きだったな、というものも形にする。


 幼馴染の家で耳かきをされるところでは、負けた方は何でもする、と対戦ゲームに勝利した主人公が要求する形にした。『ホントにこんなので良いの?』『痛くない? 優しくするよ』などと続ける。思えばミサキは配信でもかなり流れが強引だったんだよな、などと考える。自分がしたいからしてるんだもん、あいつ。


 耳舐めは逆に、自分の耳かきで気持ち良くなっている主人公に『気持ち良いの?』『いつも耳ふー迷惑そうにしてるくせに』『ねえ、そしたらこういうのは?』と、迫るようにした。この辺りは逆に、多少の強引さは承知の上である。


 告白を聞いたヒロインが、『嬉しい』『わたしもずっと好きだったの』と言う台詞を書いたところで「これはあくまでフィクション。作品」と自分に言い聞かせたりもしながら、こういうのが自分は良い、というシチュエーションを書いていく。

 告白を受け入れたヒロインは、何度も愛の言葉を囁き、貪るようにキスをする。『これからは、いつでも好きな時に一緒だね』『手、繋いでも良い?』と、これからも末長く続く、二人の未来を指し示す。

 ──俺も本当はこれだけで良かったんだけどな。そう思う俺の頭には、ミサキと美咲、両方の顔が浮かんだ。


 集中して書いていたものだから、自宅アパートの最寄り駅に着いたのに気付かず降りそびれそうになった。家に帰るまでも周りを気にしながら続きを書く。家に帰って30分ほどで全部のセリフを書き上げた。

 自分の書いたセリフを確認しながら、送られてきたサンプル音声を聞いた。音声はみわさん本人の収録。実際の作品もみわさん自身でやるのかそう言えば聞かなかったが、確かにミサキの配信と雰囲気が似ていた。そのサンプルも聴きながら、直した方が良さそうだと思った部分を修正する。

 テストライティングなのだし、あまり待たせるも悪いと思い、脚本の形に整理するのと誤字がないかの推敲で、1時間強かけて、すぐにテキストデータをみわさんに送った。


 晩飯を食べている間に、みわさんからの返信があった。


『早いですね!?』

『早速ですが拝見します!』


 相手は知り合いだとは言え、これで自分が審査されていると感じるとまた緊張がある。俺はみわさんの連絡先を開いたまま晩飯を食い、返事はまだかと時折更新ボタンを押したりして、そわそわしながらみわさんからの返事を待った。

 シャワーを浴びて出た頃、みわさんからの返信があった。


『読了しました!』

『すごく良いです!』

『本当に初めてですか?』

『以下、修正点をまとめましたのでご確認を』


 と、自分で気付かなかった誤字脱字の指摘と、指定ルールからはみ出している表現や形式の校正が送られてきた。


 それから、


『以上の点、修正をお願いします』

『トライアルは合格です。後日、おって本採用資料お送りします』


 と、事務的な連絡が続いた。

 おお、やった! みわさんのお眼鏡に無事かなったらしい。俺は『わかりました。それでは後程』と、こちらも少し丁寧な口調で返事を送った。

 俺の知っているみわさんは、それこそ知り合いだから情をかけるタイプではないし、しっかり内容を認めてくれたのだと思う。嬉しくなった俺は、そのまま美咲に電話をかけた。


「もしもし、美咲?」

『はい。珍しいですね、こんな時間に先輩が確認もせず電話かけてくるの』


 俺は時計を確認する。みわさんが普通に連絡をしてきていたものだから失念していたが、午後10時を過ぎていた。


「キャストにみわさんっていたじゃん」

『進展ですか!?』


 美咲の声がにわかに大きくなる。そういう反応されるのも若干微妙な気持ちになるんだよな。


「違う。いや、違うとも言い切れないんだけど、あの人、音声作品の販売してるらしくて、その脚本書かないかって誘われた」

『なんと。やったじゃないですか!』


 美咲の声は心底嬉しそうだった。


『みわちゃんのなら私も知ってますよ。私も彼女から聞いたことあったので』

「あ、そうなんだ? 俺は今日、初めて聞いた」

『どういうのを書くんですか?』

「シチュエーションボイスだそうだけど、それはまだこれから。と言うか、わかってもあんま言わない方が良いでしょ」

『それは確かに。ところで、みわちゃんはお変わりありませんか?』

「いつも通りかな。ずっと我が道をいくタイプのまま」

『なるほど。それで進展は?』


 しつけえ。片桐さんにも言われた通り、全く何もないというわけではない気はするのだが。


「ないよ」


 俺はそう言った。実際のところ、何かあったわけではないんだし。


『そうですか?』

「うん」

『ホントに?』

「……別れた後にキャストの皆と飲んだ時に恋人候補にどうですか、みたいなことは言われた」


 結局言ってしまう。何でだ。


『やっぱりそういうのあるじゃないですか』

「あったから何なの」

『だーかーらー、そういうのがあるのにわざわざ遠ざけるの良くないと思うんです』

「俺はお前のことが好きなの」

『……』


 俺がそう言うと、美咲は静かになる。またゴニョゴニョと何か言っている声だけ聞こえるが、何と言っているのかはわからない。


『後悔しますよ』

「何が」

『そんなことばっかり言って』


 そんなこと、というのが何を指しているのかわからない。


『それはそうと、みわちゃんのシチュエーションボイスのお仕事はちょっと興味ありますね』

「美咲が興味持ってたって言っとこうか? 知らない仲じゃないんだし」

『今回は先輩のお仕事ですから。でも、私がよろしく言ってたことくらいは言ってもらえると』

「わかった。そうする」


 そんな感じで美咲との通話を終える。さすがにみわさんからのメッセージも返答はなく、俺は布団の中に入った。


 目を閉じながら、どうして美咲はそんなに俺と他の人とをくっ付けたがるのかを考えた。自分に好意を寄せられること自体が嫌だから? そういうわけでもない気がする。俺がそう思いたいだけかもしれないが。

 よく考えたら、古宮さんをけしかけた時からそうだ。美咲は、俺と他の誰かが良い仲になることを、どこか望んでいる節があるのだ。あれはさすがにやり過ぎだとしても。

 やはり美咲にとって俺が好きだと言うのは迷惑なのだろうか。だとすると、また俺は身を引くことを考えた方が──。

 そこまで考えて、俺はむくりと起き上がった。違う。それではまた、美咲との会話を放棄しているだけだ。美咲は俺をフったけれど、俺との関係そのものをなくそうとしているわけじゃない。だったら、俺は美咲とのより良い関係性を模索したいと思う。それが恋人関係なのかセフレなのか友達なのか、それは俺にもわからないが……。


「俺は、どうしたいのかな」


 俺は独り、そうボソリと声に出す。

 美咲のことは好きだ。できることなら、ミサキとそうだったように、恋人関係になりたいし、昨日悶えたように体の関係だって持ちたい。その気持ちは薄れていない。

 けれど、当の美咲がそれを望んでいない。だから、最初俺は美咲と付き合えることを望んで告白をしたけれど、俺は無理矢理に美咲に迫ってまで、恋人関係を構築したいわけではない気がする。そこに、大きな拘りはない。ミサキとだって、結果的にミサキがそう望んだから、ああした形になった。それで俺は別れ話を切り出す時も、ミサキの為などとうそぶいていたわけだから。

 ……俺はもう少し、美咲がではなく、自分がどうしたいのかをよく考えた方が良いのかもしれない。

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