脚本依頼、これからの参考①
シチューを食べ終え、シャワーも済ませて就寝準備をしながら、そういえば古宮さんからも美咲からも、俺の告白の件については聞かなかったが、それについての話はしなかったのだろうか、ということに気付いた。それも明日、美咲に直接聞くか。ただ普通に聞くとシラを切られるかもしれないけれど、今日NTR報告について聞けたように、少しずつ解していけたらいい。
ということで眠りにつき、週末を終えた。
「SMオフ会、面白かったですよ。と言っても私は設営と受付の手伝いをしただけですが」
週明け、部室で待っていた美咲が最初に言及したのは例のSMオフ会のバイトの話だった。確かにするとは言ってたけど一発目の話か、それ?
「そもそもなんでそれやろうと思ったの」
「バイトアプリで他の設営バイトの募集かけていた方から、抵抗がなければ人手が足りないので、と頼まれまして」
見学店のバイトの時と良い、引きこもりだったとは思えないほどフットワーク軽いよな、こいつ。
「そもそもSM趣味のマッチングアプリって何」
「そのままの意味ですね。S性とM性の男女のマッチングを行うそうで」
世界は広いな。そりゃ一定数の需要はあるか。
「私が面白かったのは、出会いの場として利用している方々が主ではありますが、お互いに別に恋人や夫妻持ちだけれど、それとは別としての主従関係を見つける方々もいたことですね」
「なるほど」
「パートナーの形にも色々あるのだな、というのを改めて感じました」
確かにそれはそうなんだろう。男女の仲に限らず、人と人との関係は千差万別だ。古宮さんを見ていてもわかる。烏京さんとミサキは、今どんな風になっているだろうか。たとえ人に理解されないような関係なのだとしても、それが二人にとっては何よりも大切なものになることはきっとある。
「お前がセフレなら良いとか言い出したのもそういうの見て?」
少しだけ突っ込んでみることにした。これで何も返って来なければしょうがない。
「……どうでしょう。あまりその相関性に関しては考えてませんでしたが」
美咲も言葉を返してきた。少なくとも、アプローチの如何によっては話をしてくれるらしい。
「ただ言われてみればそうですね。考える要因の一つ、くらいではあるかもしれません」
「なるほどな」
「そもそもセフレって言い出したのは私じゃなくて先輩です」
「そう、だっけ?」
そうだったかもしれないが、あの瞬間はショックの方が強くて自分でも何を言ったかが曖昧だ。
「そういやその話、古宮さんからは聞かれた?」
「その話、とは」
「俺の告白の話。美咲に俺が好きだって言ったこと自体は、俺も古宮さんに話したから」
美咲は少しだけ言いづらそうに口をモゴモゴさせた。
「聞かれましたね。告白されたって聞いたよ、どうして付き合わないのー? みたいな軽い感じで」
古宮さんらしい。
「私は、先輩とは今のままの関係を崩したくないと、古宮さんには言いましたが」
「そう、なんだ?」
「怖いってこと? と聞かれたので、とにかく私は嫌なんです、としか言えませんでした。先輩の意地悪」
俺が悪いわけじゃ……いや、古宮さんに相談して、できれば聞いてほしいと思ったのは俺か。
「悪い。やっぱりその辺り、あんま話したくはないのか」
「話したくないというか、あまり他人に言いたくないです」
同じじゃんよ。
「まあ俺もあの後、どうするのが良いとか全く考えてなかったから、とりあえず良いよ。忘れる」
「それは、良くないのでは……」
「だって話したくないんだろ?」
美咲は変わらず、口をモゴモゴと動かした。
「それはそうなのですが、先延ばしにするくらいであれば、私のことは諦めて他の子を恋人にしちゃえば良いんです」
重ね重ねなんてこと言うんだよ、お前は。
「茉莉綾ちゃんはダメなんですか? 古宮先輩だって、先輩とセックスしたいんですよね。私はあまり存じ上げませんが、ゼミや塾のバイトで会った方々との交流もありますよね。お店の女の子達だって、先輩と良い仲になりたい子はいるんじゃないですか?」
俺はこの間、キャストの皆と飲んだ時を思い出す。ミサキとの別れに意気消沈していた中で、みわさんが「ぼくが恋人候補に立候補するのはダメですか?」なんてことを言っていた。
「あ! その顔はやっぱりいる顔です!」
「うるせえ! 何度も言わせんな! 俺は誰とでもそうなりたいわけじゃねえの!」
「何でですか! 今みたいに誰か良さそうな相手がずっといるとは限らないんですよ!」
また口論になってしまった。俺は息を整え直す。俺に倣ってか、美咲も同じように、すうはあと深呼吸をした。
「エリカさんとよりを戻すこともあるかもしれないじゃないですか」
「それはない」
不満そうに言う美咲に、俺は断言した。
「なんでですか」
「俺が可能性を感じてちゃダメなんだよ」
そう思って、俺はミサキに別れ話を切り出したのだ。絶対に可能性がないのだと、そう言い切れないのだとしても、未練だとか、脈があるとか、そういうことを考えてしまっては、俺の選択の意味がない。
「めんどくさい人ですね」
「お前に言われたくねえ」
よしんば俺がめんどくさいんだとしても美咲程じゃない、はず。
その日は結局、そこまでで会話が終わり、残りの時間はお互いそれぞれ作業をして過ごした。時計を見るとバイトの時間が近付いていることに気付き、俺はパソコンの電源を落として立ち上がる。
「じゃあ俺バイトあるから」
「お店の方ですか?」
「そう」
「いつもより早めですね?」
「この間かなこさんが辞めたんだけど、他にも退職するキャストが何人か決まってるから、今片桐オーナーと店長が求人で来た人何人か入れたんだよ。その人らが勤務時間が早めだからそれに合わせて、今日は開店前に一人撮影」
美咲は納得したように頷くと、椅子を動かして俺の方を向く。
「それじゃあ誰か女の子と進展あったら教えてください」
「ない」
⭐︎
「結城さん、ぼくと連絡先交換してもらえませんか?」
見学店で予定通りに撮影を終え、スタッフルームに戻ると制服コスチュームに着替えて俺を待っていたらしいみわさんがそう言った。
「え」
「あ、オーナーにも一応許可もらいましたよ。実は結城さんにお願いしたいことがあって」
「まあ、いいけど」
そもそも茉莉綾さんや、もう辞めたかなこさんの連絡先も知っているのだから、許可も何もないとは思うが、どうしたのだろう。
「ぼく、ダウンロード販売で音声作品作ってるんですよ」
「へえ、そうなんだ」
みわさんがそういうものを作っていることに特に驚きはない。
「結城さんも文芸サークルでホン作ったりしてるんですよね?」
「うん、してる」
俺からも言ったことがあったと思うし、美咲がここで働いていた頃にも聞いている筈だ。というか、俺を先輩さんと呼ぶようになった頃のキャストは皆知っている。
「その音声作品の脚本を頼みたくて」
「俺が?」
「はい」
みわさんは、こくりと大きく頷いた。
「どんなの作ってるの?」
「それもサンプルを聞いてもらおうと思ってますが、結城さん、桔梗エリカって知ってますか?」
思わず、びくりと肩を震わせてしまった。ここでその名前を聞くとはな。
「ああ、知ってる」
「結城さんは本当に流石ですね。その桔梗エリカですが。彼女、ASMR配信やってるじゃないですか」
──知ってる。
「ぼく、あの配信好きでよく聞くんですが、シチュエーションボイスみたいなのも多いじゃないですか。それを再録して音声作品として売ったりもしていますが、ああいうのが作りたくて」
「なるほど」
それも当然知っている。というか、実際に録音してる現場にいたし。
「あ、もちろんまずはトライアルをお願いして、それで良ければ本採用という形にしようと思ってます」
みわさんはそう言って、スマホを取り出した。
「トライアル脚本の作成にも報酬は出しますし、どうですか?」
なるほど。悪くない依頼だ。みわさんが求めるのが桔梗エリカの配信でやっていたようなものだというなら、俺はそれもよく知っているのだから。
「わかった。そういうことなら是非」
俺も自分のスマホを取り出し、みわさんとの連絡先を交換した。
「ありがたい申し出だけど、なんで急に?」
みわさんは苦虫を噛み潰したような表情をして、舌打ちをした。
「実は元々依頼していた脚本家がトびまして……」
「あー……、ウチもあったよ。ネットで適当に頼んじゃったせいで」
「はい、そうです。もちろん、信頼できる方だと思って依頼したのですが」
「まあこればっかりはね」
「そういうことなので、詳しくはまた待機室からでも連絡します」
みわさんはそう言って、スタッフルームから出て待機室に向かった。
「よう、プレイボーイ」
それからしばらくして、入れ替わるように片桐さんがスタッフルームに入って来た。
「オーナー。なんですかそれ、やめてください」
「ウチの女の子たち侍らせて一夜過ごしたそうじゃないか」
「聞いたんですか」
いや、そりゃ聞いててもおかしくないけど。
「侍らせてはいません」
後、一夜過ごしたって言い方も人聞きが悪い。
「
「みわさんですか」
「あんたに仕事を頼みたいってのはホントだとしても、繋がりを作っとく良い機会だと思ったのは違いないだろ」
片桐さんは煙草を吸い始め、煙を吐く。この光景も見慣れたものである。
「そう思ってるのに連絡先交換許可したんですか」
「別にプライベートのアレコレまであたしが面倒見る気はないさね。静音みたいに、いつかは卒業していくんだ」
「わざわざそんなこと言いに来たんですか、オーナーは」
「んなわけないだろ」
片桐さんはおかしそうにクツクツと笑う。
「あたしも千陽に倣って、改めてあんたのこと、スカウトしようかと思ってさ」
「それは何に」
「前も言ったみたいに、ヘルスの子らの撮影とか。従業員として正式に雇って、後は新店舗の店長とかもやれると思うんだよね、あんたなら」
「いやいや」
流石にそれは買い被り過ぎだと思う。俺なんか、なんて言い方をするのは自分にも相手にも良くないということを教えてくれたのは片桐さんだったか。
「あれだけ女の子たちに好かれてよく言う」
片桐さんは煙草の先端をくしゃりと潰して、二本目に火をつけた。
「誰かに聞いたかもしれないけど、あんたが来てからウチの子らの空気も良いんだよ。そういうの、やろうと思ってやれるもんでもない」
それは、ゆりあさんも言っていたことだ。俺のおかげで、皆以前よりも楽しく働くようになったキャストも少なくない、と。
「見込み違いってことならあたしは別に情をかけることなく切るしね」
「片桐オーナーが?」
片桐さんは不服そうに俺を睨んだ。俺はその目に一瞬怯んだが、この人の情の厚さを俺はもう知ってしまっている。
「何度も言うようだけど、あんたの人生だ。あたしは良さそうな奴がいたらすぐ声をかける性分ってだけ」
片桐さんは二本目の煙草をゆっくりと吸って、俺に笑いかけた。
「そのくらい、あんたを買ってる大人もいるって知っとくのは悪くないだろ」
それは本当に、片桐さんにはいつもありがたく思っている。
「ま、そういうことだから、他の子の撮影もまた、ね。ちょっと忙しくなると思うけど頼むね。もうあがって良いよ。あ、今話した時間も勤務時間入れとくから」
「はい。ありがとうございます」
俺は片桐さんに頭を下げて、裏口から退勤した。
もしかしたら、俺の近況を聞いての片桐さんなりの励まし方だったのかもしれない。
駅に向かっている間にスマホの通知が鳴り、みわさんからの音声データが届いた。さっきみわさんが言っていた音声作品のサンプルだろう。同時に、トライアル脚本の設定資料も届いた。音声は家に帰ってからじっくり聞くとして、俺はひとまず設定資料をじっくり読み始めた。
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