宅飲み招かれ、ある日のAV鑑賞①
「先輩って撮影はもう終わったんでしたっけ?」
部室で次のWeb公募企画に向けての小説を書いていると、同じくパソコンに向かっていた美咲が尋ねてきた。美咲の方は、次シーズンに文芸サークルで出す部誌の構成を任せられることになったのでその作業中だ。ある程度の確認は終わり、後は部長の了承を得れば良いところまでは来ている。
「とりあえずオーナーが事前にアンケート取った分はね。その後、自分も撮って欲しいって子もいてそれも撮ったりはしてる」
「流石じゃないですか」
「オーナーにも、今後もウチにいる気はないかって誘われた」
「ほう、どうするんです?」
「お前が誘われた時は俺、嫌だっつったけどお前は──」
いや、こいつは俺が片桐さんの元で働くこと自体には賛成なのだ。
実際、俺もあそこにいて色々と学ぶことは多い。撮影のために限らず、撮影外のところでもキャストと話す経験をしてから、小説で会話を書くのもかなり楽になった気がする。撮影では特に、キャストの気持ちを上げることを意識するから、普段より会話に気を使う。それが自分の中である種の経験値になっているのかもしれない。
それに少しばかりではあれど、スタッフの手伝いをして客を見ているのも面白い。欲望に突き動かされてわざわざああした店に足を運ぶ人間というのには色々なタイプがいる。少なくとも大学や俺の周囲にはいないタイプの人間が、客もキャストも含めてあの店には多い。
「まあそれはいいや。今はオーナーに呼ばれた時だけ店に足を運んでる。気楽なもんだよ」
「先輩の糧になっているようであれば私も嬉しいです」
「マジで結果的ではあるけど、お前がいなかったらこうはなってないからな。そこはまあ感謝してる。ありがとな」
「いえいえ、どういたしまして」
ただ、だからと言ってこいつが金元に処女を捧げて、俺の知らんところでセックスをしたというのはまだ全然飲み込めていないが。というか、今後も飲み込む気はないが。
「それでですね、先輩。仕事が一段落したのであれば、宮古先輩がお疲れ様会をしたいと言ってまして」
「あの人はもう飲みたいだけだろ」
因みに俺も古宮さんからは、元カレの付き纏いがなくなったことを塾でのバイトをしている時に聞いた。彼女の見立て通り、古宮さんに相手がいると聞いて食い下がるタイプの男ではなかったらしい。「まあ写真を送りつけたのはやり過ぎだったのは認めるけど」と古宮さんのあっけらかんとした様子を見て、この人つえーな、と変に感心してしまった。
「また酔った古宮さんを介抱するのめんどくさいな」
「宅飲みにするそうですよ。古宮さんが既にお酒用意してくれてるみたいで」
それならまあ、いいか? 俺もまた久々にあの人の淹れるコーヒー飲みたい気持ちもあるし、古宮さんの家に招かれること自体は嬉しい。
「わかった。俺からも美咲から聞いたって言っとく?」
「いや、私から先輩も乗り気でしたって送っときます」
美咲は一度パソコンから手を離して、スマホを取り出して文字を打ち込んだ。
「あ、もうきた。今日でも良いそうです」
美咲が古宮さんにメッセージを送ってから、すぐに返信があったようだ。
「俺は大丈夫。美咲は?」
「私も大丈夫です。じゃあそう送っちゃいます」
というわけで、俺と美咲は部室から切り上げて一緒にコンビニに寄り、お酒を何本かとつまみになりそうなお菓子や惣菜を買いに行った。
「いらっしゃーい。二人ともお疲れ様ー」
古宮さんの部屋に着いて、インターホンを鳴らすと、彼女はすぐに玄関の扉を開けた。
「コーヒーいる?」
古宮さんは以前と同じように俺たちをリビングに案内して座らせると俺と美咲に尋ねた。当然二人とも欲しいと返答する。古宮さんは「わかった」と嬉しそうに言って台所でコーヒーを淹れると、俺たちの前に置いた。
古宮さんの淹れるコーヒーは相変わらず美味しく、本当にこのためだけに通ってもいいと思うくらいだった。
「実際のところ、最初に始めた理由はそれだったりするんだよね」
「それって言うのは?」
美咲が訊くと、古宮さんは自分のカップを少し高めに掲げてからコーヒーを一口飲んだ。
「私の淹れるコーヒーが美味しければ、それを餌に男を呼べるでしょ?」
「ああ、なるほど」
俺は思わず感嘆する。良い意味でも悪い意味でもブレない人なんだな、この人も。
「今はもう完全に自分の為の趣味になったよ。先輩くんにも効き目抜群のようで嬉しいね」
「悔しいですがその通りです」
「ふふ、ありがと。片桐さんも君のそういう素直なとこ褒めてたよ」
改めて思ったが、そういうの話す仲なんだな。
「片桐さんって古宮さんとはどういう知り合いなの?」
「んー? 私が大学入ってすぐくらいの頃、あの人の店で働いてた」
これもまたなるほど。わかりやすい繋がりではあるな。
「それ以前にあの人、私の親戚なんだよね。続柄的にはなんだっけ?
「それだけ聞いても色々ありそうな話ですね」
「わたしのことは今は良いのよ。君もだいぶ気に入られてるようでわたしも一応片桐さんの親族として嬉しいよ」
「先輩ですからね」
美咲のその俺に対する信頼はなんなの。いつもは童貞だなんだのとからかうくせに。
「美咲ちゃんもお疲れ様」
「ありがとうございます」
「結構稼げた?」
いきなり突っ込んで聞くよな、この人。そういう距離の詰め方で、古宮さんと話しているといつの間にか彼女の間合いの中に入らされてしまうところがある。
「はい。実のところ、かなり。軍資金も手に入りましたので、今度先輩と一緒にどこか出掛けたりしたいですね」
「おっと? 相変わらず仲良いね、君らは」
「こいつの言うどこか一緒に出掛けたいは洒落にならねえんだよな」
この間、ハプニングバーとかにも行ってみたいとか言ってたし。まあ、普段はいけないようなところで経験を積むというのは俺ものぞむところではある。
何より、俺が美咲と一緒に遊びたい。本人には口が裂けても言えそうにないが。
古宮さんはカップを口元でくいっと傾けて、残ったコーヒーを飲み切った。
「そっかー。じゃあコーヒーも飲んだし、とりあえず乾杯といきますか」
コーヒーも飲み物のうちなんだけど、そういうこと言うのは野暮か。
今度は古宮さんが冷蔵庫から氷とコーラを持ち出して、目の前でコークハイを作ってくれた。コーヒーといい、ハイボールといい、他人に何かを振る舞うこと自体も多分古宮さんは好きなのだと思う。
みんなで古宮さんの作ってくれたコークハイで乾杯をして、俺達が買ってきたお菓子や、古宮さんが冷蔵庫に作り置きしていたおつまみももらいながら、店を辞めてからの美咲の様子や、逆に俺の店での苦労なんかを肴に酒を数杯飲んだ。
そんな風に飲み会を楽しんでいたところで、古宮さんが急に自分の持つジョッキをドン、とテーブルに打ち付けるようにして置く。
「良い感じに酔って来た! ねえねえ、二人に提案なんだけど」
「なんですか?」
「君、ラブホでのこと覚えてる?」
そりゃラブホでのことは忘れるわけがないが?
「ラブホでの、どれ?」
ただ、色々あったし色々話したからラブホでのこと、と言われても古宮さんが何のことを言っているのだかわからない。
「ほら、あの時できなかったけどAV鑑賞会やろうって言ったじゃん」
「言ってましたね」
「あれ、今やろ」
「は?」
唐突なんだよ、毎度毎度。
「良いですね。私も興味あります」
そして美咲がそう言うのはもう分かりきっていることである。
男一人女二人の状況でのAV鑑賞会ってなんだよ、よく考えろみたいなことを言いたい。言っても仕方がないことなので言わないが。
「よく考えなー? 君もこれからエロい写真いっぱい撮るわけでしょ?」
「言い方があまりよくない気がしますが、そうです」
「だったら、実際にプロがどういうエロを撮っているのかは知ってて損はないでしょ」
「そうです先輩。私も何度も申し上げている通り、結局のところWeb小説でもなんでも流行りのものというのはエロです。エロが全ての覇者なのです」
なんで二人してそんな俺の説得に乗り気なんだよ。
っていうか、古宮さんが宅飲みしたかったのはこれか。
「どうしてもやりたかったんですね」
「まあね」
また確信犯だこの人。
「まあ、こないだアップした小説もエロで閲覧数すごかったしなあ」
この間俺が書いたのは、浮気をした元妻に復讐をしようとした夫が、元妻を殺そうとする話なのだが、夫の復讐心に説得力を持たせるためにその元妻の不倫のシーンに力を入れて書いたのだが、その部分だけ明らかに閲覧数のまわり方が他と違った。展開として必要なシーンとして書いたから別に良いのだが、結局美咲の思惑通り、まんまとNTR物を書いて読まれてしまったことに対する複雑な気持ちはないでもない。
閲覧数だけではなく、ブックマークの数や匿名での評価や感想なども結構届いているので、それもまあ別に良いのだが。
「俺も、別に良いですよ」
「やりぃ! じゃあ準備するわ」
古宮さんはテレビのスイッチをオンにして、リモコンを操作した。すると、アダルト系のチャンネルが表示され、画面いっぱいに色々なAVのタイトルが並ぶ。
「これ、サブスクですか?」
「そうだよー。テレビでいつでも観れるようにしてる。家で酒飲んで一緒にAV観て、ねえわたしたちも、ってのはある種の黄金コース。ただし、わたしがたまに普通にAVを楽しんでセックスのことを忘れることはある」
話し方が自分の好きなものを早口で喋る時のオタクと一緒なんだよな。
「よく見られてるのってやっぱりハーレムとかそっち系なんですね」
美咲が画面に映るランキング欄を指差して言った。確かにランキング上位に、裸の女性が何人も並んでいるパッケージ写真が映っている。
「どうかな。たまたまかも。乱交系は割とランクインしてくるのは確かだけど、でもやっぱり女優さんで選ばれてることが多い気がする。二人ともAVってどんくらい観たことある?」
「俺はあんまないです。っていうか一本もない」
「私もないです」
俺と美咲の回答に、古宮さんが幽霊でも見たのかと思うほど驚いた顔をした。
「そんな大学生、この世に存在するの?」
そりゃ割といるだろ。
「性に関するアンケートはしている会社も答える人も偏るから、割と眉唾で見ないといけないとは言え、成人男性の約7割がAVを観たことあるって調査結果もあるんだよ?」
古宮さんお得意の人数調査情報だ。
「女性の場合は9割がイエスと答えたってのもある」
「流石にそれは調査対象に本当に滅茶苦茶偏りがあったからでは?」
9割は嘘だろ。
「じゃあ君は一体どうやっていつもしているの?」
ナチュラルにパッと答えづらい質問をするな。
まあ、こういう状況になって今更セクハラも何もないか。
「いや、動画系を全く見ないわけじゃないですけど、大体はスマホでなんか適当に調べて……」
「はー、なるほどねー。そうなんだ。二人ともどういうの観るのか聞きたかったのに。じゃあわたしが観たいのにする」
と、古宮さんはリモコンを操作して、ざーっとAVを検索していく。当たり前だけど、この辺りは普通の映像サブスクと同じだな。
ただ、こうして何人も何人も裸の女性の絵がズラズラと流れていく様を見ているとどうしても股間が反応するのでどうしたものか困る。いつだったか美咲が古宮さんに「3Pですか?」などと聞いていたことなども思い出す。
くっそ、思い出すなそんなこと。
見学店での経験でエロには耐性はついたつもりではいたが、それはそれ、これはこれだ。できる限り、邪念を頭の外側に置いとく他ない。
「よし、オーソドックスなのにしよう」
何本かパッケージを確認した後、古宮さんが一本のAVを選んだ。
「じゃあ再生するね」
古宮さんは一応俺と美咲の了承を待ち、再生ボタンを押した。
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