乙女に囲まれ、ある日の労働⑥

 次の日の朝、片桐さんから連絡があった。

 事前アンケートをもとに、撮影を希望するキャストの都合の良い時間を調整する、とのことだった。

 塾講師のバイトは午後9時までには終わるし、撮影が見学店閉店後なら問題ない。

 俺は片桐さん宛に自分の都合が空いている日にちと時間をまとめて、昨日出勤していなかったキャストの見学もしたい旨も書いて送った。


 片桐さんからはすぐに返信が来た。俺が送った時間に合わせて撮影の日取りと見学の時間を決めるとのこと。


 結果的に美咲と茉莉綾さんを除いた12人が撮影を希望し、撮影の日取りを片桐さんが調整した。

 俺も出来るだけ彼女らの出勤日に合わせて、彼女らの特徴や強みを見つけ、撮影に活かせるようにメモを続けた。


 撮影した茉莉綾さんの写真もHPに掲載されることになった。茉莉綾さんも写真の確認のために彼女がスタッフからもらったという加工前写真の生データを俺に送ってくれた。俺はまたその写真を、美咲の時のように一度保存はしながらも、ゴミ箱に捨てるという作業を繰り返した。最終的には初仕事の記念ということで、カメラロールの奥の方で適当に残している。


 俺は見学店での手伝いをしながら、撮影希望のキャストの写真をいくつも撮った。


 例えば、ゆりあさんは待合室にいる間いつも眠そうにしているダウナーなキャストだ。この店で働いている理由も、楽して稼げる仕事を探したらここだったというくらいにはあまりやる気が見えない。なので、逆にいかにもなポーズは撮らせずに、待合室の枕に頭を埋めたままの姿だったり、スマホを見ながら体育座りをして下着の見える構図なんかを撮った。

「こんなんでいいわけ? 私はお金もらえるから良いけど」と言うゆりあさんに対して「それがゆりあさんの良さでしょ」と答えると、目線を上にズラして満更でもなさそうに唇を噛んだ。その後は、客相手によくやるというスカートを胸元までぐいっとたくし上げるポーズを披露してくれたのでそれも撮った。


 かなこさんは指名が入る度に元気よく返事をするアグレッシブなキャストだ。指名した客の個室に入ると、まずは手を振って挨拶をすると言うので、そのポーズを中心にして写真を撮った。

 初対面の俺に対しても臆することなく「私、こういう格好が可愛いと思うんだけど」と提案をしてくれるのでやりやすかったし、下着の見えるポーズも含めて色々なポーズを撮ることができた。

 撮影が終わった後「この後用事がなかったら一緒に遊びに行こーよ」と誘われたので、俺は美咲も呼び、近所のダーツバーに行って三人で遊んだ。俺はダーツは初めてだったので、何とか矢を的に当てるのが精一杯だったが、楽しかった。ダーツに興じるかなこさんの様子は格好良く、それも良ければということで私用のスマホでダーツの矢を構えるかなこさんも撮らせてもらって片桐さんに写真を送信した。なお終電前にはバーでの飲みはお開きにして、しっかり自分の家に帰った。


 しょうこさんは普通に立っているだけで両腿がくっつく程には肉付きの良い女性で、以前茉莉綾さんにも聞いた系列店のデリヘルにも在籍しているというキャストだった。つまり、この店での指名をもらった後に客とホテルに向かうというパターンも想定されるタイプだ。流石にそれを耳にした時は俺も大分どぎまぎしたが、深呼吸をして自分の本分を思い出し、生脚を強調したローアングルの写真を、顔を加工で隠さないことを想定して手や指で隠してもらうような構図での撮影をした。

 しょうこさんの方からウインナーを咥えたり、股間にマッサージ器を当てるような情欲的な姿も自ら進んで提案してくれたので、そういう写真も他のキャストに比べて多めに撮れた。

 流石にこうした撮影には慣れていて、俺の緊張も見抜いていたらしく「急がず、焦らずでいいからね」などと逆に励まされてしまったのは、ありがたくも反省の残る撮影だった。


 みわさんは見学店でのバイトを始めたばかりにも関わらず、待合室にいる勤務時間もそう長くない為に、数えるくらいしか指名をされたことがないという新人キャストだ。

 ただ、勤務時間を家から持ってきたらしい漫画を読んで過ごしている様子が印象的だったので、座りながら漫画を読んでいる様子や、着替えオプションにあった魔法少女風のコスチュームなどに着替えてもらうように俺から指示して、いわゆるオタク受けを狙った。

 朝の特撮なんかもよく見ると聞いていたので、好きなヒーローの決めポーズなんかも一緒に撮った。


 あさのさんは撮影希望のアンケートは提出していたが、他のキャストとは違い昼から夕方にかけての勤務時間しか取ることができなかったので、待合室ではなくスタッフルームでの撮影となった。

 他のキャストと違う場所での撮影となると、俺の気持ちも若干リセットされて緊張したのが少し出てしまったのか、最初のうちはあさのさんにどう指示するかを迷い続けてしまったものの、何なら違う環境であることを活かそうと、基本的にはパフォーマンスでよく披露するというポーズを中心に撮影しながら、スタッフルームの椅子に座ってメイク台に向けて顎肘をつく様子など、ちょっとしたオフショットに見えるような写真を撮ることにした。

 この店のキャストでは今のところ唯一の喫煙者で、最初は肩身が狭い気もしていたがオーナーの片桐さんが煙草を吸うものだから喫煙室でたまにオーナーと話すようになってからは喫煙者だからという理由では窮屈さを感じないという話もしてくれた。

「忙しいところ無茶言ってごめんね」

 と、あさのさんはどこまでも優しく言ってくれたのが俺にもありがたかったし、俺も「こちらこそお忙しいところお時間ありがとうございます」とお互いに頭を下げて笑い合った。


 他の7人も同じように、時にはかなこさんのようにオフで見せる顔も参考にしながら撮影をした。


 そのどれもに共通して俺が自分に言い聞かせたのは「恥ずかしがらない」と言うことだ。

 これがプライベートだったら全然話は変わって来て、自分でも簡単には他人にこんな風には指示を出せなかっただろうけど、撮影を希望したキャストは少なくともそれによって自分の指名が増えることも期待しているから撮影を了承した筈なのだ。

 ならば、こちらも生半可な態度でいるわけにはいかない。

 いかに美咲にヘンタイカメラモンスターと呼ばれようが、彼女たちの様子を客が実際に店で見たくなるような写真にする為には恥を捨てることを心掛けた。


 具体的に言えば、俺自身が魅力的に思った仕草やポーズをキャストには臆することなく伝え、その良さを写真に撮りたいことを必ず言葉にする。

 いつぞや部室で美咲とウケる小説の条件について話し合った時に思ったことと同じだ。

 今やこの国には素人からプロまで、色々な作家の書いた小説も娯楽もよりどりみどりだ。この店とて例外ではない。

 だから結局のところ「自分はこれが好きなんだ!」という気持ちを恥も外聞もなく、真っ直ぐに伝えることのできるに忠実な作品が最も強い。

 そのことを感じながら、俺は12名のキャストの撮影を、半月がかりで行った。気付けば、撮影の間に美咲のバイト契約終了の期日にもなり、どうするのかと聞いてみると「先輩がその身でお店の雰囲気を体験できている以上、私があえて働き続ける必要はないと思います」などと言う。


「マジか。でも何だかんだで人気あったろお前」

「です。でも別に珍しいことじゃないようですよ。働く理由がなくなれば女の子はお店を去るし、オーナーもそれを何の気兼ねなくできる店でありたい、と言っていました」


 確かに片桐さんならそう言うだろう。

 風俗系の仕事をしているうち、いわゆる足抜けができない状態になるようなことは、あの人が最も嫌うものの一つだ。


「じゃあもうお前のエロいパフォーマンスは見れねえんだな」


 流石の俺もすっかりエロという単語には抵抗がなくなっている。


「ご希望であれば今ここでしても良いのですが」


 美咲はキョトンとした顔でそう答える。

 そうだな。そしてこいつはそういうこと言う奴だよ。

 でもそういうことじゃねえんだよ。いや、そういうことかもしれねえけどさ。


 結局のところ俺はこの期に及んで、こいつとどういう関係でいたいのか自分の頭の中でも整理ができていないのだ。


 俺が「あんまプライベートでそう言うこと言うんじゃねえぞ」と言うと、美咲は「ヘタレ童貞の先輩以外に言うわけないじゃないですか」と応えた。


 おう、こんにゃろめ。


 結局、美咲は予定通り見学店のバイトはやめることにした。茉莉綾がせっかく仲良くなった美咲と一緒に仕事ができなくなることを残念がっていたが、二人は既に連絡先も交換しているし、よく電話をしたり写真を送りあったりもしているのだと言うから付き合いがぱったりとなくなることもないだろう。


 俺の撮った写真の評判は、俺が見学店の受付の手伝いをしている時などにも感じるようになった。たとえば常連客がいつもと違う曜日に遊びに来てHPの写真を指差し「この子いる?」と聞いている様子を見たり、普段はオプションを頼まない客がHPに記載されている衣装への着替えを選んだことをスタッフに聞かされるなどした。


「あんたさあ、こっちの業界に興味あったりしないかい」


 俺がスタッフルームで休んでいる間に、喫煙室に煙草を吸いに来た片桐さんがやってきて、そんなことを言った。


「美咲にもそんな感じで系列店勧めたんですか?」

「見込みのありそうな奴にはすぐ声をかけることにしてんだよ。美咲の場合、抵抗はなさそうだったし、サービス精神も旺盛だから全然いけると思ってね」

「なるほど」

「それより今はあんたの話だよ」


 片桐さんは俺のそばにどっしりと座ると、肩を叩いた。


「女の子たちからの評判も悪くないしさ。いけると思うんだよ。ここだけじゃなく、デリバリーの娘らの送迎とか担当マネージャーとか、やらせることは山ほどあるんでね」

「もし本格的に就職するなら親がなんて言うかは気になりますね」

「あんたの人生なんだからあんたの好きにしたら良いんだよ」


 それは確かにその通りだ。

 今の俺に行きたい業種なんかはあまりない。早い同級生は春のインターンへの参加も始めている。俺はそんな風に、そろそろ本腰を入れなくてはいけない就職活動にビクビクしている、情け無いどこにでもいる大学生の一人に過ぎない。


「バイト続けるのは全然良いです。また写真撮って欲しいキャストも増えたんですよね?」

「ああ。何度も言うことだが、ウチは入れ替わりが激しい」


 片桐さんは困ったような楽しそうな表情だ。


「美咲もそうだが、撮った写真がすぐに使えなくなることもある。だからそうそう簡単に凝った写真を撮ってらんないってのもあるんだが、あんたがいりゃその心配はしなくて良いからね」


 確かに、他の見学店のHPを見ていても片桐さんの店ほど、というか俺の写真ほどに凝るような写真がそう多くないように感じるのはそれが一番の理由なのだろう。


「あんたみたいなのは貴重だよ。夜の町じゃ互いに蹴落としあい、馬鹿にしあいは特別なことじゃない。なんなら客だって利口な奴ばかりじゃない。女の子を乱暴に扱い輩だって少なくない」


 片桐さんはぽりぽりと頭をかいた。


「女の子だって、楽して稼ぎたいと思うから業界に入る。桃子──あんたが撮ったゆりあな──とかもそう。それを止めることはできない。だったら、少なくともあたしの目が届くくらいは、あたしみたいなのが防波堤になって、ちょっとでも良い思いさせながら、ウチで働くことも決して楽ばかりじゃないことを教えるのは悪いことじゃないだろ?」


 片桐さんも、若い頃はヘルスやソープで働いていたキャストだったからこそ、そこで働く女の子たちの為に自分ができることをしたいのだという。その志は俺から見ても眩しく、改めて尊敬できるものだ。


「考えておきます」

「頼むよ」


 俺の返答を聞いて、それが煮え切らない態度からのものであることを片桐さんもわかっていながら、にこやかに笑った。


 とりあえずのところ、俺はある種の専属カメラマンとしてバイトとしての在籍を続けることになり、片桐さんの呼び出しに応じてキャストの写真を撮ったり、その準備として店の手伝いをすることで話は固まった。


 そうこうするうちに、気付けば外出にはジャッケットがいらなくなり、一足先に目覚めたニイニイゼミが鳴くようになっていた。

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