アパート自室、ある日の撮影④

 それから俺は、見学店や他の風俗のキャスト紹介写真を美咲と一緒に見ながら、俺がやらせたいと思った構図、美咲がやってみたいと思った構図を交互に撮った。

 俺は主に文学少女路線で美咲を椅子に座らせたり、床に本を読ませながら寝ころばせたりといった構図を頼み、時折「先輩の性癖がキツい」などと美咲に文句を言われながらも撮影を続けた。対する美咲の方は、やはりエロ構図に拘っているようでキャストだけでなくセクシーアイドルやグラビアモデルの写真なんかも見ながら自分のやりたいポーズをした。


「先輩、これどうです」


 もう十周くらいした頃だろうか、俺もそろそろ疲労を感じ、一度トイレに行って戻ってきたところで美咲が自分のスマホから写真を見せてきた。


 どこぞのセクシーアイドルの写真で、上目遣いで口を大きく開けて舌を突き出しているポーズだ。顎の下の方で手のひらを広げて何かを受け止めようとしているように見える。


「駄目だろ」


 明確にアウトだろうがこれは。


「でもお店でもやりますよ」

「お前のバイトが期間限定で良かったよ」


 別にそういう仕草をするなとは言わないが、あまりにもこちらの心臓が持たない。

 第一、美咲は最近まで処女だったわけでしょ。それから一度セックスしたくらいでこれだけ性に奔放になるもんなの? あー、でもこいつ古宮さんの後輩だから自分はさておき、そういうのに抵抗とかはないのか。

 いや、そもそも美咲があれからセックスをしていないという保証はない。俺の知らないところでまた処女を奪った金元の野郎や、他の男とやっていないとは言い切れない。


「なあ、美咲」


 俺は頭を抱えた。思わず美咲が初セックスの後もしているのかどうかを聞こうとしていた。そんなこと聞いてどうする。何度も確認するようだが、今の俺にそれをとやかく言う権利はない。茉莉綾さんの「嫌なら嫌って言って良いと思うよ」の言葉を思い出す。友達や後輩がやってちゃ嫌なこと、それを当人に言うのは当然だ。だけど、そのプライベートまで束縛する権利は俺にはない。


「先輩?」


 頭を抱えたまま、しばらくの間フリーズしていた俺の顔を美咲が覗き込んだ。

 制服姿で顔を下におろし俺を見上げる美咲を見て、どきりとする。いつもふざけている癖にちゃんとこういう時は心配してくるんだこいつは。


「大丈夫。ちょっと疲れた」

「結構長い間撮りましたもんね。流石にそろそろ終わりにしますか。撮れるだけ撮ったような気がしますし」


 美咲の言葉に頷いた後、俺はゆっくりとその場に腰を落として座った。

 美咲もそれに続いて、俺の隣にぺたんと座り込む。

 美咲の顔が俺の隣にあるのを横目で見て、俺は一度顔を見上げて天井を見た。うちの部屋の天井ってこうなってたんだな、あんまマジマジ見たことなかったな、なんてやけに冷静な気持ちで慣れてはいるが見慣れてはいない天井を見上げる。


「美咲、さっきやりたいって言った写真のポーズしてみて」

「え、こうですか?」


 美咲はさほど抵抗なさそうに、俺の隣に座ったまま、俺の方を向いてうぇっと舌を突き出した。このままベロ引っ張ったらこいつどんな反応するんだろうな、なんてするつもりもないことを考える。


 カシャリ。俺は床に置いたスマホを手にして、舌を出している美咲の顔を撮る。

 美咲は大層不服そうな顔で俺を見る。


「またやった」

「いつもお前が不意打ちするお返し」


 俺は今撮ったばかりの写真をカメラロールの中から拡大した。何も警戒することなく、アホヅラで舌を突き出している美咲の様子が愉快だ。


「お前そういうの絶対他所よそでやるなよ」

「やりませんよ」

「店でも?」

「そりゃお店は別です」


 俺は美咲が初めて見学店に来た時のテンションの上がりようを思い出していた。俺をダシに色々な経験をすることは、きっと美咲にとって単純に楽しいことなんだろう。

 俺も美咲のおかげで色々と良い経験はさせてもらっている。いや、良い思いとかそういう意味じゃなくて。


 ──美咲が店では客とどんなやり取りをしているのか、初体験の後こいつがその相手とどうしているのか、全部が全部気になってしまう。全部を聞き出したいと思う。


「っていうか顔は隠すんだからこのポーズ意味ないじゃん」


 そしてそんなことを今更になって気づいた。


「顔は隠すかもしれませんが、それでもポーズはエロいですよ」

「じゃあ舌出す必要なくなかった?」

「やれって言ったのは先輩なのですが」

「そうだった。ごめん」


 俺はカメラロールの写真の中で、ボケていない写真のいくつかを選択して美咲宛に送った。


「今写真送った」

「ありがとうございます」

「疲れた。なんか飲み物いる? ペットボトルので良いなら冷蔵庫にコーヒー入ってるけど」

「あ、よろしければいただきます」

「おっけー」


 俺は腰を上げ、冷蔵庫までコーヒーを取りに行った。一人暮らしゆえ、水切り籠に入れっぱなしになっているコップを二つ手に取り、一度水で適当にすすいでから、コーヒーを注ぐ。俺は両手でコーヒーの入ったコップを二杯、美咲のところまで持って行った。


「ほら」

「ありがとうございます」


 美咲にコーヒーを渡して俺はさっきより少し美咲から離れた、彼女の正面に座った。


「古宮さんの淹れるもんに比べたら雲泥の差で申し訳ないけど」

「あ、そうだ。それ聞いてなかった。古宮先輩とはどうなったんですか?」

「どうもしてないが」

「報告してくれる約束ですッ」


 美咲は俺を咎めるように語尾を荒げた。


「そうだね。でもお前が古宮さんから聞いてるのとそんな変わらんと思う」

「私は先輩の口から聞きたいんですが」


 美咲はゴクリと一口、コーヒーを口に入れて飲む。


「そうだなあ。使うラブホの場所とか部屋とかは全部古宮さんが決めてくれた。それから部屋に入って、ラブホの部屋の説明とかしてくれたよ。それでシャワーに入って」

「シャワー? 洗いっこ?」

「んなわけねえだろ。別々だアホ」


 ふざけんのも大概にしとけよ。


「で、古宮さんがウーバーでお酒と食事買ったから一杯だけ乾杯した」

「その後えっちしたんですね」

「してねえ」

「女の子を脱がせて写真を撮るのはえっちなことではない?」

「えっちなことしました。ごめんね」


 その言い方で言うと今の美咲も相当だが。


「最初は古宮さんが下着姿になって、俺の背中が映り込んだ写真撮ったんだけどさ」

「一枚目のやつですね」

「そう。でも、古宮さんがなんか物足りないみたいなことを言って、俺をベッドに寝かせて」

「えっち」

「そうだよ」


 否定するのがめんどくさくなって肯定したからなんか変なやり取りになってる。


「それで古宮さんを下から写す形で写真を撮った」


 ただ、今度物足りなさを感じたのは俺だ。その写真だけでは、リアリティがない。俺はそう感じた。


「下着姿の古宮さんを下からあおる形で撮っただけの写真だ。どこでも撮れるし、誰でも撮れる。そんなの、リアリティがない」

「なるほど、そういう流れだったんですね。流石先輩です」


 なんかこの辺の話だけこいつやけに俺を持ち上げるよな。


「で、俺が言ったわけ。服邪魔じゃないですかって」

「最悪の変態ですね」


 前言撤回。やっぱりこいつ俺のことおちょくってるわ。


「撮った写真はその3種類かな。後はカラオケして、チェックアウトの時間まで寝てから帰ったよ」

「改めてそこで致した?」

「致してねえのよ」


 しつこい女は嫌われるぞ。夢精して朝にもシャワーを浴び直した話はしてないけど、それは別にしなくて良いだろ。それこそプライベートの話だ。古宮さんには秒でバレていたけども。


「なるほど。古宮先輩にも聞いた通りでした」

「だからそうだって言ったろ」

「いえ、先輩の口から聞いたことでより解像度が上がったので」

「部屋の写真も資料用とかに撮れば良かったな」

「それはまたいけば良いのでは?」

「誰と」

「私も行きたいですラブホ。カラオケとかラブホのシャワーとか見たいです」

「あー、機会あったらな……」


 俺は小さく咳払いをした。

 美咲ならそう言うことはわかっていたが、いざこいつにそう言われると心臓がもたない。


「じゃあ今日はこれで終わりかなあ」

「ですね。私は着替えないと」

「あ、そしたらそれも撮って良い?」


 よく考えたら、見学店ではその衣装を脱いで他の衣装に着替えることが多いのだから、実際の様子に近いのはむしろこれからだ。


「遂にさらっと言いましたね。一度ラブホ行ったくらいで何をジゴロぶってるんですか」

「ぶってねえからな」


 この期に及んで配慮もクソもねえだろ。俺はもう自分の写真撮影欲くらいは抑えられねえし抑えねえよ。

 俺は立ち上がって美咲から飲みかけのコーヒーを受け取って、自分のものと一緒にシンクに持っていく。中身を適当に捨ててコップをゆすいだら、そのままシンクにコップを置きっぱなしにした。それから元の場所に戻って美咲との距離を調整し、ちょうどいい写真が取れそうな位置に胡座をかいて座った。


「じゃあまた俺は勝手に撮るから。こっち正面向いて?」

「この人変態です。最悪です」


 言いながらも、美咲は制服コスチュームを脱ぎ始めた。

 正直なところ、さっき美咲にラブホに行きたいと言われた時から心臓の鼓動がおさまらない。それどころか着替える美咲を前にしてむしろ速まっているほどだ。

 だが、それを勘付かれないように俺は心臓部の辺りを一度ぐっと抑えて気持ちを整えながら、スマホカメラを美咲に向けた。


 カシャリ。カシャリカシャリ。美咲が制服を脱いでいく様子を無言で撮り続ける。美咲はさっきラブホでの様子を聞いていた時とは打って変わって、楽しそうな、それでいて困ったような顔をする。その顔がまた俺の心を掻き乱す。

 美咲は制服コスチュームのスカートを脱ぎ、そのまま元着ていたスカートを履いた後、上を脱ぎ、下は私服スカート、上はブラジャー姿になる。その姿も当然撮影する。美咲は私服の上着もすぐに着て、ふぅと息をついた。


「お疲れ様でした先輩。私もまさかこんなに疲れるとは」

「お疲れ様。この後どうする?」

「とりあえず今日のところはお暇させていただきます。この制服も返さないとですし、そのまま出勤します」

「そっか、借りもんだもんな。写真もその時にスタッフに見せるの?」

「そうですね。だから、送ってない分も後で送信お願いします」


 美咲は脱いだ制服を丁寧に畳んでから、元入っていた紙袋の中に入れた。

 そのまま俺は美咲と一緒に玄関まで行き、玄関の扉の鍵を開けた。


「ありがとうございます、先輩。お土産話も聞けて、楽しかったです」

「こっちこそ弁当助かった。ありがとな」

「お疲れだと思っていたのですが、この分だと別に私の気遣いはいらなかったですね」

「なんでだよ、いるよ。本当に助かったと思ってんだから」

「そう言ってもらえると助かります。ではまた大学で」

「ああ、また」


 俺は玄関から出ていく美咲を送り出してから、また玄関の鍵を掛けた。それからさっきまで美咲に撮影の時に座らせていた椅子に座り、スマホの写真アプリを開いた。

 さっきまでは美咲の写真を撮るのに夢中になっていたが、改めて見るとカメラロールがヤバい。今日だけで何枚もの美咲の写真で埋め尽くされている。それもさっきの舌出しポーズも含めて、際どい写真も多い。


「くっそ、また調子乗った」


 俺はガシガシと頭をかいた。どうも俺はもう少しだけ自制心というものを学んだ方が良い。

 俺は深く溜息をついて、色々と今日のことを思い返す。それからスマホを片手に、写真アプリを開いたままトイレに向かった。

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