アパート自室、ある日の撮影③

「見てみ」


 下着姿の美咲をフレームに捉えた後、俺は撮ったばかりの写真を美咲にスマホを渡して見せた。

 美咲は興味深そうに写真を凝視した。


「これは、どうなんでしょう?」

「よく撮れたな、と思うけど。体の輪郭が綺麗に出てて。店でも思ったけど、美咲はそのままでいいよ」

「そのままですか?」


 美咲は怪訝そうに眉を顰める。あまりピンと来ない、という顔だ。


「これは俺の感想でしかないけどさ、美咲の場合、自分が性的だと思う仕草をやってるだけであんまりなんというか、そういうのを感じない気がするんだよな」

「私の体はエロくないと?」

「違うって、美咲はエロいよ」


 と、そこまで無意識に言った後に俺は自分の発言に気付き、急いで取り繕った。


「いや、違っ。違わないけど、そういうことじゃなくて。ただ」


 何も取り繕えてなかった。


 美咲は慌てる俺を見て、おかしそうに笑う。


「落ち着いてください。エロい写真を撮ってもらうのが目的なので、今はエロいは褒め言葉です」

「エロエロ言うな」


 でも今のも良いな。いや、美咲がエロエロ言ってるのが良いというわけじゃなく。


「美咲、スマホ貸して」

「どうぞ」


 俺は美咲からスマホを返してもらうと、すぐに彼女にカメラを向けた。きょとんとした顔の美咲がそこに映る。さっきは見学店での撮影だからとこちらが座っていることを想定していたが、今は美咲が俺を見上げている形になる。


 いつもと同じ。変わらない美咲。


 そんな普段と変わらぬ美咲が、普段は見せないその肢体を下着姿で晒している。首筋から伸びる鎖骨の筋、小さく上下するお腹の動きも、裸で確認できる。なのに、更に下を見ると靴下を履いているのが逆にエロいと思う。

 俺は唾を飲んだ。自分の心臓の鼓動が跳ね上がる。


「先輩?」


 黙りこくる俺を、美咲は怪訝そうに見つめる。

 俺はシャッターを切った。


「あ」


 撮られると思っていなかったのだろう美咲は驚いた顔になった。


「今のも良かったな、と」

「撮る時は撮るって言ってください」

「それはごめん」


 でも、今の写真は美咲が身構えていたら撮れなかったと思うし。


「顔は隠しちゃうんだっけ?」

「流石に身バレは嫌ですよ私も」


 それはそう。じゃあこの不意打ちを食らった表情は載せられないのか。それで良いと思った。この素の美咲の顔は、俺が知っていれば良い。


「じゃあポーズが魅惑的である必要はあるんだと思うんだけどさ、美咲お前、ぶっちゃけそんなにポーズ上手くないよ」

「お、言ってくれますね先輩」


 美咲はあまり納得が行かないという顔で俺を見ている。美咲とはよく話すけれど、部室では大抵俺がパソコンで作業してたり、美咲も本を読んでいたりするから、こうしてまじまじとお互いを見ることはない気がする。

 いや、美咲が下着姿なだけでもう俺にとっちゃ日常ではないのだが多分、こいつの場合はそういうちょっとしたアクセントの方が良い。


「悪く言ってるわけじゃなくてさ。一つ一つの仕草がわざとらしいよな、って。そりゃわざとやってんだからわざとらしくなるのは当然なんだけど、えっと」


 俺は茉莉綾さんを思い出す。調子を取り戻した後の彼女は所作の一つ一つが丁寧だった。そしてそれが決して全て演技というわけでもなく、店の中ではない実際の彼女と会ってみても同じなのだとわかった。


「パフォーマンスのエロさはあれはあれでぐっと来る客もいるんだろうけどさ」

「そうでしょう。他のキャストさんにも聞いて男がエロく思う仕草を色々と研究しましたからね」

「今お前を好きで指名してる客はそれが好きなんだろうから、それはまあ良いにしてもさ。多分俺はいつものお前の方がえ、エロいと思うんだよな」


 下ネタを言い慣れてない中学生ばりにきょどってしまった。我ながら気持ち悪い。


「先輩、いつもそんな目で私を?」

「いつもじゃねえし!?」


 いや、いつも俺は美咲をそういう目で見て、いや、そういう話じゃなくてだな。


「じゃなくて、えっと、お前って指名受ける前って何してるの」

「何って、他の子とおはなししたり? 話すことがなくなったら他の子みたいに一人でスマホを見たりもしていますが」

「スマホは自分の指名の通知が来たりすんの?」

「そうですね。スタッフさんから、何番ブースで何コースの指名が入ったかの連絡が来ます」

「じゃあスマホは別にそのままでも良いとしてさ。本読んでるとかは駄目なの?」

「駄目じゃないと思いますけど、なんか嫌じゃありません?」

「いや、俺は嫌じゃないけど」

「先輩はそうかもしれませんが」


 美咲が珍しく口ごもった。俺に自分の考えていることを何と言えば伝わるのかを考えあぐねているように見える。


「本を読んでると何か暗く見えるというか、別にスマホからでも本は読めますし、それこそわざとらしくないです?」


 ああ、なるほど。確かにそれはそうかもしれない。けど、美咲が自分の魅力を伝える姿というなら、それは自身の強調のはずだ。


「その演技はそれで良いんじゃない? とりあえず流石にもう制服着て」

「……わかりました」


 美咲は未だ納得のいかない顔ではあったが、俺の言葉に従い、渋々と制服コスチュームに手を伸ばした。まずはシャツを腕に通す。その自然な姿もありだと思い、俺はシャッターボタンを押す。

 美咲はシャッターボタンに一瞬びくりと反応したが、そのままシャツのボタンをつけ始めた。その動作も何度か写真に撮り、よく考えたら一枚一枚撮ることもないのかと、一度連写した。


 カシャシャシャシャシャシャ。と連写されるシャッター音が部屋に響いた。

 ──いや、やっぱり単発の方がいいか。


「先輩、無言で着替える私を連写するのは流石にむっつり過ぎませんか」

「なんでだよ! 写真撮るのが目的だろ。撮らせろよ!」

「ヘンタイ」

「違っ」


 今ばかりは否定する言葉を持たない。今の俺の姿を写真に収めたら、さぞ気持ち悪く映るだろうよ。


「良いです。サンプルは多い方が良いですもんね」

「そうだよ。うん、そう」


 美咲は小さく息を吐く。美咲には珍しく、その顔と耳が紅潮していて、俺はその顔を中心に収めてまたシャッターボタンを押した。


「先輩」

「何?」

「顔はアップできないんですよ、わかってますか?」

「いや、顔じゃなくて全体をだな」

「別に先輩なら良いですが」

「いや、着替えの様子まで撮れっつったのはお前」

「それは先輩がいつまでもウジウジ言っていたからなので。まさかこんなヘンタイカメラモンスターになるとは思わないじゃないですか」

「理不尽」

「はいはい、後でその写真オカズにしてください」

「……」

「そこで無言やめてください。え、流石にキモいです」

「いや、それはマジで理不尽だと思う」


 もっとカメラマンに徹するべきだというのはそれはそうだが、じゃあ写真を撮ること自体は構わねえだろうが。いや、確かに今の即答で書かなかったのはキモいけどさあ。


 美咲はそんな風に逡巡する俺をに諦めの眼差しを向けた。そしてこちらに背中を向け、更に上着を羽織る。

 俺はその間も何度か美咲にスマホを向け、シャッターを押して写真を撮った。


「古宮先輩との撮影もそんな感じで下着を剥ぎ取ったんですか」


 美咲がカーテンの方を向いて、スカートを脚に通しながら言った。


「剥ぎ取ってねえから」

「下着外すように迫られたって古宮先輩言ってましたが」

「それは、確かに俺から言ったけど」

「やっぱそうなんじゃないですか」

「だってそれはそっちの方がいいと思ったから」

「そりゃおっぱい見れた方が良いでしょうね」

「あのな」


 いや、違うんだって。否定しようとしたが、すればする程ドツボにハマっていく気がして、俺は黙った。


「はい、着ましたよ?」


 美咲は上下ともに制服コスチュームに着替え終わると、俺の方に向き直る。その美咲の姿を何度か写真に収めた。流石に美咲ももう何も言わない。


「じゃあ、それでそのまま座ってもらえる?」

「こうですか?」


 美咲はその場に体育座りになった。スカートが普通よりも短い丈なので、そうして座ると股の間から美咲の白い下着が俺が立った状態でもチラリと見えた。

 俺はシャッターを押した。


「えっと、先輩? 撮る時は言ってくださいって言いましたが」

「不意に撮った方がエロいんだよお前」


 流石にこの状況でもうエロという言葉に羞恥心は感じなかった。


「そうですか」


 美咲は困ったように頬に手を寄せた。その仕草もまた、普段見せるようでいて見せない、それでいて素の美咲で可愛らしい。

 俺はシャッターを押した。


「あのー、先輩?」

「ごめん、嫌なら消すからとりあえず俺のタイミングで色々撮って良い?」

「消さなくて良いです。全くそんなに勃起させて」

「してねえし!?」


 してる。


「良いでしょう。先輩のお望み通り、撮影プレイに従いましょう」

「プレイじゃねえ。後、俺これ言うの何度目かわかんねえんだけど、頼んだのお前」


 俺から頼んだみたいに記憶を捏造するな。


「ちょっと待ってて」


 俺は部屋にある積み本の中から、適当に本を抜き出した。


「はいこれ」


 抜き出した本を持って美咲の前に戻り、そのうちの一冊を美咲に手渡した。


「これもわざとらし過ぎるのでは」


 美咲に渡したのは、太宰治の『斜陽』の文庫本だった。美咲が読みそうな本である必要はない。あくまで彼女の中にある要素の強調で構わない。


「いいだろ太宰。俺は太宰好きな女の子好きだよ」

「それはただの先輩の性癖なんですよ」


 美咲は短い髪をすくいあげ、『斜陽』のページを開いた。美咲の目線が目の前にある本に吸い込まれていく。美咲の黒い髪が艶めいていて、そこにいるのは正に絵に描いたような清楚な文学少女だ。ただしその文学少女の下着は丸見えだが。

 俺はシャッターを押す。


「俺のこと気にしないで適当に読んでて」

「無茶な要求ですよそれは」

「お前が言うか?」


 いつも俺に対して無茶なことを要求してくるのはお前の方だからな。

 俺は撮った写真と、HPにある他の見学店の写真を見比べた。エロい格好ということで下着の見える角度で撮っていたが、別に既に載せられている美咲の写真も、他のキャストの写真もそこまでわざとらしくはない。やはり、美咲の場合はエロの部分を変に作り過ぎない方がいいのだと思う。

 俺は少しだけ自分の撮影ポイントの位置からズレて、ギリギリ美咲の下着が見えない位置を狙った。


 美咲はそんな俺をスマホカメラ越しに見ながら、わざとらしく溜息をついて、本を持ちながら気怠げに肩を落とした。

 その仕草にも妙に色気を感じて、俺はまたシャッターを押した。

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